マタタビを持って行く依頼(優香と恵理子)
「ひぃっ」
マティが身を縮め、ブリジットに抱き着く。
「ああ、驚かして悪かったね。俺はあの隅っこの船の船長をしているウォルフってものだ。あんたらは冒険者で合っているかい?」
「ああ、冒険者だ」
ウォルフの問いに優香が答える。
「しかも、こんな時間に椅子に座ってしゃべっているってことは、旅の冒険者だろ?」
「そうだ」
「ちょっと悪いんだが、依頼を受けちゃくれないかな」
「冒険者は冒険者ギルドを通じてしか依頼を受けられないんだが」
「あー、そこをなんとか。俺はこの街の冒険者ギルドまで行けないんだよ」
と言って、ウォルフは自分の頭を指さす。おそらく耳があるのだろう。
「だが、受けられないものは受けられない」
「そこは指名依頼ってことで、兄ちゃん達がギルドに持って行ってくれないか?」
優香が悩んでいると、
「何奴!」
と、両手に果実水を持ったリーシャが飛び込んできた。
「おー、兄ちゃんらのパーティ、猫人族がいるのか」
「……」
「猫人族の姉ちゃん、ちゃんとフードかぶってないと驚かれるだろう」
「いや、私、猫人族じゃなくて」
と、ブリジットに視線を送る。ウォルフもつられてブリジットを見ると、ブリジットは、猫耳カチューシャをはめた。ブリジットもネフェリもリピーも、じゃまだし必要を感じないしと、今では普段から外している。
「お、おう。それは猫耳の飾りだったのか」
「そうよ。で、あんたは何なの?」
リーシャが要件を聞く。そうしていると恵理子達も戻ってくる。
「俺はあの船の船長でウォルフっていう。で、今、この兄ちゃん達に依頼を受けてほしくて交渉をしていたところなんだ」
「で、こんなところで依頼を出すってことは、訳あり?」
恵理子が聞く。
「ああ、さっき説明したが、俺が獣人なんでこの街に入ってギルドで依頼を出せないんだ」
「だから、指名依頼をってさ」
優香が説明を加える。
「で、どんな依頼なわけ?」
「あ、リーシャ!」
「お、聞いてくれるか」
あちゃー、という顔をする優香と恵理子。聞いたら依頼を受けないといけなくなるかもしれない。
「実はな、お得意さんが来ないんだよ」
「何か急用とか、事情があったんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれないな。でもな、大事な客なんだよ。来られないなら来られないで、理由を知りたくもなるだろう」
はあ、と、優香がため息をつき聞く。
「で、その大事なお客さんとは?」
「左の岬があるだろう。あの先に塔が立っているのがわかるか? あの塔で天気や海の魔物を見張ってくれているおかげで、俺達は、安全に航海ができるわけだ」
「それで?」
「あの塔にな、夜目が効くという理由で猫人族が雇われているらしいんだ」
「らしいとは?」
「取引をしている客、実際には兵士だな、その兵士がうちから食材を買っていくんだが、特定の種族に効く鎮静作用のある植物も買っていくんだ」
「それって、マタタビ?」
「お、よく知ってるな。そうだ、マタタビだ。取引を始めたころに、なんでうちから食材をって聞いた時に、獣人が働いているからだと、ぽつりと漏らしてくれたんだ。マタタビなら猫人族だろう? 同郷の猫人族が、俺ら船乗りのためにこんな遠くの地で働いてくれているんだ。食材の買い付けが来なければ心配にもなるだろう」
「その猫人族の情報は?」
「ない。だから、らしいと」
「じゃあ、何人いるかもわからないんだ」
「ああ。それなりの量を買っていくから何人もいるのかもな」
「なのに、買い出しに来ないと」
優香は渋い顔をする。事情があるならいい。なければ、猫人族がいなくなった、ということ。一人なら、寿命かもしれない。だが、違うかもしれない。もし、複数いたとしたら、複数がまとめていなくなるなんてことがあり得るだろうか。
「わかった。依頼を受けるよ。で、どうしたらいい?」
「馬車は持っているか?」
「ああ」
「じゃあ、明日の朝に来てくれ。一番左の船だ。それまでに依頼書と持って行ってもらいたい食材を用意しておく」
「わかった。それじゃ、明日」
優香は椅子から立ち上がり、その場を離れた。
「タカヒロ、どうするの? 嫌な予感がする依頼受けちゃったけど」
「宿で全員が揃ったら相談しよう」
夕食後、優香と恵理子の部屋に全員が集まる。
「明日、冒険者としての、いや、冒険者としてじゃないかもしれないけど、依頼を受けることにした。それで、ミリー、申し訳ないんだけど、今日、キザクラ商会に渡した馬車一台を借りて来て、明日の朝、港に回してくれる?」
「はい」
「それから、トリシャにウルリカ、それとヴェルダとメリッサ」
「「「「はい」」」」
「四人は、ヨーゼフとラッシーに乗って、先に塔へと走って。気配を消して潜んでいてほしい。私達が塔についたらおそらく兵士とやり取りが始まる。そのすきに塔の中に入って、獣人がいるかどうかを確認してほしい。多分、猫人族。いたら連れ出して。ただ、奴隷の首輪をつけていたら、離れすぎないように注意して」
「「「「はい」」」」
「奴隷の可能性があると思う?」
恵理子が確認のために聞く。
「わからない。自ら働いているかもしれないけど、それすらわからないから。そもそも、猫人族が働いているってことが公になっていなさそうな時点で、ちょっとあやしい」
「マティ?」
こぶしを握っているマティに気づき、ブリジットが声をかける。次いで恵理子もマティに声をかけた。
「マティ、どうしたの?」
「我が国で、獣人を強制労働させている、なんてことがあってはいけない。そんなことは許されてはいけないのです」
「まだ、わからないけどね。可能性の問題よ」
「ですが、もし本当にそうだったとしたら」
「明日わかるわよ。それまではね」
翌日、優香と恵理子は、リーシャ達を連れて港に行く。
「おう、来てくれてありがとうな。で、馬車は?」
ウォルフが優香達を見つけて声をかけてくるので、優香が応対する。
「もうすぐ来ると思うよ。で、荷物はそれ?」
「ああ、この大箱三つを頼む」
「わかった」
しばらくするとミリーが馬車を操縦してやってきた。
「よーし、野郎ども、積み込め」
「「「はい!」」」
と、獣人の船員があっという間に持っていく荷物を積んでしまった。
「ほれ、依頼書だ」
優香は依頼書を受け取る。
「それじゃ、行ってくる」
優香達はギルドに寄って依頼受付の処理をして、馬車と一緒に街を出る。そして岬の先端を目指す。
岬は切り立った崖になっており、その上に塔が立っている。そのため、塔に向かっては上り坂になっている。また、岬の先端は木々が切り開かれているが、その手前までは生い茂る森になっており、馬車は森の中の小道を進むことになる。
森を抜け、塔に近づくと、塔から声がかかる。
「おい、止まれ! それ以上塔に近づくな」
「あの、港の商人さんに頼まれて、食材を持ってきたんですが」
優香が兵士に来た理由を説明する。
「あ? 頼んでなんかないぞ?」
「はい。毎度、購入してくれているのに、今回、買いに来られなかったということで、心配して持っていくよう依頼されました」
「いらないから買いに行かなかっただけなんだよ。持って帰っていいぞ」
このままでは、追い返されて終わってしまう。そこで、優香はストレートに踏み込んでみる。
「えっと、猫人族さん、いらっしゃいますよね?」
兵士は返事を返さないが、その表情がいると言っている。
あ、ちょろい。優香と恵理子は顔を見合わせる。
「いえね、毎度マタタビを買われるって聞いて、だったらいるんじゃないかなと」
すると、塔からぞろぞろと十名ほどの兵士が出てくる。
「で、何の用だったかな?」




