待たせてじらせるのもいい女の特権(優香と恵理子)
翌朝。
「タカヒロ様、マオ様、ミリーが目を覚ましました」
優香と恵理子は、ミリーが寝ている部屋へと急いだ。
ドン!
優香はノックももどかしく、ドアを開けて部屋に入り込む。
「ミリー!」
そして、ミリーが上半身を起こしているのを見るや、飛び込んで抱き着いた。
それに、恵理子も続く。
「た、タカヒロ様? それに、マオ様?」
ミリーは顔を赤くする。ミリーは寝間着姿なので、その体の柔らかさが直接タカヒロに伝わっているはずだ。
「ミリー、助けてくれてありがとう。それに、傷つけちゃってごめん。ごめんなさい」
「私も、ごめんなさい」
「タカヒロ様、マオ様、こちらこそ、治していただき、助けていただき、ありがとうございます。これでまた、お二人に付き従うことが出来ます。こんなうれしいことはありません」
「ミリー、ミリー」
優香がミリーの胸に額をぐりぐりする。
ミリーの顔が真っ赤に染まっていく。
その事態、設定に気づいた恵理子は、すっと立ち上がり、優香の襟首をつかんでミリーから引きはがした。
「ミリー、ちょっと待っててね。お説教して戻ってくるから」
と、恵理子は、優香をつれて部屋から出て行った。
「もう。いいのに」
ミリーはつぶやいた。
「さあ、出発する。いいな」
マークスが部隊に声をかける。
再び、サウザナイトに向かって前進していく。
正直、昨日襲われた場所を再び通るのは気持ちのいいものではない。
「ヨーゼフ、ラッシー、先行して様子見をお願い。森の中を通ってね。ヨーゼフが右、ラッシーが左ね」
「「わふ」」
この日は、昼食時も狩りに出かける気にもならず、おとなしく過ごす。
こうして、夕方も近くなってきたころ、サウザナイトの砦にたどり着く。
「アストレイア王国、マティルダ王女である。門を開けよ」
と、マークスが砦に向かって叫ぶ。
しかし、砦の門は開かない。
門の上の兵士は、それに気づいているが、動く気配はない。
しばらく待っていると、フルプレートメイルの騎士が、門の上に現れた。
「これはこれはマティルダ王女殿下。遅かったですな。ご予約は昨日のはず。誠に申し訳ないのですが、本日は予約でいっぱいでして、中に入れることはできません。そこで野営などいかがかな。王女殿下」
「くっ!」
マークスが歯を食いしばる。
「マークス、よい。争うだけ無駄だ。ここで寝よう」
マティがマークスに声をかけた。
正直、野営をすると体力も精神力も消耗する。すぐそこに、砦の中とは言え、敵か味方かわからない騎士達がいるのだ。
それに、森から何が出てくるのかもわからない。森から魔物が出てきたとして、サウザナイトの騎士が助けてくれるとは思えない。
騎士達、ミリー達も半数ずつ警戒に当たる。当然、優香達もだ。
挙句の果てに、夜中にも関わらず、サウザナイトの兵士は、森に矢を撃ちこんで、
「悪い悪い、魔獣が出たかと思った」
突然鐘を鳴らして、
「起こしちまったか? 夜中の訓練なんだわ」
と、さんざん嫌がらせをしてくる。
ほとんど寝られないまま朝を迎え、朝食を取り、出発の準備を進める。
「門を開けろ。ここを通せ」
と、マークスが砦に向かって叫ぶが、反応がない。
「おい、開けろって言っているだろう」
「あ? 今隊長に掛け合っているところなんだ。待ってろよ」
と、サウザナイトの兵士は適当な返事をする。
結局昼頃になり、門が開いた。
一行は、門を通り、砦の中を進む。しかし、にやけている騎士や兵士が両脇に並んでいる。
「おい、その後ろのメイド達だけでも置いていったらどうだ? 少しは身軽になって足が速くなるんじゃないか?」
「あっはっはっは」
と、騎士や兵士は下品な笑いをまき散らす。
優香は、思わず剣に手をかけるが、
「いけません」
と、マティにたしなめられる。
一行は、砦の反対側の門も通り過ぎ、サウザナイト帝国内に入った。
「マティルダ様、これで、一日半の遅れとなりました。夜通し進めば後れを取り戻せるかもしれませんが」
「いけません。騎士も馬も、そこまで働かせてはいけません。遅れたのは仕方ありません。相手がどのような態度で出てくるかわかりませんが、その時に考えましょう」
「承知しました。しかし、そうしますと、予定していた最初の街まですら、本日は到達できませんが」
「野営をしましょう。なるべく安全そうなところで」
五日目の夜も野営となった。
「タカヒロ様、お願いがあります」
マティがもじもじしながらお願いしてくる。
「あの、ブリジットに本を読んでいただいても構いませんか?」
「ええ、構いませんよ。呼んできます」
「ブリジット、マティが本を読んで欲しいって。十歳にしてはしっかりしていると思っていたけど、こういうところは子供っぽいね」
「あの子は、自分で自分が弱いことを知っているんだ。だから、それを見せないように頑張っているんだろう。まあ、行ってくるよ」
「よろしく頼むね」
しかし、ブリジットが本を読んでやると、マティはすぐに頭をブリジットに預けて寝てしまった。
「疲れているんだな」
ブリジットは、マティを横に寝かせ、自分の膝の上にマティの頭を乗せた。
六日目。
サウザナイトに入って初めての街に入る。本来は、ここに一泊する予定だった。しかしながら、予定がずれてしまったため、昼間に街に入ることになった。それに、この街に泊まろうとしても、どの宿も空いていないと言われるだろう。
せめて、食材をと思ったが、なぜか街道沿いの店はすべて閉まっていた。
仕方なく、一行はただ街を通り抜けた。
七日目の夜も、八日目の夜も野営をした。
そして、九日目の昼に、サウザナイトの帝都に到着した。
帝都は高い城壁に囲まれた巨大な都市だ。一行は西の門へとたどり着き、都市に入ろうとするが、北に回るように言われる。
仕方なく、言われるがまま、北に回る。
北の城門から都市に入る。しかしながら、その道は、両側が高い壁となっており、街が全く見えない。しかも、行きついた先は、広い空間。そして、周りを観客席に囲まれていた。そこは、まさに闘技場であった。
闘技場の真ん中まで進み、馬車を止める。
そして、マティが馬車を下りる。
マティはマークス達が注視している東を見ると、その観客席には、数十名のフルプレートメイルを着た騎士と、その真ん中に、皇子を見ることができた。
「よく来た、マティルダ・アストレイア。しかし、私を待たせるとは、いい度胸をしているな」
「待たせてじらせるのもいい女の特権だと思うが? 良かったな、それだけ長く、待ち焦がれることが出来て。ドキドキして眠れんかったか? で、どうだ、待ちに待った私に会えた感想は?」
十歳の王女が青年である皇子をあおる。
「そんなに俺のことが心配だったか? 安心しろ、ただ、面白いものが見れると聞いて来ただけのこと」
と言って、皇子は、パチンと指を鳴らす。すると、北側の門が閉まり、南側の門が開いた。
そして、南側の門から、フルプレートメイルを来た騎士が数十、いや、五十以上入ってきた。