ヴィクトリア、そして盗賊と(優香と恵理子)
「わかった」
と言って、伯爵は手をたたく。
すると、食堂へ黄色のドレスを着た令嬢が一人入ってきた。しかし、その右手には杖。
「君達は湯治に行くのだろう?」
「それが半分、強い人を探すのが半分です」
「その半分の湯治に、娘を連れて行ってほしい」
「なぜ、私達なのですか? 伯爵自ら連れて行ったらいいのではないでしょうか」
「私はこの街の領主だから数か月もここを空けるわけにもいかない。それから、ここのところずっと、この街を通ってスタースプリングに行く者達を見ていたが、娘を預けられそうな者がいなかった。そういう意味では、君達はメイドも連れているし、娘を託してもいいと思えるくらいの強さも備えている。どうかね。連れて行ってもらえないだろうか」
「つまり、温泉にお嬢様を連れて行って世話をしろと」
「ぶっちゃけそうだ」
「うちのメイドはメイドでやることがあるんだけど?」
「じゃあ、うちのメイドも連れて行ってくれ」
「なら、面倒は見なくていいのか」
「一緒にいてくれたらいい」
「護衛?」
「そこは頼むよ」
「えっと、伯爵が私達の敵である可能性は?」
「足の悪い娘を預けるのに?」
「報酬は?」
「成功報酬で金貨三百枚でどうだ?」
「それが娘の値段なの?」
「嫌な言い方をするな」
「じゃあ、聞き方を代えるね。想定される敵は誰?」
「逆に狙われているのは、私と娘のヴィクトリア。妻はもういない」
「で、狙っているのは?」
「弟のビルガーだ」
「家督?」
「そうだ」
「その弟をやってしまうのは?」
「実は、証拠がない。盗賊のような騎士、盗賊のような冒険者とかな、盗賊っぽい何かが襲ってくるんだ」
「襲われるのをわかっていて守れと」
「頼む」
「で、伯爵は?」
「私一人なら何とでもなる。それに、私が死んでも、娘がいればその時はどうとでもなるだろう」
「お父様」
ヴィクトリアが父親に声をかける。
「ヴィクトリア、いいんだ。お前が生きてくれるなら」
「えっと、私らは目的がある。スタースプリングに行って温泉に浸かる。それから、そこに集まっている強者の情報を集める。それを優先する。たとえ目的が娘さんであろうと、私達に対して襲ってきた者には容赦はしない。それでいい?」
「それでいい」
「もう一つ。もし、伯爵が嘘をついていたら、弟じゃなくて、私達にこの家が滅ぼされるかもしれない」
「わかった」
「じゃあ、依頼は冒険者ギルドを通してやってね」
「セバス」
「やっておきます」
「それと、一応、足を見せて」
「ここではダメだ。一応娘なのでな。部屋でやってくれ。それと、見るのは女性だけにして欲しい。まだ婚約もしていないんだ」
「わかった。マオ、ブリジット、リーシャ。頼む」
「ヴィクトリアさんだっけ。ちょっと膝を見せてほしいから、行きましょうか」
「はい」
ヴィクトリアは杖を突きながら、食堂を出て、自分の部屋へ向かう。そして、マオ達三人がそれに続く。
ヴィクトリアは自分の部屋に入ると、椅子に座る。
「見ていただけますか?」
と、ドレスのスカートをたくし上げ、右ひざを見せる。
恵理子が、ヴィクトリアの膝を触ったり、曲げたりするたびに、ヴィクトリアは顔をしかめる。
恵理子は、足から手を離し、
「もういいわ」
と、声をかける。
ヴィクトリアがスカートをおろす。
シュッ!
と音がした次の瞬間、ブリジットとリーシャのナイフがヴィクトリアののどに迫った。
ヴィクトリアは、冷や汗を流しながら、
「なぜ?」
と、聞く。
「私達、なんて言った? 嘘をついたら私達があなた達を滅ぼすと。あなた、足、悪くないわよね」
当然、恵理子はスキャンの魔法をかけている。
「うわー!」
突然、ヴィクトリアが泣き出した。
「えっと?」
「あいつが憎い、あいつが憎い、あいつが憎い。絶対に殺してやるんだ。私が。私がこの手であいつを。母様を殺したあいつを。だから!」
恵理子が視線で合図を送ると、ブリジットとリーシャはナイフをしまう。
「どういうことかしら」
「グスッ、あいつは私が殺す。私が足が悪いふりをして湯治に行っていれば、あいつは絶対に私を殺しに来る。それを私が逆に殺してやるんだ」
ヴィクトリアは、涙を流しながら、歯を食いしばり、力の入った目で恵理子を見る。
「あのね、今の話が本当だとして、私達が危険にさらされるってことよね。それってどうなの? 私達のパーティには未成年の子もいるのよ?」
「逃げていい。ほおっておいてくれていい。父様にはちゃんと報酬を払うように言う。あなた達には迷惑をかけない。絶対に勝つから。父様から離れた場所で、私が母様の敵を討つ場を提供してください。お願いします」
「何で一緒にやらないの?」
「父様がいると、本人が出てこないの。だから、私が一人でおとりになる」
「ちなみに、伯爵は膝が悪くないことを知っているの?」
「知らないわ。敵をだますにはまず味方からなの。湯治についても、ただ私が行きたいとだけ」
「私達はやっぱり護衛じゃない」
「だから、護衛もやらなくていい。報酬もちゃんと払う。ただ、連れて行ってほしい」
「はあ。悪いけど、そこまで聞いちゃったら、パーティメンバーと相談せざるを得ないわ。依頼を受けるなら、明日の朝に迎えに来る。受けないなら逃げるわ」
そう言って、恵理子は立ち上がった。
「タカヒロ、帰ろう」
「ん。わかった」
「娘は?」
「部屋で休んでいるわ。歩いて疲れたんじゃない?」
「そうか。ところで依頼を受けてくれるのか?」
「一晩考えさせて」
恵理子はそう言い、優香達を連れて食堂を後にした。
伯爵邸の門を出ると、恵理子が貴博に言う。
「私、リシェルと一緒にキザクラ商会へ寄って帰るから、先に宿に帰っていて」
「わかった」
「私も行っていい?」
リーシャが同行させてくれることを頼む。
「リーシャ、マオのことを頼む」
「はーい」
恵理子は二人を連れてキザクラ商会へ向かう。
先を歩くのはリーシャ。その後ろに恵理子とリシェル。
「リーシャ、脇道へ」
そっと恵理子が指示をする。
リーシャは何事もなかったように左の薄暗い脇道に入る。それを恵理子とリシェルが追う。
しばらくしたところで、リーシャが足を止め、それを恵理子とリシェルが追い越す。
その次の瞬間、リーシャは後ろを見ずに回し蹴りを放つ
「グエッ」
カランカラン。
男が吹っ飛び、ナイフが転がる。
そこへ脇道を挟む家の屋根から飛び降りてくる影が五つ。
リーシャとリシェルが恵理子を挟んで前後に立つ。
「伯爵家でした話を教えてもらおう」
 




