人間だれしも中二病(優香と恵理子)
ちょうどそのころ、グレイスの屋敷に戻ったおりひめとこはる、ソフィリア、そしてライラとしんじゅ。
「え? こはる、そんなこと言っちゃったの?」
こはるの報告に目を丸くするグレイス。ソフィリア達はとりあえず、他人のふりだ。
「う、うん」
グレイスを前にしてこはるはほほを染めてうつむく。さすがに中二病発動はちょっと恥ずかしかったらしい。
「どうする? あの階層にそんな仕掛けあったっけ?」
グレイスは、そんなこはるの妄想が、現実かどうかを確認する。一応だ。
「ありませんね」
びしっとシャルロッテが答える。
「だけど、これから作ればいいじゃん。おもしろそうじゃない?」
そう、こはるはグレイスにすがる。自分の妄想が現実になれと。
「こはる、その中二病的な発想は僕も好きだしさ、そんなこはるが大好きなわけだけど」
こはるがさっきとは違う意味で頬を染める。
「旦那様、今はそんなことを言っている時ではありません」
シャルロッテがグレイスをたしなめる。
「だけど、こはるの想いも実現させてあげたいじゃん」
こはるの目が光る。もしかしてと。
「それ一つで、どれだけの人が迷惑すると? それを実現させるために、うちの建設部門、大忙しですよ。休暇無しですからね、労基署に入られますよ」
シャルロッテが頬を膨らませる。
「シャル、かわいいなーもう」
「ありがとうございます」
グレイスの一言でシャルロッテが頬を染めて沈黙する。
「グレイス君、だからそうじゃなくって、そもそも、秘石だってどうするの?」
非現実的で明後日の方向を向いている話に我慢できなくなったソフィリアがグレイスに問い詰める。
「バニー」
「はい。あのパーティの魔族の少女が暁の秘石という石を持っているようです。それを利用しては?」
グレイスの突然の質問にもしっかり答えるできる兎人族、バニー。
「こはる、知っていた?」
こはるは首を横に振る。
「何たる偶然。よし。あと五つ用意すればいいんだな?」
「グレイス君、そもそも秘石って何? その秘石ってどんな効果があるの? どんな力があるの? それに、秘石もだけど、地が裂け火が登って空が焦げるとかどうするの? 闇を連れてくるって、一体何? あの階層、第七階層が終わるって、どういう状況を作るの?」
「お、ソフィもやる気になって来たね?」
「なってませんから」
「だけど、中二病に寄り添えるのはソフィでしょ?」
「そうかもだけど、肯定なんてしたくない。だけどね、って。もう」
グレイスのにやけた顔を見て、もう止まらないことをソフィリアは理解する。
「よし。みんなで考えよう。何ができるのか」
「あ、あの」
しんじゅが手を上げる。
「どうしたのしんじゅ」
「いろいろ用意するのはいいんですけど、この話をそもそも信じてなくて、秘石とか全く集めなかったら、どうしましょう」
しんじゅのもっともな意見に首を縦に振る者、ソフィリアをはじめ多数。
「「……」」
グレイスとこはるが目を合わせる。
「しんじゅ、人間だれしも中二病だよ。信じないわけがないじゃん。優香達は絶対にこのこはるの話を信じて行動するよ。だから、僕達も彼女らの期待に応えよう。夢を追おう」
「「「「……」」」」
「ラナとルナも手伝ってくれるでしょう!?」
「「もちろんです!」」
「よし、作戦会議だ!」
「「「おー」」」
グレイスとこはる、そしてラナとルナがこぶしを振り上げた。
ラナとルナは思う。また面白そうなことができるぞ、と。
そして、多数のため息も。
屋敷の前で、タロとジロと向き合う優香達。
当初の目的について、確認を行う。
「ネフェリ、リピー、タロとジロに乗れる?」
「タロ、乗ってみてもいいか?」
「ばふ」
ネフェリの問いかけに一鳴きで答えるタロ。
ネフェリは腰を下ろしたタロに乗ってみる。
「タロ、大丈夫? 立てる?」
「ばふ」
ネフェリの確認に、タロは簡単に立ち上がり、そして、庭を駆け回る。
「タロ、タロ、大丈夫、わかったから!」
ネフェリはタロを止める。
「私も乗ってみる。ジロ、いい?」
「ばふ」
リピーがジロに乗ると、同じことになる。
「ジロ、ジロ、わかったから止めて」
二人が降りると、タロもジロも三つの頭から舌をそれぞれ出して、ハッハッハと息を荒げている。
「はい、よくできました」
ネフェリとリピーが三つの頭をそれぞれなでてやると、タロもジロも嬉しそうに目を細めた。
「よし、それじゃ、行こうか。とりあえず、タロとジロには悪いけど荷物を運んでもらおう」
「「ばふ」」
「アンヌさん、サーナさん、皆さん、ありがとうございました。タロとジロに出会えてよかったです」
「はい。また来てくださいね」
「できれば来る前にキザクラ商会へ連絡を」
アンヌとサーナが暗に突然来るなと、お願いをする。
「はい。それじゃ、お元気で」
クサナギ一行は屋敷から森に向かって歩き出した。
来た道を戻る。森を越え、山脈を上り、そして、山頂へとたどり着く。
「どうだったんだ?」
そこにいたルビーが声をかけてきた。
ネフェリはルビーに屋敷であったことを伝える。
「へー、ぼこぼこにね。まあ、そうだと思ったよ。あの二人、赤ドラゴン族だよね? 会ったことないけど。同族なのに会いたいと思えないのはここにいても感じた殺気のせいかな」
「会ったらいい。きっと、腕も足も折ってくれるだろうさ」
「ところで、後の話の方が気になる。我らドラゴン族に秘石なんてもっている者、いたか?」
「さあな、宝飾品とか光るものを集める者が、たまたま持っていることもあるかもしれないけどな」
「そんなカラスみたいな奴いるか?」
「それもわからないな。まあ、六つの秘石と六つの種族を結び付けているのはうちの中二病だからな。全く関係ないかもしれん」
「ま、気にしておくさ」
「ネフェリ、リピー、行くよ」
山脈を下り始めた優香が声をかけてくる。
「そろそろ行くわ」
「ああ、気をつけてな。って、我らドラゴン族より強い者がいるとは思えんけどな」
「お互いな」
ネフェリとリピーは優香達を追いかけた。
「さあ、行こう」
「ああ」
優香と恵理子達は山脈を下り、森を抜ける。
「ネフェリ、リピー、タロとジロに乗ったら? 乗って前方の警戒をお願いしたいんだけど」
優香が二人にお願いをする。警戒をしろとは言っても実際には二人をシンベロスに乗せることが目的だ。
二人はシンベロスに乗り、高い位置から前方、左右を警戒する。
正直、風上に対してであればシンベロスの嗅覚を使った警戒の範囲が広いので、そこまで気にする必要はない。しかし、従者を決め込んだ二人は真面目だ。交互に探査魔法を全方向スキャンのようにまき散らしている。
それを感知した優香。
「おーい、二人とも。そこまで警戒する必要ないよ。そんなことしたら疲れちゃうよ。シンベロスが広範囲に警戒してくれるし、それに、このメンバーにかなう相手なんて、そうそういないから。気楽に行こう」
事実、五メートル級のシンベロスに近寄ろうとする者など、森の中の魔獣ですらいなかった。
優香達クサナギ一行はマイナン伯爵領へと向かう。馬車を回収するためだ。
 




