恋は同性相手でも出来ましてよ(優香と恵理子)
数日後、リオルが優香達クサナギの家を訪ねてくる。
「誰かいるかー」
「はいはーい」
玄関のドアを開けたリーシャは、訪ねてきたリオルと目が合う。
「あ、お兄さま」
「え、ええっと、リーシャ、リーシャ?」
「お兄さま、どうしたのです?」
「何でメイドをしている?」
「えっと、そのくだり、リーシュともしましたが、私、ここでメイドとして勤めておりますので。そもそも、サウザナイトで会った時も団服の下に着てましてよ?」
「……まさか、リーシュも?」
「いいえ。リーシュは、客人として扱っています。そうしないと、魔族がここの主人に従うことになってしまいますから」
「そうか。まあ、それくらいの恩は感じているがな。で、タカヒロと言ったか、主人はいるか?」
「いらっしゃいますよ。ミーティングルームのソファでお待ちください、お兄さま」
と、リーシャは様になったおじぎをリオルにして、リオルを案内する。
さらに、
「お茶です」
と、お茶まで入れる。リーシャは、姫の姉、つまり、同じく姫なのに。
「それでは、主人とリーシュを連れてまいります」
リオルは、部屋を出ていくリーシャの背中を見ながら、
「すっかりメイドが板についてしまった。猫耳もメイド服もよく似合って」
と、つぶやく。これは帰って来ないかもしれないな、と。
「お待たせしました」
と、優香と恵理子、そして、リーシュがミーティングルームにやってくる。
だが、リーシュを見てリオルが固まる。
「えっと、リーシュのお兄様?」
と、優香が声をかけると、リオルはリーシュを見つめたままつぶやいた。
「かわいい」
と。それを聞いて、リーシュは、ほほを染めながら、兄に言う。
「お兄さま。かわいいと言ってくださるのはうれしいのですが、あの、我に返ってください」
「はっ。すまん。リーシュがあまりにもかわいすぎて」
リーシュは猫の着ぐるみを着ていた。
「それで、なんなんだその恰好は」
リオルが聞く。
「この家の部屋着だそうです」
と言って、リーシュはしっぽをつかんでみよんみよんと振り回す。
「それは、この街に売っているのか? 買って帰ろう。他にも種類はあるのか?」
「お兄さま、その話はまた後で」
リーシュは、興奮気味の兄をたしなめる。
「さてと」
と、優香と恵理子もソファに座る。
すると、逆にリオルが立ち上がる。
「あの、この度は、私ども魔族一族を助けてくださり、ありがとうございました」
と、深々と腰を折る。
「あの、リーシュのお兄様。そんなかしこまらなくて結構です。私達は友人ですので、気楽に行きましょう」
リオルが顔を前に向けると、微笑む恵理子がいる。優香の顔は仮面で見えない。
「すまない。ありがとう」
と、リオルはソファに座りなおす。
「先に、国の話から」
と、リオルは真面目な顔をして発言する。
「私達は、この国の王女に助けられたのは事実。しかし、弱っていたところを狙われたとはいえ、この国に滅ぼされて、あの国に引き渡されたのも事実。そう簡単に割り切れるものではない。なので、王女には、感謝の言葉を述べたいが、この国にはそのような感情はない。むしろ、この国を滅ぼしたいという気持ちがあるくらいだが、今はそれをしない。もしかしたら、和平を結ぶ未来もあるかもしれない。その時を待とうと思う」
「私達が聞いても仕方ない話だけど、分かったわ。マティにはその旨伝えておきます」
「それから、こちらが本題だが、リーシュを、そして、我々を助けてくれたこと、今一度感謝する」
「それは、もういいよ」
「それに、一人でいたリーシャの面倒も見てくれていたのだろう?」
「リーシャはね。捨て猫みたいで実はちょっとほっておけなかった」
と言う、優香の言葉に、後ろに立つリーシャが唇を尖らせる。
「そうよね。近衛の詰所で、しっしってやられていたもんね」
ふふふ、と、恵理子が笑う。
「食べ物で釣ったらついて来たんだ」
「ちょっと、違うわよ。お礼を言おうとついて行ったら、ごちそうしてくれたんじゃない」
我慢できなくなった元野良猫だったメイドが言葉を発する。
「あはははは、それでいついちゃったんだよね」
「だから端折りすぎだって。武闘会とか意気投合する機会がいろいろあったでしょうに。本当に捨て猫を拾ったみたいに言わないで」
「ごめんごめん。こんな感じで、一緒にいてもらってるんだ。メイドはね、やらなくていいって言ったのに、気に入ったみたい」
「そうですか、あのしおらしかったリーシャが……猫をかぶっていたんだな」
「兄様、違いますから。猫をかぶっているのは今ですから」
と、リーシャは猫耳を指さす。
「ふふふふふ、あっはっはっはっは」
リオルが笑い出す。
「リーシャ、楽しそうだな。よかったよ。居場所を見つけて」
「だから、捨て猫じゃないって」
「タカヒロ殿、マオ殿、これからもリーシャのことを頼みます」
「え、連れて行かなくていいの?」
「リーシュは連れて帰ります。皆が守った我々のシンボルですから。リーシュ、いいな」
「はい。お兄さま」
「リーシュ、じゃあ、着替えに行こう」
と、リーシャがリーシュの手を取って立たせる。
「はい、お姉さま」
「お兄様、用意ができました」
と、現れたリーシュに、
「な、猫耳はわかる。この街で角を隠すためだろう。だが、何でメイド服?」
と、あんぐりするリオル。
「お兄さま、メイド服は最強らしいです」
「そうですよ、お兄さま。これからしばらく旅なのでしょう。なら、メイド服ですわ」
と言って、リーシャはリーシュのスカートをめくる。
とっさのことに固まるリーシュ。あんぐりしたまま、視線をスカートの中に移すリオル。
「な、何をするんですかお姉さま、それにお兄さまも見ないでください」
とリーシュがスカートをバッと抑える。
「リーシュ、スカートの中に、ナイフと分割され槍、それから、なんでメイス?」
リーシュは、顔を赤らめながら、見られた、とぶつぶつ言っている。
「リーシュ、見られたって言っても、ペチパンツじゃん。私なんて、上段の蹴りを繰り出すたびにタカヒロ様に見られているわよ。それに、兄さま、メイスはフルプレートメイルをぶん殴ると、いい音がして気持ちいのですよ」
「……いや、リーシュがそれを扱えるのかどうかと」
リオルは、はぁ、とため息をつき。
「もういいや。行こうかリーシュ」
「はい」
「リーシャも、そのうち顔を出せよ。よさそうな相手を見繕っておくから」
「お兄さま、お言葉ですが」
「……」
嫌な予感がするリオル。
「恋は同性相手でも出来ましてよ」
と、リーシャは腰に両手を当てて毅然とした態度を取りつつも、ほほを赤らめる。
「なっ」
と、リオルは恵理子を見る。優香は男装だ。
「あははははー」
と、苦笑いをする恵理子。
リオルは、がっくりと肩を落とし、
「わかった、リーシャは嫁に行ったと言っておく」
と、つぶやくように言う。
「よろしくね、兄様」
リーシャは否定しない。
リオルとリーシャが手をつないで玄関を出ていく。
その後ろで声がする。
「ねえ、マオ様、このメイド服、しっぽをつけてもいいかしら」
「邪魔にならないなら好きにしなさい」
「はーい」
リオルは、振り向くことなく、ふっと、笑った。




