お前のかみさん、なんでエプロンにお玉なの?(優香と恵理子)
「ブー」
口に含んだお茶を吹き出すマティ。
「マティ、汚い」
優香の顔を拭きながらリーシャがマティにクレームを入れる。しかし、マティは優香と恵理子に問う。
「記憶にないと?」
「「はい。ございません」」
二人は目をそらす。
「お願いしますよ。罪人を引き渡せって言ってくるんです」
恵理子は真剣な顔になり、マティに確認する。
「マティは私達が罪人だと?」
ブリジットとリーシャがナイフを取り出す。
「ユ、ユリア、まさか私を?」
「私の主人はタカヒロ様とマオ様だ。それに、私はユリアではない。ブリジットだ。我が主に仇なすものはたとえ王族であろうと友人であろうと殺す」
「ち、違います。違いますから、誤解です。あの時、皆さんは私のお付きでした。そうですよね。皆さんの上司は私でした。つまり、サザンナイトが言っている罪人は、私なんです」
恵理子が手を上げると、ブリジットもリーシャもナイフをしまう。
「さて、マティ、わかっているかしら、ここまでどこをどう考えても、国と国との話よね。私達は関係ないわ」
恵理子が話を戻す。
「それじゃ、私が引き渡されればと?」
「そんなの知らないわよ。国の考え次第でしょ? あらがうっていう方法もあるんじゃない?」
「我が軍はすでに砦へと一般兵を含む一万の軍勢を向かわせています。しかし、サザンナイトは三万。現在、我が国各地へ出兵の依頼をしているところですが、これからは春。どこの領であっても一般兵を集めることが難しい状況です」
「各地の騎士団でいいんじゃないの?」
「はい。優先的に、送っていただけるようにお願いしています」
「で、マティの差し出し期日は?」
「あと五日。つまり、明後日には王都を発ちます」
「その時の戦力は?」
「国王たる父は、私がかわいいので、全騎士団をと」
「その数は?」
「千です」
「「……」」
「あ、少ないと思いましたね? 思ったでしょ? 本来、戦争をするときは、一般市民も出張るんです。それであの数になるんです。だけど、サザンナイトは違うんです。騎士が一般市民なんです。その戦力差がわかりましたか?」
「自慢してどうするの。で、その娘を溺愛している国王様はどうするの?」
「私に全権委任すると」
「本当に愛されてる?」
「愛されています!」
「はぁ。私、あの奴隷の首輪の使い方、嫌いなのよね。人を物としか思っていないって言うか。それを平気でやるあの国に、なるべく近づきたくないんだけど。今回もきっと嫌な思いをするわ」
恵理子がため息をついてソファにもたれかかる。
「その辺はご安心を。サザンナイトの騎士は、表向きの戦争については自分達の力でやろうとします。今回は表向きの方です。威圧が目的ですから」
「じゃあ、相手以上に威圧できれば、何事もなく去ってくれるかもしれないってこと?」
「戦争の方はですね」
「と言うと?」
「罪人である私を差し出せって言うのは、ずっと続くかもしれません」
「無視すればいいんでしょ?」
「はい。その通りですが、一国の王女がいつまでも罪人呼ばわりされるのは少々……」
「まあ、行くだけ行ってみる? で、できることをしようか」
ここまでの話を聞いて優香が妥協し、恵理子が同意する。」
「そうね、なるべく簡単な方法でおかえりいただきましょう」
「それじゃ、明後日の朝、出発しますので、よろしくお願いします」
と、マティは、二人の気が変わらないうちに、と、足早に帰っていった。
「ミリー、リシェルを連れて、奴隷の首輪を買って来て」
優香がミリーにお願いをする。
「奴隷の首輪ですか?」
「うん。分解してみる」
「わかりました」
「何かわかった?」
奴隷の首輪をいじっている優香に恵理子が聞いてくる。
「うん。こっちの指輪と首輪の石が対になっているみたい。でね」
優香は訓練場の真ん中に首輪を置く。
「指輪の方に爆発魔法のイメージをして魔力を流すと」
ボンッ!
「と言う感じに爆発する。小さい方に魔力を流しても爆発しない。距離をとっても爆発するのはよくわからないんだけど」
「じゃあ、こっちの指輪の方の石が割れて小さくなったら?」
「やってみるね」
指輪の石を、剣で割ってしまう。
「割れちゃった石に魔力を流すと……」
ボンッ!!
割れた石の小さい方が爆発する。
「あ、あぶなっ。ごめん。指輪の割れた大きい方に魔力を流しちゃった。だから小さいのが爆発したみたい。じゃあ、この状態で、首輪の石に魔力を流すと」
ボンッ!
首輪の石より小さくなった指輪の石が爆発する。
「やっぱり、小さい方が爆発するみたいだね」
「解決方法は?」
恵理子が優香に聞く。
「見つからないね」
「首輪にカギがかかったり、外れたりするのは?」
「単に魔力を流した瞬間、石が反応するんだけど、そのちょっとした反応で、カギがかかったり外れたりする装置がついてる。だから、もしかしたら、リリースとかアタッチとかじゃなくてもいいのかもね」
恵理子は、ふむ、と考え、優香に提案する。
「じゃあさ……」
二日後、王城へと行く。
「よー、久しぶり」
騎士が優香と恵理子に寄ってくる。手を上げて。
「「……」」
「またかよ。俺だよ。マークス。いい加減覚えてくれよ」
「あー、お久しぶり。で、早速だけど、どういう布陣?」
忘れていたことは置いておいて、優香はマークスに聞く。
「この前と一緒。で、その前後に騎士団を配置。食い物は各街にもう用意してあるってさ」
「と言うことは、攻め込む気はさらさらないと」
「そういうことかね。そうだと楽をできるんだけど」
マークスはきょろきょろと見回し、
「二つほど聞いていいか?」
「いいけど?」
「一つ目、猫耳が一人足りないようだけど」
「リーシャのこと? 今は里帰り中」
「そうなんだ。あいつの故郷はどこなんだ?」
「内緒」
「そっか。まあいいか。もう一個聞くけど、お前のかみさん、なんでエプロンにお玉なの?」
「やりすぎちゃわなくていいらしい」
「そっか。ハンデってところか」
「そんなところ」
今回は、恵理子の指にぴったり合わせた金属製のお玉が用意されていた。ミリーによって。
「お、騎士団が動き出した。そろそろ出発だな。準備しろよ」
マークスが出発を教えてくれる。
「わかった。ブリジット!」
「はい」
「じゃ、予定通り、マティのことお願い」
「承知」
ブリジットは、優香に指示され、マティの乗る馬車へと乗り込んだ。今回は、交代なしでずっとブリジットが護衛を担当する。




