「守ってください」「守ってやらん。でも守るだろう」「なんですかそれ(笑泣)」(優香と恵理子)
「私は、支店長をしているロキシーです。馬車の件ですよね。ライラ様からお話は伺っており、馬車もすでに用意してあります。それで、私どもとしても、昨日の事態は把握しております。かなり厳重に警戒されていると思いますが、どうやって運びます?」
その質問にヴェルダが答える。
「こちらで馬は用意できますか?」
「はいできます」
「それでは、明日、馬車を操縦できる冒険者を雇ってきます。私達は、中に隠れて王都を脱出します」
「それでしたら……ラキ、シル」
ロキシーが二人の従業員に声をかける。
「「はい」」
「あなた達、冒険者カードを持っていたわよね。明日の朝、馬車を二台、王都の外に出してくれる? その後は、遠回りをして、東の門から戻ってきなさい。仕事をしてきたように、魔獣討伐も忘れないで」
「「承知しました」」
ロキシーはヴェルダとメリッサに向く。
「それでは、ヴェルダ様、メリッサ様、今日はもうお休みください」
「「ありがとうございます」」
ヴェルダとメリッサは、部屋を借りて休むことにした。リピーにちょっと悪いことをしたな、と思いつつ。
翌朝
「ヴェルダ様、メリッサ様、馬車はこちらになります」
二人は、キザクラ商会の裏庭に通される。
「「え?」」
二人が驚いた理由は、その大きさだ。
普通の馬車、これまで使っていた馬車の二倍以上はある。それが二台。
「あの、これ、大きすぎません?」
馬車から目を離さず、問い合わせるヴェルダにロキシーが答える。
「クサナギのメンバーは十八人と聞いています。皆で寝られるベッドに、料理を作るキッチン、浴室にトイレ等も完備させると、これくらいになってしまいますが」
「そ、そうですか」
「なお、キザクラ商会の機密事項満載なので、奪われそうになった場合は、燃やしてください」
「「……」」
「それと、馬は、四頭ずつ用意しましたが、シンベロスがいれば引くことはできます。馬はこれまで使われていた馬車と共に不要になると思います。どこでもいいですから、キザクラ商会へ連れて行って引き取ってもらってください」
「わかりました」
「四頭いれば、ドラゴン族の一人くらい、運べると思いますよ」
「助かります」
「それでは行きましょうか」
「よろしくお願いします」
それぞれの馬車に馬四頭が連結される。そして、それをラキとシルが御者台に座って操縦する。
ヴェルダとメリッサは見つからないとは思うが、念のため、トイレに隠れた。
馬車は北門に差し掛かる。
「ずいぶんと大きな馬車だな」
門番が馬車を眺めながらラキに聞く。
「ええ、キザクラ商会への特別受注生産品で、これから届けに行くんです」
「それで冒険者が操縦しているのか」
「そうです。私達は依頼を受けたやとわれです」
「まあ、北側なら、たいそうな魔物もいないし、大丈夫だと思うがな、気を付けて行けよ」
「ありがとうございます」
ラキは、門番と簡単なやり取りをして、王都を出る。シルもそれに続いて馬車を進める。
馬車を北へと進め、北の森に沿って北上する。そして、誰もいなくなったあたりで、
「それじゃ、私達は行きます」
と言って、ラキとシルは森へと消えて行った。
「リピーさん、います?」
ヴェルダが森に向かって小声でリピーを呼ぶ。
「うまくいったようだな」
その声にリピーがこっそりと出てくる。
「おかげさまで。あの二人も、リピーさんの気配がするところで馬車を止めてくれて、助かりました」
「私もまだまだ気配を消すのが下手だということだな」
「ま、ドラゴン族の皆さんは、気配を消さなくても最強だから、問題ないのではないですか?」
「そのせいで、気配を消す訓練など、したことがないんだがな。今度してみるさ」
「ところで、この馬車、リピーさんも乗れるそうです」
「そうか。助かる」
「それじゃ、行きましょうか」
ヴェルダとメリッサは、それぞれ馬車の御者台に乗り込み、馬車を進めた。
ちょうどそのころ、
「う、うう」
「マティ!」
マティが目を覚ます。それに声をかけるのはブリジットだ。
「ゆ、ユリア……」
ブリジットは、馬車の中なので、仮面を外している。
パシン!
マティは、目を見開いて、自分のほほを手で抑える。
ほほがたたかれた。ユリアに。
「何で、何であんなことをしたんだ!」
ブリジットがマティに向け、大声を上げる。
「ゆ、いえ、ブリジット。私は、お話ししたように、皆さんを殺すことも隷属させることもできませんでした。できるのは、逃がすこと、そのきっかけを作ることだけでした。本当は、争いを止められれば良かったのですが、馬車で移動しているということは止められなかったのですよね?」
「そうだ。今は、逃げているところだ。しかし、自分の命を使ってまで私達を逃がすことはなかったんじゃないのか?」
「失敗してしまいましたが、誰も傷つくことも死ぬこともなく、皆さんを逃がせるのが一番よかったんですけど」
「王国軍を含めて誰も死んでいないし、怪我もしていないと思う。マティを除いてな。そういう意味では、成功したんじゃないのか?」
「そうですか。それはよかったです」
「よくない! よくはない! あんなことは二度としないでくれ」
ブリジットはマティに向かって大声を上げる。
「それでは、そうならないように、守ってもらえませんか?」
マティは遠慮がちに、上目遣いでブリジットに願う。
「守ってやらん。少なくとも私の意思ではな。前にも言ったが、私の主人はタカヒロ様とマオ様なんだ。だがな、お二人は、マティのことを見殺しにするような人達じゃないし、マティのことを絶対に助けると言う。だから、結果として、私はマティ、お前を守るだろう。これからも、いつまでも」
「あはは、なんですかそれ。でも、うれしいです。うれしいです……グスっ」
マティは、ブリジットに抱き着き、声を殺して泣いた。
王城会議室にて。
「取り逃がしたと?」
「はい。王女殿下が悪魔に洗脳され、自害させられました。それをきっかけに王国軍、公爵軍共に突撃したのですが。北へと追っている途中、ドラゴン族のブレスに阻まれたことにより、距離を開けられ、そのまま……」
「そうか。それで、マティルダはどうなった?」
「業火に包まれ、その後はわかりません」
「マティルダの死体はなかったのか?」
「はい。ユリア・ランダースの処刑の時と同様に業火に包まれ、その後には何も残っておりませんでした」
「ということは、ユリア・ランダースと同様に、悪魔の従者にされている可能性もあると?」
「言いづらいことではありますが」
「……」
国王は顎髭をさすりながら考える。たとえ悪魔の従者になってしまってもマティが生きていてくれるのであれば……と。そんなことを考えるのは国王失格かも知れないが。
「どうされますか。追撃の用意はできております」
「すまない。王としてではなく、親としてわがままを言う。見逃してやってはくれぬか」
国王は、目を伏せて貴族達に願う。
「「「「え?」」」」
「もし、もしもだ。悪魔の従者にされたとして、それでも生きていてくれるのであれば、再び殺すことは親として忍びない。それに、あの子はこの国を愛してくれていた。悪魔の従者となったとして、その心を忘れないでいてくれているのであれば、我が国に牙をむいたりしないだろう。悪魔が我が国を滅ぼそうとしても、止めてくれるのではないだろうか。どこかの国、例えばサザンナイトに攻められたとして、悪魔達と一緒に守ってくれるかもしれない。それに賭けたいと、そう思うのだが、どうだろうか」
「は。承知いたしました。というのも、実際にドラゴンを見て、そのブレスを目の当たりにして、騎士も兵士も及び腰になっており、これ以上の追撃は難しい状況でした。国王陛下がそのようなご判断をくださるのであれば、こちらとしても願ったりではあります」
「だが、実際に悪魔が襲ってきたら我が国は終わるのだぞ?」
国王が念のために、確認をする。
「あのドラゴンに襲われただけですべて終わります。その時はその時です。今は追撃などせず、トラの尾を、いや、ドラゴンの尾を踏まないようにすべきかと」
ハァ。
国王も貴族達もそろってため息をついた。
マティルダ、無事でいてくれ。国王はそう願った。
ただ、ただ一人、ヘブンリー公爵だけは……。
 




