いでよ、シンベロス!(優香と恵理子)
「その覚悟、見せてもらおう」
おりひめがネフェリにそう言うと同時に攻撃をしかける。
こはるも同じようにリピーに攻撃する。
ネフェリは、おりひめの猛攻を何とかガードして防ぐものの、全く攻撃できる隙が無い。
おりひめが、一呼吸置くために一歩下がった隙に、何とかネフェリはおりひめに反撃を試みる。が、出した右腕を取られ、そのまま右へと回られる。しかも、その腕をとられたまま投げられ地面にたたきつけられた。
バキィ!
肘が砕ける。しかし、ネフェリは右腕を捨て、回転するように飛び上がり、砕けた腕をおひりめから引き抜いて立ち上がる。そして、立ち上がったおりひめにまた対峙する。
「ふふ、まだやるのか? やれるのか?」
ネフェリは答えない。構えも解かない。だらんと垂れ下がった右腕ではなく、左腕を前にして構え、両眼がおりひめをにらみつける。
一方のリピー、こはるに腹をえぐられ、前かがみになったところを後頭部に腕を回され、さらに腹を膝で蹴られる。
グハッ!
朝食を食べたばかりである。いろんなものが口から吹き出す。
しかし、リピーは、こはるの腰に腕を回し、小柄なこはるを無理やり持ち上げてなんとか投げ飛ばす。
「はぁはぁ……」
リピーは、再びこはるに対峙する。
「ふふふ、あはははは」
突然、おりひめが笑い出す。
「優香、恵理子、ヒールをかけてやれ」
おりひめが屋敷に向かって叫ぶ。
「おりひめ母様、こはる母様、突然何をするんですか」
恵理子が屋敷から飛び出し、おりひめとこはるにクレームを入れる。
「本当ですよ。あーあ、腕、砕けちゃってるじゃないですか」
優香がネフェリの腕をさすっている。
「おりひめ母様、私達の方がネフェリとリピーより魔力量が小さいんです。治癒魔法をかけられません」
「そうか。ま、微妙な線だな。こはる、ソフィリアを呼んで来い」
こはるが屋敷へ入っていく。
「この世界のドラゴン族も根性があるってことがわかってよかったわ」
と、おりひめは笑う。
「笑い事じゃありません。怪我したら痛いに決まっているじゃないですか」
恵理子がおりひめにぷんすかする。
「お前達はもっとひどかったろう。これを一日に何度も繰り返したんだから」
「そうですけど。つらかったんですからね」
恵理子が過去を思い出して苦笑する。
「それに私達ではやっぱり、ネフェリとリピーにはかないませんよ」
「それはそうだろう。ドラゴン族に勝てる人間なんて、無駄にバカでかい魔力を持った旦那様や完全に気配を消すソフィやバニーくらいだろうよ」
パンパンパン
手を打つ音が屋敷から聞こえてくる。
振り返ると、ソフィリアとライラとしんじゅが屋敷から出てくる。
「お話は済みましたか?」
ソフィリアが声をかけてくる。
「ソフィリア母様、ライラ母様、しんじゅ姉様!」
優香と恵理子は、ソフィリア達に駆け寄る。
「お久しぶりです、母様方、姉様!」
「お久しぶり、優香、恵理子。元気そうで何よりです」
「はい。元気にしています」
ソフィリアは、ネフェリとリピーの下へと行く。
「あーあ。相変わらずおりひめもこはるも手加減しないから。二人とも、見せて」
そう言って、ソフィリアは二人に治癒魔法をかける。するとネフェリもリピーもいとも簡単に全回復する。
自分自身に治癒魔法をかけられているとはいえ、人間にかけられていることを驚愕する二人。もちろん、ソフィリアは天使だからだが。
一方のライラ。
「聞きましたよ。相談があってここまで来たそうですね」
「はい。ヨーゼフとラッシーが大きくならないかと思って、相談に来たんですが」
「まあ、なりませんけどね」
「ですよね」
「あれは、私達が改良したケルベロスです。小型でかつSTRを底上げするように育種しましたから、それなりの力は出せると思いますが」
「そうなんですよ。ヨーゼフもラッシーも私達を乗せて走ったり、馬車を引いたりとすごい力持ちで。ですけど、今は、こはる母様が乗られるようなケルベロスはいないかと」
「もしかして、そちらのドラゴン族のお二人が乗るような、と言うことですか?」
「はい。そうです。これから旅をしたいのですが、二人をずっと歩かせることになってしまいますので」
「それで、私達が連れてこられたのですね」
ライラはおりひめをちらりと見た後、なんで私達に初めに言わないのかしら、という念を込めてアンヌとサーナへと視線を移す。アンヌもサーナも視線を逸らす。だっておりひめ様に会っちゃったんだもん。と、心の中で言い訳をしつつ。
「しんじゅ、どうします?」
「お母様、どうしますって、お父様に聞かなくて大丈夫です?」
「あなたがやったことにすれば、すべては許されると思うけど?」
「……えっと、いやです」
「そ。じゃあ、私がやるわね。あれでいい?」
「いいですけど、ちゃんと報告をお願いします」
「わかってるわ」
ライラは、右手を前に差し出し、そして唱える。
「いでよ、シンベロス!」
ライラの前に巨大な円筒状の光が立ち上がる。その下に魔法陣が展開しているが、誰もが見られるものではない。その光が収まったところにいたのは、五メートル級のシンベロスだった。
「もう一匹呼ぶわね。いでよ、シンベロス!」
同じように、もう一匹のシンベロスが現れた。
「おっきい!」
優香が歓声を上げる。
「あれ、この子、色が黒いし角がある。しかも、しっぽが三本も」
恵理子はヨーゼフ達との違いに気が付く。
「気づいた? これはケルベロスじゃなくて、シンベロス。ケルベロスの進化系よ。だから、同サイズのケルベロスより、力強いわ。しかも、STRだけじゃなくてVITも強化されるように選抜育種した個体なの」
しんじゅが説明を加える。
「ただし、問題は……」
「おー、すごいです。大きなケルベロスです」
と、しんじゅの説明を聞かず、空気を読まないメイド、リーシャがやって来て、シンベロスをペタペタと触っていく。
すると、シンベロスは、
カプッ!
と、リーシャの頭に食いついた。
「うぎゃー、助けてー」
リーシャが叫ぶ。
「そうなのよね。誰にでも慣れるわけじゃないのが問題点なの」
しんじゅはやれやれ、という顔をする。
「えっと、じゃあ、どうしたら?」
と、優香は頭を咥えられて脱力してしまったリーシャを見ながら聞く。
「まあ、そこはさすがは動物と言うか魔獣と言うか。強いことを示せれば従うわよ」
しんじゅがそう答える傍らで、ライラがシンベロスをトントンと触り、リーシャを解放させる。
「じゃあ、とりあえずは、戦わないといけないということですか?」
「そうね。今は私達に従っているけど、自分達に従ってほしいと思うなら、そうしてみたら? 私達が戦うように指示するわ」
「ちょっとまったー!」
よだれべたべたのリーシャが声をかける。
「優香様と恵理子様は私より強いです。と言うことは、私が勝ったら、私にも従うし、優香様方にも従うということですよね?」
「そうなるわね」
「じゃあ、私にやらせてください」




