女王猫と野良猫と、そして奥様拳の始祖(優香と恵理子)
審判の合図でショーンがリーシャに駆け寄る。
リーシャは槍を突き出すが、よけられたりはじかれたりで、当てることが出来ない。
リーシャは悩む。あんまり本気を出すと、次から相手をしてもらえないしな、と。
そうなのだ。このシステムでは、強すぎると、挑んでもらえなくなる。つまり、自ら挑むしかお金を稼げなくなる。挑んでも受けてもらえるかもわからない。その点、恵理子とブリジットはそれぞれ奥様と鞭と言う安定収入を得る強みがある。リーシャはブリジットマイナス鞭だ。
「リーシャちゃん、なかなかやるわね。本気で行くね」
「え?」
ショーンがスピードを上げて、槍を潜り抜けてナイフを突きつけてくる。
おもわずリーシャはそれをよけて槍を持ったまま回転してしまう。
すると、引いた槍の柄がショーンの顔にカウンター気味に当たってしまう。
「あ、ごめん」
とは言ってももう遅い。ショーンは崩れ落ちる。
「あー、情報!」
恵理子が叫ぶが、ショーンは気を失ってしまう。
リーシャは、
「じゃあ、金貨頂戴」
と、道場にいた他の冒険者から金貨を百枚受け取る。
「やった、これで私にも小遣いが」
と、嬉しそうだ。
「……」
恵理子が情報を得られずにがっくりする。
「まあ、まだ時間もあるし、また来よう」
ブリジットが恵理子をなだめて帰ることにした。
道場に帰ると、鍛錬をしているミリー達がいた。
「ただいまー」
「おかえり。どうだった?」
「お金は稼ぐことはできたわ。だけど、情報は得られなかった。こっちはどうだった?」
「道場を覗いては帰っていく人ばっかりだった」
「そなんだね」
恵理子は目をそらす。
「リシェル、ローデリカ、はい、これ」
恵理子は二人に金貨の袋を差し出す。ブリジットも渡す。リーシャは、私のお小遣い、とつぶやきながらもリシェルに渡していた。
「すごいね。今日一日で、うちの家一軒分?」
「これ、強いかお金持ちしかいられないわ」
夕方、受付の婆さんがやってくる。
「おーい、誰かいるか」
「はいはい」
恵理子が玄関へと出ていく。
「お前さん達、初日から何をやっているんだ?」
「えっと、何って?」
「道場破りに行くのはいい。上限は金貨百枚にしてくれ。そうでないと、うちのバイトが増えてしまう。相場は一枚から十枚だ。できればそれで」
「……」
「それから、これ」
婆さんはネームプレートを渡してくる。
「肩書を変えるのももうやめておくれよ」
婆さんは、ため息をつきながら帰っていった。
「肩書を変える?」
恵理子は受け取ったネームプレート二枚を見る。
鞭使い 女王猫ブリジット
「え? なんでこんな名前に?」
恐る恐るもう一枚を見る。
奥様拳の始祖 人妻マオ
恵理子はがっくりとうなだれた。
やってきたリーシャは、転がっているネームプレートを手に取る。
「あっひゃっひゃひ……はい。ごめんなさい」
恵理子の殺気に笑いを抑えるリーシャ。
リーシャは冷静なふりをして、ブリジットのネームプレートをひろい、それを見てがっくりと崩れ落ちた。
「なんで私が野良でブリジットが女王なのよ」
「どうしたー」
なかなか戻ってこない二人を見に来た優香とブリジット。
「ねえタカヒロ、私、これから先、奥様拳で戦わないといけないの?」
と、潤んだ瞳で恵理子は優香を見る。
「あ、えっと、そうかな? 顧客を満足させるのも大事なお仕事かと」
優香は視線を逸らす。
そこへミリーがやってくる。
「はい。これが新作お玉です。折れないように柄に金属が入っているのと、柄の先のフック、回しやすいようにマオ様の指の太さに合わせてあります」
「……」
「それから、こっちはフライ返しです。ほぼほぼ殺傷力がなくピシピシやるのに適しています。しかし、ピシピシと言う意味では、マオ様のびんたの方が喜ばれるかと」
「何でミリーはノリノリなのよ……」
一方のブリジット、
「ふふん、野良が」
と、崩れ落ちているリーシャを仮面越しに見下す。
「なっ、なんですって。野良の意地を見せてあげるわ。道場に来なさい。どっちが各上か思い知らせてあげるわ。そもそも年増の女王なんて、誰得なのよ」
「なんだと? 年のことは言ってはいけないだろう。よーしわかった。望むところだ。鞭でピシピシしてやる」
二人は道場へと向かっていった。
「あ、晩御飯……」
アリーゼがおなかをさする。
「そうだね。二人はほおっておいて、晩御飯を食べようか。アリーゼもおなかすいたよね。僕もおなか減ったよ。ほら、マオも立ち上がって」
優香は、うなだれる恵理子の肩を持ち上げ、食堂へと連れて行った。
翌日から次の道場破りの日まで、外部との関係を絶って鍛錬の日となる。もちろん外に出てはいけないわけではない。食料調達は必要で、ミリー達は二班に分かれて山へと入っている。肉は食料に、素材はギルドに卸して代わりに野菜類を購入してくる。
「ミリー、二時の方向五十メートルにスノーラビット」
斥候を務めるヴェルダがサインを送る。
「よし、気配を消して回り込んで。毛皮は高く売れるから傷つけないように武器はお玉。狙うは首。一撃で気絶させるわよ」
魔物や魔獣とちがって野生の動物は警戒心が強い。これを狩るために、ミリー達は気配の絶ち方を習熟していく。そして、野生動物の肉はうまい。
マロリーがスノーラビットの首にお玉をヒットさせ、捕まえる。
「よし、マロリー、血抜き処理をお願い」
ミリーが指示を出す。
「さ、まだまだ食事には足らない。探すよ」
「み、ミリー、スノーウルフの群れが……」
「よし。魔法でやりましょう。燃やさないでね。アイスバレットかランスで。できればのど。背中は毛皮に傷がつくからNGで。いい、三、二、一、てー!」
ザシュ、ザシュ、ザシュ……
「よし、今日のところはこれで帰ろうね。処理をしたら素材を売りに行くから」
道場では、稽古が行われる。特にヴィクトリアの。
「ヴィクトリア、得意な武器は何?」
「レイピアですが」
「レイピアの木剣。木剣っていうの? うーん。レイピアの木剣ある?」
「お玉と同じく、心材は金属みたいですが、ありますね」
オリティエがもってくる。
「うち、レイピア使い、いないよね?」
「はい。私達は勇者タカヒロ様とマオ様に憧れていますので、基本両手剣です。魔導士は別として」
「で?」
「で? ですか? 正直申し上げますと、マオ様の奥様拳にちょっと惹かれております」
オリティエは正直に答える。恵理子にも憧れていると。
「構わないさ。好きな武器を使ったらいい」
「構うわよ。なんで お玉よ」
恵理子が両手を腰に当ててぷんすかとすごむ。
「いいじゃん。好きな武器を使ったら」
「殺傷力ないのよ? いざと言う時、どうするのよ」
「はい、オリティエ君」
優香は、答えを丸投げする。
「その時は、ナイフでも両手剣でも薙刀でも、大鎌でも使います」
「だってさ」
「結局、お玉は使えないってことじゃない」
恵理子はフンと、鼻をならす。
「いや、使い分けでしょ? 食事を作っているときでも対処できるのが奥様拳じゃないか。いざと言う時は、そりゃ剣やナイフだろうさ」
「そりゃそうよね。話がずれちゃったけど、ヴィクトリアはレイピアの特訓なのね」
「えっと」
ヴィクトリアがどうしていいかを悩む。
「ヴィクトリアがレイピアが得意だって言うなら、それで剣でも槍でも大鎌でも対処できるように、実践的に鍛錬すればいいんじゃないの?」
「そうよね。じゃあ、オリティエ、やってみて」
オリティエが道場の真ん中で両手剣をかまえる。
ヴィクトリアは、ここでは杖を突く必要がない。レイピアをもって、オリティエと対峙する。
両者が向かい合ってかまえる。
「それじゃ、始め!」
オリティエはヴィクトリアの出方を見るようだ。
ヴィクトリアがレイピアをかまえて突進する。
「えーい!」
ひょろひょろひょろ、ペシン!




