人妻はお呼びでないから帰っていいよ(優香と恵理子)
「頼もう!」
と、意気揚々に一番の道場へと上がり込む。
あれ、どこかで見たような……。特に恵理子とリーシャが目を見張る。
「姉御、道場破りのお客様です。しかも、人妻と猫耳メイド……」
「あ、もしかして、朝来てくれてたお客さん達?」
ブリジットがそうは言うものの、恵理子とリーシャはあからさまにいやな顔をする。
「あんた達ね、うちのかわいい子達を魅了してくれたのは」
お約束のモヒカンで、がっつりと化粧をしたごついおっさんが出てくる。
「いえ、違います。帰ります」
「はい。人違いでした。お疲れさまでした」
恵理子とリーシャが出て行こうとする。
「ちょっとお待ちなさいな。せっかく来たんだし、お金を落としていったらどうかしら? せっかくだから、そうね、百枚くらいどうかしら」
「遠慮します」
「一昨日来ます」
「金貨百枚ですね」
「「おい」」
「帰ろうって言ってるじゃない」
「いやよ、こんなところにいるの」
「だけど、百枚だぞ。マオ様もリーシャも今日はそれぞれ五枚だろう。その二十倍なんだ。私にやらせてくれ」
「ちょと、それ、張り合ってるわけ?」
リーシャが目を細める。
「いやな、リーシャの二十倍稼げるってところをだな」
「ちょっとどきなさい。私がやるわ」
「いやいや、私がやるって言って……せーの、三」
「わっ、汚い」
「よし、とりあえず、一抜け」
「ぬぬぬ、せーの、二」
「せーの、一! よし、勝った。私がやるわ」
「……何で私、これ勝てないのかしら」
リーシャがうなだれる。
「おーい。私がやっていいことになった。猫耳仮面メイドのブリジットだ。金貨百枚で受けようじゃないか」
「いや、受けるのはこっちなの」
「じゃあ、百枚で受けてもらおう」
「いいわよ。それじゃ、用意なさい」
ブリジットは、槍をかまえる。おっさんは、巨大な両手剣だ。
「よーい、始め」
の、掛け声と同時におっさんが巨大な木剣を振り下ろす。それをブリジットは、槍の先で軽くいなすと同時に体を回転させて、槍の柄をおっさんの首にたたきつけた。
ドスッ!
おっさんは、そのまま崩れ落ちた。
「あら、大したことなかったな」
ブリジットが槍の柄でおっさんの顔をつんつんする。
おっさんは、動かない。
「「「うおー」」」
と、おっさんの弟子らしき男達が声を上げる。
「「「ねっこ耳! ねっこ耳!」」」
「いいから、金貨を出しなさい!」
「「「はーい」」」
ブリジットは、金貨を受け取る。
そして、三人は一番の道場を後にした。
「なんなの、ここは」
恵理子がため息をつく。
「まあいいじゃないか。お金も稼げたし」
「私、負け癖がついてる……」
リーシャのつぶやきに誰も突っ込まない。
「マオ様、どうする? 二番目に行く?」
「せっかくだから行くわ。で、見るだけ見て帰る」
「道場破りしないの?」
「うん。思わず、お玉で来ちゃったから」
恵理子はお玉を振り回す。
三人は、二番目の道場までやって来て、その中を覗く。
「えっと、道場破りの方ですか?」
覗いていると、声をかけられてしまう。
「は、はい。どんな方か、先に見てみようかと」
「ルイ様、お客様です」
「ルイ様? 女性かしら」
「これはこれは、お嬢様方、ようこそお越しくださいました」
鎧を着こんだイケメン騎士がやってきた。
「今日はどのようなご用件で? うちのパーティに入りたいという希望でしょうか? それとも、まさかの、僕目当て?」
ルイと呼ばれた男は、手のひらをおでこにあて、空を仰ぎ見る。
「「「……」」」
「えっと、失礼しました。急用を思い出して」
「私も、ご飯の支度をしなきゃ」
「私もヨーゼフ達の散歩を」
「ちょっと待ちたまえ、子猫ちゃん達」
ぞぞぞ、と体を震わせるブリジットとリーシャ。
「人妻はお呼びでないから帰っていいよ」
ルイは恵理子に向かって手でシッシとやる。
恵理子は、道場まで戻ってくると、
「いったい、いくらまで受け付けてくれるのかしら?」
「なんだい? 僕はお古には興味ないんだ。帰ってもらって構わないんだけど」
ブチン!
恵理子のおでこで音が聞こえた、気がする。
「百枚でいいかしら?」
「ふっ、かわいげなくそんなんだから、旦那さんに飽きられるんだよ」
ルイは前髪を払いながら、恵理子に言う。
「わ、た、し、から、捨てたの!」
恵理子は、思わず前世を語る。
「あーやだやだ。まあ、こういうもう時代が終わったってことをわからせるのも僕の役目か。あぁ、つらいな」
「やるの? やらないの?」
「いいよ。かまえな」
恵理子は、お玉を両手に構える。
「行くわよ」
「いつでも来なさい」
「それじゃ、遠慮なく」
と、恵理子はダッシュで懐にもぐりこむ。そして、お玉に手を入れ、下からルイの顎を貫いた。いわゆるアッパーカットだ。
ルイは、上空に打ち上げられ、放物線を描いて床に落ちだ。
「ふん。口ほどにもない。ほら、百枚よこしなさい」
恵理子は、百枚の金貨を受け取ると、道場を後にした。
「ちょっと、待ってよ」
リーシャとブリジットが恵理子を追いかける。
恵理子は金貨の入った袋を見せつけて
「これで私は百五枚よ」
と、言う。
「次は、次は私だから」
リーシャが意気込む。
「ねえマオ様、強い奴の情報を得るんじゃなかったのか?」
「忘れていたわ」
三番の道場に挑む。
「頼もう!」
リーシャが気合を入れて道場に入る。
「あら、いらっしゃい」
「あれ?」
リーシャが首をかしげる。
「えっと、どうしたのかしら、子猫ちゃん」
普通に冒険者としての恰好をしている女性が立っている。
「あの、あなたが、ここの主様ですか?」
「そうよ。ショーン。よろしくね。貴方は?」
「リーシャです」
「で、何を不思議に思っていたのかしら」
「普通の人だと思って」
「もしかして、一番と二番に行った?」
こくんとうなずくリーシャ。
「あの二パーティは、金にものを言わせて遊んでいるようなものよ。気にしなくていいわ。私もお金が必要になったらあそこに行くの」
「そ、そうなんですね」
「ところで」
恵理子が割って入る。
「強い人を知りませんか?」
「えー、この道場の主を目の前にして、失礼じゃないのかしら?」
「じゃあ、あなたを倒したら、あなたより強い人を、特に女性を教えてもらえますか?」
「いいわよ。そっちのベットは何?」
「ほら、マオ様」
リーシャが恵理子にお金をせびる。リーシャはお金を持っていない。
「わかったわよ。金貨百枚がここにあるわ」
「オッケー。じゃあ、誰がやるの?」
「私とこの仮面はもう今日の分を遣っちゃったから、その野良で」
「野良って言うな」
「そう。じゃあ、リーシャちゃんだっけ。よろしくね」
「はい」
二人は、道場の真ん中で向かい合って構える。リーシャは槍、ショーンはナイフだ。
「よーい、始め!」