スティングレー伯爵(優香と恵理子)
翌日も、その翌日も馬車を進める。
八日目になってようやく、スティングレー伯爵領の領都に到着する。
いつも通り、まずは冒険者ギルドだ。
優香と恵理子、その後ろからブリジットとリーシャがついて、ギルドの受付へと向かう。
その後ろでは、ミリー達が素材をせっせと買取カウンターに運んでいく。
「僕達、冒険者パーティクサナギです。スタースプリングへ行く途中に寄らせていただきました。明日には、この街を出ますけど。とりあえず、よろしくお願いいたします」
「はい。お願いします」
と、受付嬢。しかし、受付嬢は続ける。
「えっと、お兄さん? で合ってる?」
「はい」
「お兄さん達、何しにスタースプリングへ行くんですか?」
「目的としては、湯治のために温泉に入りたいのと、強い人がいたら会ってみたいのです」
あれ、クサナギの名前、ここでは売れていないんだな。と、恵理子が思う。
そのとおりで、見目麗しい恵理子達は狙われる。
「おいおい、お兄ちゃんよ。かわいい女の子をいっぱい連れて温泉に入りに行くのかい? いいね、おじちゃん達も一緒に行っていいか?」
「「「あはははは」」」
「やめてやれよ、そんな女みたいにきゃしゃな兄ちゃん、お前に殴られたら折れちゃうって、骨も心も」
「いいじゃねえか。そしたら、お姉ちゃん達の行き場がなくなるから、俺らで囲ってやろうぜ」
優香は思う。また気持ち悪い連中。
「悪いのですが、僕ら、これから宿を探しに行かないといけないので、失礼」
と、優香が歩き出そうとすると、
「俺らの家に来ないか? お前以外な」
「「「あはははは」」」
「やめてやれって」
優香は、再びカウンターへ向かい、受付嬢に確認を取る。
「お姉さん、冒険者同士のトラブルって、ギルドは不介入でしたっけ」
「そうよ。めんどくさいもの」
「僕、喧嘩を売られていますよね?」
「そうね。でも関心ないわ。不介入だもの」
「ありがとうございます。それだけ分かれば充分です」
優香は、再びギルドを出るべく玄関へと向かう。
その後をついてくるいやらしい笑みを浮かべる男達。
ギルドを出たところで優香は振り返り、
「えっと、誰を指名する? 選ばせてあげてもいいけど」
「お前に決まっているだろう? お前みたいなガキが、スタースプリングなんかに行ってどうするんだってんだ」
「スタースプリングに行くことすらできない雑魚が、よく言う」
「な、貴様。ほんとに死んだぞ?」
「えっと、一つだけ教えてくれる? 何ランク?」
「プラチナだ。もうすぐEに上がるぜ」
「そう。僕、相手の強さがどれくらいのランクなのか分からなくって。プラチナって、もっと強いと思っていたよ」
どう見ても、ミリー達の方が動きがいい。
「貴様、その生意気な口をきけないようにしてやる」
「もういい? それとも、そっちからくる?」
「死ねや!」
と、男が飛び出した瞬間、ドサッと、男はそのまま倒れこんだ・
「な、何が起こったんだ?」
と、面白がって見学していた男の仲間達。
「さあ、塩分の取りすぎなんじゃない? 血圧高そうだし」
実際には、男の脳を凍らせた。つまり、マイナス距離魔法だ。
「不戦勝か。ま、いいか。じゃあ行こう」
と、優香は男達に背を向ける。
「貴様が何かやったのか?」
「見てなかったの? 何もしてないよ。そいつが勝手に倒れたんだ」
周りを囲んでみていた野次馬達は、「確かにそうだ」とうなずく。
しかし、納得いかない男達は、手をかけていた剣を抜く。
「やってしまえ!」
と、男達が走り出したが、優香は振り向きもしない。
しかし、
ドゴッ! 「ぐぁっ!」
ドスッ! 「ぐえっ!」
と、声が上がる。猫耳仮面メイドと猫耳メイドが、男達一人一人の腹にこぶしを、頭に蹴りを撃ちこんでいる。
あっという間に、男達は沈黙する。
「ありがとう、二人とも。それじゃ、行こうか。その汚れた手も洗いたいでしょ」
「「はい」」
皆で宿屋を求め、馬車を連れて歩き出す。
優香達は、大通り沿いの比較的大きな宿に部屋を取ることが出来た。
部屋で少し休んだ後、一階の食堂に降り、食事を取ることにする。が、そこに食事は出てこない。
「ご主人、食事は?」
「もうちょっと待っていてくれ。迎えが来るはずだ」
「迎え?」
「ああ、屋敷に招待するから、食事はいらないと言われたんだ」
「誰に?」
「スティングレー伯爵家の家令だよ」
「……」
優香は不審がって固まる。
「えっと、どういうこと?」
と、恵理子が聞くと、答えたのは宿の主人ではなく、玄関から入ってきた家令だった。
「旦那様が一緒に食事をしたいと申しております。屋敷に来ていただけませんでしょうか」
「えっと、どういう理由ですか?」
「今日の騒動を聞いて、旦那様が皆様に興味を持たれたようです」
「行かない、と言ったら?」
「死体遺棄の犯人としてとらえさせていただきます」
「えっと、どういうこと?」
「本日、道の真ん中で、一人の冒険者を殺しましたね? 貴方は、それを放置しました。つまり、死体遺棄です」
「行くと言ったら?」
「旦那様との食事となり、その他は不問です。もしかしたら、お願いの一つでもあるかもしれませんが」
「……」
「行くしかなさそうね。十六人で行っていいの?」
恵理子が折れる。
「はい。構いません」
「ミリー、ヨーゼフ達にご飯の用意を」
「はい」
「家令さん、ちょっと待っていてもらっていい? ペットに餌をやりたいから」
「承知しました。準備が出来ましたら、表へお越しください。馬車を用意してあります」
優香達十六人は二台の馬車に別れて乗せられ、伯爵邸へと向かった。
「いらっしゃいませ」
「「「いらっしゃいませ」」」
屋敷のメイドが、声を出して迎えてくれる。
「さ、こちらへ」
家令が先導して歩いて行く。
食堂に着き、全員が団服を預けると、優香と恵理子と十四名のメイドとなった。
「さ、メイド様方もお席にどうぞ」
と、家令が席を勧めてくる。
全員が座ったところで、伯爵がやってきた。
座ったばかりなので、立つのもめんどくさく、そのままで挨拶をする。
「本日はこちらの突然の招待にもかかわらず、よく来てくださった。エイジア・スティングレーだ」
「タカヒロです」
「マオです。後の十四名は私どものメイドとなります」
「ところで、どのようなご用件で?」
「まあ、先に食事にしよう」
と言って、優香の質問を脇に置き、エイジアは手をたたく。すると、メイドが出て来て、食事を並べて行った。
「酒は飲むのかね」
「一部未成年がおりますが、他は飲みます」
ここで、飲まないと言ったら、ブリジットやオリティエが黙っていない。
「では、ワインなどどうだ。我が領は、ワインも名産でな。今はすでに収穫が終わっているが、シーズンにはブドウ畑も見ごろだぞ」
「次回は、その時期を狙ってきたいと思います」
「そうかそうか。それでは乾杯しようか」
と、つがれたグラスに口をつけた。
ワインにも食事にも決して毒など入っておらず、すべておいしくいただいた。
「さてと、それではご用件をお伺いしましょうか」




