「クサナギ参上」って帝都に落書きするのを忘れた(優香と恵理子)
優香は、皇子を捨てたまま闘技場へ降り、魔族の首輪を外している恵理子の下へと行く。
「タカヒロ、お疲れ様」
「マオもありがとう。女の子は?」
「リーシャが連れて行ったわ」
首輪を最後に外すのは、リーシャの兄になった。リーシャに手刀を叩き込まれ、気を失っており、仲間が背負って連れてきた。
「はい。これで終わり。さてと。ウォーターボール」
と、恵理子は、水を生み出し、リーシャの兄の頭に落とす。
「はっ」
と、リーシャの兄は、気を取り戻す。
「何があった?」
「何があったじゃないわよ。まあ、大体終わった感じ」
と、恵理子が指を差す。その方向には、手を上げて戦意をなくした鎧の騎士と、それを牽制している、ミリー達がいた。
「と言うことは?」
「お嬢さんなら、うちのリーシャが連れて行ったわよ」
「そうか。終わったのか?」
「ええ」
「ありがとう。リーシュを助けてくれて」
「私達もこの国には腹立ってたからね。で、どうする?」
「どうするとは?」
「これからよ。私達は、うちの姫に従うけど、あなた達は行くところとかやることとかあるんじゃないの?」
「そうだな。まだ城に女子供がとらえられているんだ。それを助けに行ってくる」
「大丈夫なの?」
「姫を人質に取られていなければ、俺達は死を恐れない」
「バカ? かっこつけてないで、生きて帰ってきなさい。リーシャが悲しむわ。はい、これ」
と、恵理子は指輪を渡す。
「これで首輪とか解除できるといいけどね」
「何から何まで感謝する」
「で、勝算はあるの?」
「俺達を何だと思ってる」
「魔族じゃなくて?」
「ただの魔族じゃない。まあ、言っても仕方ないがな」
「そうね。興味ないわ」
「一つだけ言っておく。俺らは、人間には負ける気はない。ただし、お前らは別だけどな」
「そ。じゃ、私らは、帰るわね。きっとだけど、うちの姫、やること終わったと思うから」
「ああ、じゃあな。そうだ。お願いがある。リーシュを連れてってくれ」
「嫌よ。貴方の妹なんでしょ?」
「リーシャもだ。一緒に頼む」
「じゃあ、預かるから、引き取りに来なさい。アストレイアにいるから」
「わかった。必ず行く。じゃあな」
リーシャの兄は、武器を拾い、仲間に声をかける。
「お前ら、あの城に乗り込むぞ! いいな!」
「「「おー」」」
「話は終わった?」
優香が恵理子に声をかける。
「うん。あの子、しばらく預かることになった」
「そっか」
「そのうち迎えに来るってさ」
「わかった。それまで預かるんだね」
「うん。リーシャと一緒にね」
二人は、マティの下へと行く。
「マティ、どうする?」
「うーん。愛しの人にも会ったし、帰ろうかなって」
「いいの? 愛しの人」
「誰? その愛しの人をぼこぼこにしてくれたの。しかも、奴隷の首輪までつけて。見たわよ」
恵理子は、そっぽを向く。
「だけど、帰っていいのかな。魔族、城に乗り込んで行ったけど。リーシャ?」
リーシャは、妹のリーシュを抱きしめ、くるくると回っている。
「リーシャ、うれしいのはわかるけど、話に参加してよ」
「ん? なになに?」
「あなたの兄様、城に乗り込んだわよ、って話」
「大丈夫。兄様、超強いから、魔族としては。タカヒロやマオにはかなわないけどね。それに、二人に鍛えられた私にもかなわなかったわ」
「えっと、大丈夫かなぁ」
「大丈夫。兄様がやるって言ったんでしょ。そういう時は、絶対に大丈夫よ」
「信頼しているんだね」
「もちろん。兄様だから」
「マークス!」
マティがマークスに声をかける。
「帰ろう」
「はっ。すぐに準備を整えます」
「ミリー! 帰るよー!」
「「「はーい」」」
鎧の騎士を牽制していたミリー達が戻ってくる。
「じゃあ、ミリー達は、行きと同じように交代でお願い。それから、リーシャは?」
「私は、リーシュと馬車に乗る」
「そう」
「ブリジットは?」
再び、金髪ショート、仮面、というスタイルに戻ったブリジットに、マティが絡みついている。
「じゃあ、ブリジットは、マティと一緒にいて」
「……わかった。ありがとう」
「やった」
と、マティは嬉しそうだ。
ちなみに、ブリジットがユリアだと、近衛達にばれたが、マティが口止めをし、近衛達もそれに同意した。
優香達は、サウザナイトの帝都を後にする。
しばらくすると、帝都の城から煙が上がった。
この日、サウザナイト皇帝の系譜が途絶えることとなり、その後、帝位を争って、帝国内貴族間での争いが激化した。まあ、アストレイア王国には関係ないことだったが。
サウザナイトの砦を通る際、何も知らない砦の騎士にちょっかいをかけられそうになったが、帝都で出番のなかったヨーゼフとラッシーが、兵士を突き飛ばした。盛大に。
これにより、アストレイアに悪魔の従者がいることが知られることとなる。
アストレイアの砦を抜けると、後は順調だった。街に寄り、食料を買い込み、宿に泊まり、快適な旅となる。
そうして、三日もすると、王都が見えてくる。
「ねえ、マティ、冷静に考えるとさ、王都と敵国が砦を挟んで隣り合わせって、かなり危ないんじゃないの?」
優香が思ったことを聞く。
「そうではないのですよ。一番守りが固いのが、王都なのです。だから、最前線にあるべきなのです」
「なるほど。あ、そうだ」
優香が何かを思い出したように、悩みだした。
「タカヒロ、どうしたの?」
恵理子が聞く。
「帝都に、クサナギ参上って、落書きするのを忘れてきた」
「あー。また機会があるわよ。その時にしましょう」
「せっかくの名前を売る機会だったのに」
王城へと帰り着く。王城の広場で、解散となる。
「マティ、そしたら、私達帰るね」
恵理子がマティに声をかけた。
「うん。ありがとう。楽しかった。もしよかったら、また一緒に旅をして欲しい」
「その時は呼んでね」
「じゃあね」
と、優香もマティに手を振った。
「ミリー、帰ろう」
「はい」
「ブリジット!」
と、マティが叫ぶ。
ブリジットは、優香達と一緒に帰ろうとする。マティは、それを止めることが出来ない。ブリジットは、ブリジットなのだ。
「マティ、また来る。それに、マティも遊びに来い。だから、悲しくなんかない。笑え」
「うん。うん」
マティは、涙を流しながら、笑顔を作り、そして、手を振った。




