岬の塔、爆破される~逃げる準備を(優香と恵理子)
優香と恵理子は、塔の入り口でジェスチャーをしているメリッサに気づく。
恵理子は優香の怒りゲージが上がっていくのを感じながら、人差し指でそっと塔から出るように指示した。
それと同時に、目の前の兵士達を包むように魔力を展開、そっと「リリース」と唱える。
「で、どうするんだい」
兵士が問いかけてくる。
「どうするかを決める前に、もう一つ聞かせてくれないか。猫人族を奴隷にしてここで働かせるって決めたのは誰だ?」
「そんなのは領主様に決まっているじゃないか。領主様は優しいお方でな、街でさまよっている猫人族を連れて来て、働くところを斡旋しているんだぜ。ここにいる猫人族は幸せだなぁ」
あはははは、と、兵士たちは笑っている。
「街でさまよっている猫人族を奴隷にしてね」
あ、やばい、と恵理子は思う。
「みんな、下がって!」
と、恵理子が言うが早いか、
「インフェルノ―!」
優香は超巨大な炎を前方方向に撃ち出した。
ドッゴーン!
炎は兵士を、そして、岬の先端にそびえる塔までも巻き込んですべてを吹き飛ばした。
ハァハァ
息を荒くする優香の肩に手をかける恵理子。
「気持ち悪い、気持ち悪いよ、恵理子さん。何で、こんなひどいことを」
恵理子は、無言で優香の正面に回り、そっと抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
マティが泣きながら謝る。
「王国が、国王が、もっとちゃんと貴族達を指導できていれば……」
「マティ、マティはもう王族じゃない」
ブリジットがなだめる。
「ですが、こんなひどいこと、これは、国の責任です」
マティがブリジットに抱き着きながら泣く。
そこへ、ウルリカが連れ出した猫人族を連れてやってくる。
「タカヒロ様、マオ様。大変申し訳ありません。この娘、病気をしているようで」
と、背負っている猫人族を見せてくる。
猫人族は、目をつむったまま息を荒くして呼吸している。
「ご、ごめん。今すぐ治療するから。ウルリカ、そのままでいい?」
「はい」
「病気が治るように、メガヒール!」
優香が治癒魔法をかけると、猫人族の顔色がよくなると同時に、呼吸も落ち着いてくる。しかし、目を覚ます気配はない。
「そっちの猫人族の子は大丈夫なの?」
恵理子が聞く。
「私は大丈夫です」
「メリッサ、ウルリカ、二人を馬車に。果物とか飲み物とか、食べれそうなものは食べてもらって。それから、トリシャもヴェルダもありがとう」
恵理子はトリシャ達をねぎらった。
「ねえ、タカヒロ、どうする?」
「とりあえず、二人はウォルフさんに引き渡そうか」
「そうね。それがいいと思うわ」
「それで、その後だけど」
「領主が猫人族をさらって強制的に奴隷にしているっていうのは許せないわ。でも、私達は冒険者、何ができるのかしら。それに、奴隷という身分を強制的に解除しちゃったけど、二人は逃亡奴隷として指名手配されちゃうのかしら」
これにはマティが答える。
「この件は、国がしっかりと子爵を処罰すべきです。しかし、国がその証拠を握っているわけでもありません。なので、何をどこまでできるかは正直わかりません。少なくとも、我々冒険者が口出しをすることではないのです。それから、逃亡奴隷については、子爵が指名手配すれば、追われることになります。たとえ、獣人の国に連れ帰ってもです。その場合、国家間の関係悪化にもつながりかねません」
「じゃあ、このことをどうやって国に知らせるの?」
「残念ながら、手段はありません。私はすでに死んだ人間ですし」
「ところで、さっき兵士が補充待ちだと言っていたけど、それって、子爵の屋敷に猫人族はいないってことよね。じゃあ、どうやって 補充するの? これから補充するの?」
恵理子が首をかしげる。
そのころ港では、ウォルフの船で騒ぎが起こる。
「お頭!」
「なんだ騒々しい」
「さっき、バルドー商会に納品に行っていた奴らが帰って来たんですが、一緒に行っていた事務担当のブラウが帰って来ていません。奴らに聞いたら突然いなくなったと」
「どういう状況だ?」
「商会から出たときはいたらしいんですが、その後、消えたそうです。それで、今更なんですが、ハリーが言うにはマタタビのにおいがしたと」
「釣られたのか?」
「そうかもしれません」
「手の空いている奴を捜索に出せ。ただし、猫人族は出すな」
「承知しました」
優香達が港に戻ってくる。
「おう、冒険者一行じゃないか。依頼は達成したのかい? 猫人族は元気だったか?」
「ウォルフ、荷物を二つ、船に運ばせてもらっていいかい? 話はその後だ」
「お、おう。わかった。乗船を許可する」
優香の真剣な顔とその返事にウォルフは嫌な予感がしたのか、顔をしかめる。
「ミリー、箱をお願い」
ミリー達は、行きに食材をつめていた箱を二つ馬車からおろす。そして船に持って上がっていく。
ウォルフと優香達はそろって船に上がる。
「ウォルフ、悪いんだが、船倉に入れてしまいたいんだが」
「ん? そこまでの訳ありか? 本当は船の中は見せたくないんだがな。まあ、ちょっと今、うちの面々も忙しくて人手もないんだ。悪いが、運んでくれ。ただ、中で見たものは内緒にしておいてくれ」
「わかった。ミリー、お願い」
ミリー達は、箱を船倉に運ぶ。船倉の壁一面には、武器がかかっている。
「さてと、なんなんだ?」
ウォルフが遅れて船倉に入って来る。
「まあ、蓋を開けてくれ」
ウォルフが箱のふたを開けて、その中身を確認し、目を丸くする。
「おい、これはどういうことだ? さっき、岬の方で爆発音がしたが、それと関係があるのか?」
「まあ、話は二人から聞いてくれ。僕らは、この件にどこまで関わっていいかわからないでいるんだ」
「わかった」
「じゃあ、依頼達成書にサインを」
ウォルフがサインをする。
「じゃあ、これで僕らは行くよ」
「ああ、ありがとうな」
優香達が船から降りるころ、港が騒がしくなる。
「岬の塔が破壊されたらしい!」
「海の監視はどうなるんだ?」
「おい、どうするんだ? 安全に航海ができるのか?」
「それより、犯人はわかっているのか?」
「今、領主の騎士団や衛兵達が犯人を捜しまわっているらしい。だが、証拠もなく、犯人のあてもないらしい」
優香と恵理子は視線を合わせる。
「あれ、ちょっとやばいかな?」
優香が恵理子に聞いてみる。
「私達があそこへ行ったことを知っているのは、依頼主のウォルフ、依頼の手続きをしたギルド、そして私達、か」
「ちょっとギルドへ行ってみる?」
「そうね」
「リーシャ、ブリジット、ミリー達と宿に戻って、逃げる準備を」
「はーい」
「はい」




