本気で行くね(優香と恵理子)
アストレイア軍は、予定通り三日の行程で砦までたどり着く。
翌日には、両国の国境で話し合いとなる予定だ。
時と場合によってはそのまま戦争に突入するが。というか、相手はそのつもりで来ているので、おそらくそうなる。
「ねえマティ、何かいいアイデア浮かんだ?」
優香がマティに被害なく平和的に終わらせる方法について聞く。
「いえ、浮かびません。正直、私自身をサザンナイトに差し出すのが一番平和なのです」
「その場合どうなるのか、なんて聞くまでもないわよね」
「ええ、即刻死刑か、人質とされるか、慰み者になるか……。死刑が一番幸せかもしれません」
「やっぱり、やりあうしかないのね」
マティの答えを聞いて恵理子もあきらめる。
「はい」
「正直、関わりたくはないけど、相手のやり口も気に入らないの。だからまあ、相手の将軍?指揮官でも狙うわ」
恵理子がお玉を振り回す。
「我が軍は、それまで何とか持ちこたえて見せましょう。マークスいいわね」
マティはマークスに命じる。
「お任せください。防御に撤し、最悪砦まで下がって籠城します」
翌日、両軍が進軍する。
国境を挟んで、およそ二キロ離れた位置に両軍が陣取る。
「ミリー、オリティエ、二班に分かれて森に潜んで、回り込まれないようにして。ヨーゼフとラッシーもいい?」
「「はい」」
「「わふ」」
優香の指示にミリー、オリティエ達、ヨーゼフとラッシーも森に入っていく。
両陣営から代表者が中央に歩いて行く。
アストレイア側からはマティとマークス。そして、優香と恵理子が出る。
帝国側からは、将軍らしき人物とそのお付きが出てくる。
「タカヒロ、やばい。あのフードをかぶった、たぶん女性、こはる母様やおりひめ母様と同じ匂いがする」
「マオもそう感じる? どうする?」
「ふたりで全力で抑える。それしかないかも」
「そうなると、将軍は誰がやるの?」
「いないわ。ブリジットと、戻ってきたリーシャはマティにつかせるとして、リオル達でも三万を相手にするので精一杯じゃないかしら」
優香と恵理子の考えでは、正直詰みである。駒が足りない。
「さあどうするね」
帝国の将軍が口を開く。
「選択肢などない。やるしかなかろう」
マティが売られた喧嘩を買う。
「わかった。いい戦いを。一時間後に開戦だ」
「ふん」
帝国の将軍もマティもお互い背を向けて両陣営へ戻っていく。
ただ、帝国側のフードをかぶった女性はそのまま残るようだ。
そのため、優香と恵理子もそこに残ることになる。
「タカヒロ、マオ」
マティが声をかけるが、二人は振り返ることもなく、その場で手を振るだけだ。
マティは、それほどの相手、と、想像し、自陣へと戻って行く。
開戦五分前。
中央で向かい合う三人に変わりはない。ただ、帝国側の女性がフードを取る。
女性は、緑の髪、そして、緑のチャイナ服。そして、奴隷の首輪。
「やっぱり」
奴隷の首輪を見た恵理子がげんなりする。
「マツリ様と同じ、緑ドラゴン族……」
「ほう、我らを知っているのか」
優香のつぶやきに緑ドラゴン族の女性が反応する。
「ええ、知り合いにドラゴン族がいてね。赤も青も白も氷も知っているわ。黄色と黒は知らないけどね」
恵理子がそう答える。
「そうか。緑ドラゴン族は繁栄していたか?」
「知らないわ。私達のパパの護衛に緑ドラゴン族がいた、って言うだけだもの」
緑ドラゴン族の女性は、寂しそうな顔をする。
「ところで、その首輪」
恵理子が聞く。
「お前達には関係ないことだ。それに、お前達は今日、この場で死ぬ」
「えっと、確認だけど、人質、いや、ドラゴン質を取られてる?」
女性は目を見開く。
「はぁ、やっぱりそうなのね。で、あなたの契約者はさっきのおっさんでいい?」
「そんなこと、明かすわけないだろう」
「えっと、マオ、お願い。私、本気でやる。マツリ様にも勝ったことないけど」
優香が覚悟を決める。きっと勝てはしない。だが、止められる可能性があるのも自分だけ。
「了解。ちょっとだけ持ちこたえてね。私もやる気になったわ」
アストレイアサイド。
「ごめん、遅くなった」
リーシャがマティのそばまで走ってくる。
「リーシャ。来てくれてありがとう。心強いです」
「えっと、うちのご主人様たちは?」
「中央でにらみ合っています」
「あ、あれ、やばくない?」
「リーシャにもわかるか。あの二人でも危ないかも知れん」
ブリジットが真面目に答える。
「うちの兄様達も近寄らない方がよさそうだね」
「ああ、被害が増すだけだ。タカヒロ様とマオ様がどれだけ持ちこたえられるか。あの人が、こちらに攻め入ってきたら、おそらく、単なる蹂躙だろう」
開戦一分前。
「お前達、逃げなくていいのか?」
「逃げられないのよ。逃げたら後ろの人達、あなたに蹂躙されるでしょ? だから、なるべく時間を稼がないとね」
恵理子が答える。
「稼いで勝てるのか?」
「まあ、人間相手なら私達のパーティは余裕だからね。それに、応援も来てくれたみたいだし」
「ふん、魔族か。確かに人間より強いな。だが、数は武器だぞ? 三万を相手にどこまでやれるかな。それ以前にお前たちがどこまでもつか」
女性は笑う。
「ほら、始まるぞ、十、九、八、七、六、五、四、三……」
そこで、大きく息を吸う女性。
「やばっ! 本当に人間相手にそれやる?」
恵理子がそれに気が付くが、恵理子自身はやることがある。
「アイスウォール! 全力!」
優香がアイスウォールを傾けて全力展開する。
ドゴーーーーン!
女性が発したブレスが斜め上にそれる。しかし、その勢いに優香も恵理子も吹っ飛ばされる。
「いたたたた、下手すりゃ、今の一撃で終わっていたじゃん」
「全くよ。ごめん、わたし、集中するから」
「よろしく」
と、優香が全力ダッシュで女性に殴りかかる。
正直、ドラゴン族相手にはスピード勝負以外にあり得ない。それをこはる母様やおりひめ母様に学んだ。「身体強化」と、内心で体に魔法をかけて体を強化する。
相手に隙を与えてはいけない。それに余裕を与えるとブレスを撃たれる。よって優香はひたすら手を、足を出す。
右、左、フェイントをかけての上段回し蹴り。
すべて防御される。上に下に回し蹴りを入れるが、防御されるかよけられるか。それでも攻撃の手を休めるわけにはいかない。
そして、ついに一撃が入る。優香に。
ドゴッ!
優香の腹に蹴りが入った。
吹っ飛ばされた優香は、腹を抑えながら、立ち上がる。左手で腹にヒールをかけて再び挑む。余裕を与えてはいけないのだ。
女性はほぼほぼ動かない。優香はそのことを利用する。
「本気で行くね」
「これまで本気じゃなかったのか?」
ドゴン!
女性の背と腹で魔法が爆発する。
「グハッ」
女性が初めて膝をつく。