強い人のうわさって聞いたことない?(優香と恵理子)
ソファには、優香、恵理子、ブリジットが座っている。
その反対側には、マティ、リオル、リーシュがいる。それぞれの後ろにはお付きが立っている。
リーシャは、優香と恵理子の後ろに立つ。
「お姉さま」
「リーシャ」
「いらっしゃい兄様、リーシュ」
「リーシャ、こっちに座らない?」
恵理子が声をかける。
「いえ、ここで。ここなら、こうやって」
と、リーシャは優香と恵理子の間に顔をにゅっといれて、両腕を二人の首に回して二人を引き寄せる。
「二人とくっつくことが出来ますから」
優香も恵理子も特に嫌がる反応はない。
すると、リオルが顔を赤らめ、
「と、都会の恋愛は複雑なのだな?」
と、つぶやく。
リオルは、前に別れたとき、同性とでも恋愛ができるとリーシャから聞いていた。だが、これを見る限り、同性でも、異性でも、と言うことだ。
すると、それを聞いたリーシュもマティもリオルの言葉の意味に気が付き、顔を赤くする。
「お、お姉様、タカヒロ様は男性ですよね?」
リーシュが確認する。
「あれ? 何かおかしい?」
リーシャが答える。
「リーシャ、マオは女性よね?」
マティが当然のことを聞く。
「あれ? 何かおかしい?」
リーシュは同じ答えを返す。
リーシュもマティも、真っ赤な顔をぶんぶんと振った。
「恋愛の形は自由だと思います」
「リーシャ、ここまでの話をまとめると、マティは、ブリジットと二人で城にいると、ブリジットが近衛につかまって訓練に連れて行かれてしまうので、それが嫌でここに来たと。リオルとリーシュは、冬になったら来られなくなるから、その前に一度、リーシャの顔を見に来た。と言うところまでだよ」
優香がリーシャに話をまとめる。
「あはは、ブリジットは、近衛にその強さがばれているもんね」
リーシャが笑うと、働く理由をブリジットが説明する。
「この前借りた馬六頭分の労働を求められるんだ。今度は、リーシャも付き合ってくれ」
「……そういえば、借りたね。私もか。二人で行けば早く返せる?」
「そう思うぞ」
「それで、マティはブリジットを独り占めしたくて、ここに来たと」
「……ま、そうですわ。リーシャにはちょっと元気づけられました。ありがとう」
「ん? 何のこと?」
と、マティに聞くと、マティは顔を赤くして、ブリジットの顔をチラ見した。
目ざとく恵理子が提案する。
「ブリジット、ブリジットの部屋で二人で本でも読んだらどう?」
「私の部屋か? 剣とか鞭とかしかなくて、いや、ベッドもあるが、殺風景だぞ?」
「む、……」
リオルが、「鞭とベッド?」と言いそうになって、口をつぐむ。
ただ、
「やはり、都会は複雑だ」
とだけ言った。
「そうだな、マティ、行こうか」
「はいっ」
マティは元気に返事をして、立ち上がった。
「ブリジット、明日から一週間、ギルドからの依頼を受けたから、お願いね」
「わかった」
「お姉さま、明日からお仕事なのですか?」
「うん。日帰りだから夜は帰ってくるけどね。リーシュは何日くらいいられるの?」
「中三日ほどいようと思ってきたんですけど」
「リーシャは明日からの依頼、外れていいよ」
「えー、よくないです。私がお二人を守らずして、誰が守るんですか」
オリティエが鋭い目をリーシャに送る。
「ブリジットもいるし、オリティエ達もいる。ミリー達も連れて行くしさ。それに、駆け出しの森なんだから、そんなに危険はないよ」
「駆け出しが活動する範囲は危険はないのですが、今回は、その外から危険が迫って来ているかもしれないっていう、依頼ですよね。油断大敵ですよ」
「リーシャの言う通りだけどさ。せっかくリーシュがやって来てるのに」
「では、私達も同行しよう。リーシュは私が守るから」
と、リオルが優香に向く。
「いいけど、あくまでも、僕らが受けた依頼。自分達の身を守ることだけをお願いしていい? そのお付きも含めて。それに、いざと言う時にこっちは助けることが出来ないかもしれない」
「わかった。それでいい。いざと言う時には、リーシュを抱えて逃げることを約束する」
「ところでリオル。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ? 知っていることなら教えるが」
「どこかで異様に強い人のうわさを聞いたことがないだろうか。人じゃなくてもいい。魔族でもエルフでも、ドワーフ、獣人と言う可能性もある」
「強いって言うのはどれくらいのことを言うんだ? ドラゴンは排除なのか?」
「ドラゴンを入れたら、全部強いってなっちゃうじゃないか。そうじゃなくて、人族でという意味で」
「我々は、そんなに里から出ることがないからわからないが、まず、歴史的にしか聞いたことがない。魔族に関して言うと、これ」
と言って、角を指さす。
「これは、高位魔族の証明だ。魔族は古くは悪魔から派生したが、長い歴史の中で翼もしっぽもなくなったらしい。それに、この世界にいる多くの魔族は、角すらなくしてしまっていて、人との区別も容易にはつかない」
「と言うことは?」
「少なくとも、最近では強いという魔族は聞いたことがない。我々基準だが」
「他の種族では?」
「会ったことはないが、歴史的には、魔族で言う我々と同じく、エルフで言うハイエルフくらいじゃないか?」
「ハイエルフって、どこに行ったら会えるんだ?」
「会ったことがないと言っただろう。エルフ達が知っているかどうかすらわからん」
「じゃあ、エルフ達はどこに?」
「大きな森の中にはたいてい里があるらしいが、迷いのまじないがかかっていることが多く、近づくことすらできないと言われている。俺達も、会いたいと思ったこともなければ逆もないだろうしな」
優香は地図を広げる。しかし、ここで恵理子が気づく。
「リーシャ、ちょっと難しい話になっちゃったから、リーシュを連れて部屋へ行っていたら?」
「ん? 私、その話聞かなくていいの?」
「方針がまとまったら相談する」
「わかった。リーシュ、行こう」
「はい、お姉様」
「ここは、東西に細くもないが長い大陸の東。南の海に近い方に山脈があり、その北にこの国」
「ああ、その山脈の麓に我らの里がある」
「この国の北側が森林」
「まあ、あんまり北に行っても寒いよな」
「東へ行くと、真ん中に大森林があって、南にサウザナイト。今はなんて言ったっけ」
「さあ。興味ないから」
「まあいいや。北側にノーレライツ王国。これらの東側には、さらにいくつも国があって、それぞれ森林や川、湖で仕切られていると」
「そんな遠いところの話を今しても仕方なくない?」
と、優香が遠い先のイメージを振り払う。
「そうね。少なくても、旧サウザナイトの帝都には、強そうな人はいなかった」
「いなかったな。今はわからないけどな。貴族同士でやりあって、勝ち抜いたのが今の皇帝だろ? 強いかもしれないぞ?」
「その可能性はあるか」
優香は顎に手を当て考える。
「でもね、冬になってから動くのは危険よ」
「そうだぞ、特にエルフを求めて冬に森に入るのはやめろ。迷いの森で確実に凍死する」
「ありがとう。いずれにしても、春だね春」
「そうね。そうしましょう」