リーシャがメイドをする理由(優香と恵理子)
「それでは行ってまいります、優香様、恵理子様」
ミリーと五人のメイドは、メイド服の上から団服を着て、馬車に乗り込んで行く。今日は、ミリー班が東の森で魔獣討伐を行い、その手前の街で換金する、という役割を担う。
オリティエと残りの五人のメイドは、家事をしつつ、訓練場での鍛錬をする。
「私も出かけてくる」
ブリジットが出かける先は、王城だ。近衛隊のマークス達と訓練をしつつ、マティと遊んでくる。そういう予定だ。
「リーシャ、リーシャはどうする? 僕ら、冒険者ギルドに顔を出してくるけど」
「私も行くー。暇だし」
「オリティエ達の鍛錬に付き合ってくれてもいいんだけど」
オリティエ達がぎょっとする。
「じゃあ、私がオリティエ達に付き合うわ」
と、恵理子が手を上げる。
オリティエ達は複雑な表情だ。恵理子といられるのはうれしい。だが、リーシャにしろブリジットにしろ、恵理子でも優香でも、いたらいたで厳しいのだ。
「じゃあ、リーシャ、ギルドへ行こうか」
優香とリーシャは並んで歩き出す。一番北の端にある自分達の家から、ギルドまではそこそこ遠い。なにせ、王城を挟んで反対側にあるのだ。
ヒューと、風が吹く。
「寒い寒い」
と、リーシャが自分を抱くように両腕をさする。リーシャは、メイド服を着た上から団服を着ているので、かなり厚着をしている。
しかし、季節はもう秋を通り過ぎて、もうすぐ冬。
「タカヒロ様、寒いので、腕を組んでよろしいですか」
「リーシャ、一応、外では僕は真央と結婚していることになっているんだけど?」
「いいじゃないですか。婚約したということにでもしておけば。この国も重婚は合法らしいですし」
と、優香の腕をとるリーシャ。
ちなみに、現実的に恵理子は優香に対して友情も信頼関係も持っていても、恋愛感情を持っているわけではないので、決して妬かない。逆もしかりだが。
ギルドに二人で並んで入る。
「あ、お二人様、いらっしゃいませ。今日はリーシャさんとなのですね」
「ミューラさん、こんにちは。今日は、マオ様がメンバーを鍛えると息巻いていたので、セカンドである私がこのようについてきました」
と、優香の腕をぎゅっとする。
「あら、うらやましいことです」
「リーシャ、ちょっと……」
優香がたしなめようとするが、
「知っています? 外堀は埋めるためにあるんですよ」
と、意味不明なことを言うリーシャ。
優香は、やれやれ、と、視線を遠くの空に向ける。
「えっと、本日はどう言ったご用件で、とかあります?」
受付嬢ミューラの言葉に、視線を現実に戻した優香はギルドに来た理由を言う。
「いえ、特にないんですけど、何かいい依頼でもないかなって」
「あ、それでしたら、お願いがあるんですよね。ギルマスから聞きます?」
「ギルマスからじゃなくていいなら、ミューラさんからがいいかな」
バンッ!
「おい、冷たいじゃないか。ちょっと上がってこい」
二階からギルマスの声がかかった。
優香とミーシャは二階に上がる。一緒にミューラもお茶の用意をしてあがってくる。
「おう。お二人さん。あんまりギルド内でいちゃつくのをやめてくれないか? 若い冒険者がイラっとするんでな」
「何言っているの、ギルマス。それもモチベーションをあげる理由の一つでしょ。頑張ってランクを上げれば、こういい女がついてくるっていう」
リーシャは、ポーズを決めながら言う。
「野良猫のようなお前さんがいい女かどうかは置いておいてだな」
「置くな」
「報酬はあんまり多くないけど、北の森の見回りに行ってほしいんだ」
「聞けよ」
リーシャがすねるが、優香が話を進める。
「北の森? 駆け出しの冒険者が薬草採取や魔物討伐をするところだよね」
「そうだ。ホーンベアみたいな魔獣ほどのものが出てこないから駆け出しが行くところだが、この季節はな、冬に備えて凶暴化することがあるんだ。山の奥から魔獣が降りてくることもな。だから、そういうのがいたら、退治してほしい。決して駆け出しの獲物を取らないでくれな」
「なるほどね。範囲と期間は?」
ギルマスは地図を広げる。
「まあ、駆け出しが日帰りで行ける範囲なんて、このくらいなんだ」
と、森の先端から少しの範囲を指でくるっと囲む。
「この辺りを、雪が降るまで。まあ、一週間ってとこだな。見てほしいんだ」
「いいんだけど、一週間って言うと、ちょっと報酬を弾んで欲しいけど? うちは十六人家族なんでね」
「十六人分出すから、広範囲に探ってくれ」
「わかった。いつから?」
「明日からでいい」
「ところで、なんでうちに?」
「まあな、それなりに人数が多くて広範囲に探れること。それにな、他のプラチナは、こういう子供のお守りみたいな仕事は受けたがらないんだ。その点、お前達は、こういうの向いているからな」
納得した、と言う顔を優香は仮面の下で浮かべる。
「明日から、見てくるよ。毎日の報告は必要?」
「してくれると助かる。誰か代表を遣わせてくれればいい。疑ったりしない」
ギルドを出て、家へと足を向ける。
行きと変わらず、リーシャが優香の腕をとっている。
「明日からって言うと、準備が必要よね。何か買って帰る?」
「そういうの、リシェルやローデリカに任せっぱなしだからね。二人のどっちかにお願いしようと思っているんだけど。それに、僕は、普段お金を持っていないし」
「え? そこのおしゃれなカフェでデート気分を味わうって言うのもなしなの?」
「お金持っていないって」
「普段どうしてるの?」
「そういうの、マオがしっかりしているから……」
「そうなんだね」
リーシャは、今度ローデリカに掛け合って、お小遣いをもらおうと決める。
家につくと、玄関先に二台の馬車が止まっているのに気付く。
リーシャはどちらも知っている。一台はこの国の王家。もう一台はリオル兄様だ。
二人が玄関に入ると、オリティエが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、ご主人様。お客様がいらしています。ところで、リーシャ、あなたはメイドの仕事です」
と、リーシャを優香から引きはがす。
「えっと、私のお客では?」
「だからと言って、メイド業をおろそかにしてはいけません。ほら、早く団服を脱いで、仕事をなさい」
「はーい」
リーシャは自分の部屋へと行き、団服を脱ぐ。
「うーん、どうして私がメイドを……」
答えはわかっている。自分で望んだのだ。
「そうだったそうだった。私が優香様と恵理子様に仕えるって決めたんだった。あの二人のために私は尽くすと」
そう思うと、メイド業もモチベーションが上がる。
「よし、やるか」
リーシャは部屋を出て、階段を下りた。




