フィッシャーの街(優香と恵理子)
クサナギ一行は北へと馬車を進める。
「夏の間に北の方を回っちゃいたいわね」
「それは難しいと思われます」
恵理子がつぶやく希望に対して、マティが答える。
「北のフィッシャー領から海に沿って東に行くと、キリルの街です。その街を過ぎるとノーレライツ王国へと入ります。ノーレライツ王国は北の海に面して広がっているのですが、広いのです。ですから、ノーレライツ王国を移動している間に冬に突入してしまうかと」
「そうなんだね。じゃあ、途中から南下するのはどう?」
マティの話を聞いて、優香が尋ねる。
「季節的にはそれがよろしいかと思いますが、南下すると、サザンナイト帝国となります」
「あー、めんどくさそう。だけど、戦争をしに行くわけじゃないし、いいかな?」
「いえ、完全に指名手配だと思います。アストレイア以上の」
「そっか。じゃあ、サザンナイト帝国は、間をすり抜けようか。冬の間はやっぱり南に行きたいし」
何日かの移動の後、フィッシャーの街が見えてくる。
「フィッシャーの街が見えてきたね」
「だけど、どうやって入る? 私達お尋ね者だけど」
「遠いところに馬車を置いて、僕がちょっと行ってくる。ダメだったら、速攻逃げてくるね」
「じゃあ、私も行くわ。リーシャ、ブリジット、逃げる用意をしておいてね。私達が行ってくるから」
「はーい。お気をつけて」
優香と恵理子は、ポンチョを頭からかぶり顔を隠し、街へと向かう。
街の周りは広大な畑が広がっており、特に麦やイモ類が多くみられた。
畑の間にある街道を進み、南側の城門まで行き、街に入る人達の列に並ぶ。
「すごい活気だね。こんなに並んでいるの、初めて見たよ」
「そうね。街から出ていく馬車も、荷物を満載にして」
「商人さん達も多いね」
などと話をしながら順番を待つ優香と恵理子。
ようやく、順番が回ってきたところで、門の門兵に対し、優香は冒険者カードを提示する。
「あっ」
と、恵理子が言った時にはもう遅い。
「ん? もしかして、勇者か?」
門兵に勇者であることがばれてしまう。それはそうだ。優香が出したカードには、冒険者パーティクサナギの名前と、タカヒロの名前が刻まれているのだ。
やばい、という顔を二人がしたところ、
「いや、勇者様か。ようこそ、フィッシャーの街へ」
「「え?」」
「ん? どうした? いや、どうされました?」
「えっと、私達、お尋ね者じゃ?」
「いやいや、国王陛下からのお達しが国中に回っていて、冒険者パーティクサナギ、勇者様達は温かく迎えるようにと言われていますよ」
「私達、王国軍と敵対しちゃいましたけど?」
「確かに、そう聞いていますが、国王陛下のお達しでは、勇者様方は我が国の守り神なので、丁重に扱うようにと」
「王女殿下がその時に亡くなられているのは?」
「王女殿下は、かなわぬ恋に失望して自ら命を絶たれたと聞いていますけど?」
「あ、そう。そうね。きっとそうだわ」
恵理子は適当に頷き返す。
「じゃあ、僕らは街に入っていいの?」
「はい。もちろんです。ようこそフィッシャーの街へ」
門兵は再び歓迎の言葉を発する。
「もしかしたら、僕らが連れている犬……のことも聞いてる?」
「もちろんです。大型の首が三つもある犬を連れられていると。一緒に街へ入っていただいて構いません。街中に、冒険者ギルドを中心に話は広がっていますから」
「じゃあ、ちょっと、仲間を連れて来て、街に入らせてもらうね」
「そうですか。では、また後程ということで」
優香と恵理子は馬車へと引き返す。
「なんだか拍子抜けたね」
「うん。もしかして罠かしら?」
「中に入ったら突然囲まれるとか?」
「宿に泊まったら寝込みを襲われるとか」
「何もないといいけど、一応警戒しておこうね」
「そうね」
二人は馬車まで戻ると、皆を連れて再びフィッシャーの街へと向かった。
フィッシャーの街の門は、門兵に手を振るだけで通過することが出来た。
「まずは、キザクラ商会へ行きましょうか」
キザクラ商会へ行くと、これまで使っていた馬車と連れていた馬を引き渡す。馬はこれまで一緒に旅をしてきただけに、名残惜しかったが、自分達といると危険も多いとここで別れることにした。それと同時に、マティの団服やその他の装備品、日用品を購入した。
次いで、宿を確保することとした。これだけ大きな馬車をつれて街中を歩くわけにはいかない。しかし、この馬車を止めておけるのは、中央にある高級宿だけだということで、そこへと向かう。一応、前の冬に稼いだお金があり、多少高級宿でも気にはならないが。
宿にチェックインして、馬車を預けた後、皆で冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは、街の賑わいに比例してか、多くの冒険者が出入りしていた。日中にも関わらず。
優香達は、カウンターにできている列に並び、順番を待つ。
順番が来ると、受付嬢に向かう。
「私達は冒険者パーティクサナギです」
と言って、優香が冒険者カードを提示する。
「え? 勇者様? 本物ですか?」
受付嬢は、ほほを染めて興奮気味だ。
「えっと、そうなんですが、いろいろとお願いがあり……」
「は、はい! 何でしょうか! できることならなんでも」
「まず、貼り紙をさせてほしい」
「はい。大きさにもよりますけど、一か月貼り出して銀貨一枚。一年間で銀貨十枚となります」
「じゃあ、それでお願いするよ。掲示板に後で貼らせてもらうね」
「はい。それと、他には?」
「冒険者登録を一人」
「えっと、冒険者パーティクサナギに加入ですか?」
「うん。この子なんだけど」
「えっと、勇者様と同じく仮面をつけていらっしゃるのですね」
「ちょっと訳ありでね」
「それで、ランクはいかがしたらいいでしょうか。本来はカッパーランクからなのですが、勇者様のパーティに入られるということは、実力も確かなのですよね。そうなると、ギルマスに相談しないといけなくなるのですが」
「マティ、どうする?」
「お任せしますわ……」
マティがか細い声で答える。
「それじゃ、パーティランクを下げたくないから、可能なら、他のメンバーと同じくプラチナにしてもらいたいな、って」
「それでは、ギルマスに聞いてきますね」
受付嬢は、二階へと階段を上がっていった。
しばらくすると、受付嬢が戻ってくる。ごついおじさんを連れて。
「俺がギルマスのマーシーだ。勇者一行の話は聞いている。国になびかず戦ったってな」
「えっと、そういう伝わり方なんですね」
「おおよ。冒険者の誇りだ」
「いえ、王国軍と対峙したのは確かですが、それを助けに入ってくれたのは、ヘブンリーのギルマスと冒険者達なんです」
「そうか。あいつらもやるな。できれば、ここでもやってくれると助かる。俺も国家権力ってものに逆らってみたい」
それを聞いて、マティが仮面の下で苦笑いをする。
「ところで、この子のランクの件だけど」
「ああいいぜ、プラチナで出しとけ」
結構いい加減だなと、優香は思うが口には出さない。
「ありがとうございます」
「マティさんでしたね。はいどうぞ」
受付嬢が出してくる冒険者カードをマティは震える手で受け取る。
「ところで、この街はにぎやかですね」
「おう。散策するなら、海の方へ行ってみな。市場があって、たくさんの店が並んでいるぜ。買い物もよし、買い食いもよしだ」
「わかりました。行ってみます」




