フィッシャーの港~仮面三兄弟(優香と恵理子)
ギルドを出て海へと向かうと、そこには、広大な市場が広がっており、たくさんの露店が所狭しと列をなしていた。
「うわー、すごいね。これ、全部お店なんだよね」
「昔見た、どこかの国の市場みたい」
と、恵理子は、前世の記憶をごまかして言う。
食事、野菜、フルーツ、肉、パン、お菓子、装飾品、武器……ありとあらゆる店が並んでいる。
メンバーは皆、目を輝かせてそれを見ているが、優香は特に光らせている二人に声をかける。
「リシェル、ローデリカ、食材とかの買い出しをお願いしてもいい? ミリー達、手伝ってあげてくれる?」
「「「「はい」」」」
「あのー、買い食いは……」
ちびっこ魔導士、育ち盛りのアリーゼとナディアが優香の顔を覗き込んでくる。
「いいよ。おいしそうなものがあったら食べて。って言うか、夕方まで用事もないから、観光を楽しんだらいいよ」
「やった!」
「リシェル、ローデリカ、行こう!」
アリーゼ達は、リシェルとローデリカの腕を取って人ごみの中へと消えて行った。
ふと、ブリジットの袖を握っているマティに優香が気づく。
「マティは一緒に行って買い食いとかしなくてよかったの?」
「人、怖い。狭いの怖い」
「え?」
「敵か味方かわからない人がこんなに近くにたくさん……密集して」
「あー、今までは、お付きとかメイドとか、護衛しかいなかったものねー」
恵理子が納得する。
「大丈夫だ、私が守ってやるから。だから、利き手にぶら下がるのはやめてくれ」
マティは、そそそ、とブリジットの左に移り、左腕に絡みつく。
「そうよ。家族を守るのは家族の役目。安心しなさい」
と、リーシャもマティの左側に立つ。
「ほらマティ、前にタカヒロ様とマオ様、後ろにネフェリとリピー。こんな最強の布陣はないぞ? 今まで以上に安全じゃないか」
ブリジットは笑いながらマティを安心させる。
「うん。ありがとう」
「それに、王女殿下はもう亡くなられている。マティは一冒険者だ。狙われることもないんじゃないか?」
「……」
「それにしても、マティが内弁慶だったとはねー」
「意外ねー。あんなに強気だったのに」
優香と恵理子が微笑む。
「じゃあ、プラチナランク冒険者マティ、広いところへ行きますか」
と、リーシャがふざけて言うと、マティは仮面の下で顔を真っ赤にし、口をとがらせ、そしてうつむいた。
屋台の並ぶ市場を抜けると、そこは船着き場だった。
「大きな船がたくさんあるねー」
リーシャが見回す。
「はい。ここは我が国の北の玄関口ともいわれ、隣のノーレライツと共にムーランドラ大陸の国々との交易があります。冬場は海が荒れたり氷が流れてきたりするので、春から秋までとなりますけど」
マティがブリジットにくっついたまま小声で説明をする。
「へー、じゃあ、隣の大陸に行こうと思ったら、ここから出るのかな」
リーシャが船を眺めながら確認をする。
「あの、ムーランドラまで行こうと考えています?」
マティは、恐る恐る優香に聞く。
「うん? この大陸で見つからなかったら当然行くよ」
「そうですか」
「大丈夫、その時は、マティはちゃんと帰してあげるから」
「そういうことじゃないです」
マティがうつむく。
「あ、ベンチがあるよ。座ろう」
リーシャがベンチを見つけて提案する。
「ほら、マティ座って」
と、優香がマティに勧める。マティはベンチの真ん中に座るが、ブリジットの袖をつかんだままだ。
「マティ、私が座るわけにはいかない。離してくれないか?」
ブリジットがマティに言う。
「いいじゃない、ブリジットが座りなよ」
優香が提案する。
「いや、タカヒロ様とマオ様が座るべきだ」
そうブリジットが言うと、マティが立ち上がった。
「あ、ごめんなさい。私も立ちます、タカヒロ様、マオ様」
「ほら、マティが気をつかっちゃったじゃん」
優香が両肩を上げ、やれやれ、という顔をする。
「マティは疲れているんだから座りなさい」
恵理子がマティを座らせる。
「ほら、タカヒロも座るわよ。そうしないと、この子達が落ち着かないわ」
と、マティを挟んで、両側に優香と恵理子が座った。
「この子達って、みんな僕らより年上……」
「ふふふ、ちょっと飲み物買ってくるね」
「私も付き合うー。ほら、ネフェリにリピーも行くよ。持ちきれないんだから」
恵理子とリーシャが声をかけて四人が優香から離れて市場へと戻って行く。
そのため、ベンチには、マティを挟んで優香とブリジットが座ることになった。
優香は、船の荷揚げ、荷下ろしを眺めていたが、ふと、気になったことをマティに聞いてみる。
「ねえマティ、船がいくつも並んでいるけど、こっちの端の方の船達の船員さんって、みんなフードをかぶっているんだね。何でかな?」
「……えっとですね、あの、ムーランドラ大陸には獣人の国もあって、そことの貿易もしています。その、フードをかぶった人達は、獣人です。ここでは、目立たないようにフードをかぶっているんです」
「へー」
「え? 驚かないんですか?」
「ん? なんで?」
「獣人ですよ。この大陸ではめったに見ないんですよ」
あー、と、優香は空を仰ぎ見る。パパの奥さんの一人であるバニーは兎人族だったし、パパの騎士団にはチームパールも、チームオニキスも、チームガーネットもあって、それぞれ、兎人族、猫人族、犬人族だった。そのおかげで、獣人に会ったことがある、というよりむしろ、なじみがある。
「そうだね、この国では珍しいね」
「獣人は体も大きいし、戦闘能力も高いし、我々からしたら怖い存在なんです。だから、国民をおびえさせないように、フードをかぶってもらっているんです。彼らは貿易の方が重要なのか、それに従ってくれていて助かっています」
「交易品は何なの?」
「獣人族からは、肉や毛皮……」
「え?」
「獣人のじゃないですよ。魔物のです。高い戦闘能力を生かして、魔物を多く狩れるみたいで」
「なるほどね」
「そのほかは、ムーランドラ大陸の野菜や果物、鉱石や宝飾品でしょうか」
「植生が違うのかな?」
「実は、そんなには変わらないんです。やっぱり身体能力が高いので、農園など広大らしく、たくさんの野菜や果物が栽培されているようです。我が国でも農業は行われていますが、規模は獣人の国の方が大きいのです」
「こっちからの輸出品は?」
「加工品が多いです。保存食とか織物とか革製品です。武器類はどうしてもドワーフの国にはかないませんし」
マティからいろいろと貿易の話を聞いていると、
「ちょっとそこの仮面三兄弟の兄ちゃん達、もしかして冒険者かい?」
と、体の大きなフードをかぶった男がやってきた。




