泣いちゃダメ。笑って(優香と恵理子)
馬車は街の中を通り、東へと向かっていく。
大通りを進むと、街ゆく人が道を開け、手を振ってくれている。
「王女殿下は人気者なのですね」
優香がその様子を見て、マティに声をかける。
ところが、マティが怪訝な顔をする。
「タカヒロ様?」
「なんでしょうか、王女殿下」
「マティと呼んでください」
「マティ王女殿下」
「マティです。」
「では、私どものことも呼び捨てに」
「わかりました、タカヒロ」
「マティ様、ところで」
「様もいらないの」
「ですが、さすがにそれは」
「では、外ではそれなりに呼んでください。馬車の中では呼び捨てにしてください」
「わかりました。マティ」
「はい。何でしょう」
「なんだっけ。えっと、どうしてサウザナイト帝国へ?」
「親善大使扱いではありますが、実際には、サウザナイトの皇子にお目通りをするというのが目的になっています」
「将来の旦那様、ということですか?」
「……私は、まだ十歳。そんなことを考えたくもありません。ですが、両国の友好のためには、必要なことなのかもしれません」
と、マティは寂しそうな顔をする。
「お会いになったことは?」
「ありません。確か、すでに成人されていると聞いています」
「もしかしたらイケメンかもしれませんよ」
「あの、大きな声では言えないのですが、サウザナイト帝国は軍事国家なので、どうしても、いいイメージがわかないのです」
「そうでしたか。何か、気晴らしになるようなことでもしながら行きますか?」
雰囲気が暗くなってきてしまったことに優香は反省し、絵本でも手遊びでもと提案する。
「何か、楽しいお話でもありますか?」
「はい。それでは、私達の遠い故郷のお話でも。マオ、いい?」
「それでは、マティ、私がお話をさせていただきますね。始めます。むかしむかーし……」
馬車は、城門を通り抜け、街道を進んでいった。
三時間ほどで小さな町に出る。冒険者達が森から持ち帰った素材を売るための街だ。
そこから森をよけるように南東へと進路を変える。
街道は、森に沿っており、しばらく行くと、さらに、東へと向きを変えた。
昼になると、馬車を止めて休憩をする。昼食タイムだ。
昼食は、マティのお付きのメイドが用意をする。ただし、突如増えたクサナギのメイドの分については、用意が出来ていない。そこまでの大きな鍋は用意されていない。
しかし、ミリー達は気にしていない。元々自分達で作るつもりだった。優香や恵理子の分もあわせて。
ということで、
「オリティエ、昼食の準備をお願い。私達は、明日の昼食の食材を取って来るわ」
と言って、ミリーは、五人を連れて森へと入っていった。
「おいおい、メイドがメイドの恰好のまま森に入って行ったけど、大丈夫なのか?」
マークスが優香に聞く。
「大丈夫ですよ。彼女らに言わせると、メイド服は最強らしいです。それに、彼女らはプラチナランクですから」
「ああ、そうだったそうだった。メイド服を着ているから忘れていたわ」
「ねえタカヒロ、私達と一緒に食事をしないのですか?」
マティが聞いてくる。
「はい。私達は、メイドの作ってくれたものを食べます」
マティは、寂しそうな顔をする。
「マティ王女殿下のメイドだって、マティ王女殿下が食べてくれなかったら寂しいでしょ」
「そうですね。そのとおりです」
「そうしたら、うちのメイドとマティ王女殿下のメイド達、鍋を並べて料理を作ってもいいかな。食べるものは違っても、同じ場所で食べられると思うけど」
「それでいいです。そうして欲しいです」
昼食の準備が出来上がったころ、ミリー達が帰ってくる。
「タカヒロ様、ホーンウルフが四匹取れましたので、後でさばいておきます」
「ありがとう。ミリー達も食事にしよう」
「はい。ありがとうございます」
「タカヒロ」
「なんでしょう、マティ王女殿下」
「仮面をしたまま、器用に食べるなと思いまして」
「ははは、慣れです慣れ。ただし、あまり行儀が良くないのは、お許しいただけたらと思います」
「人には事情があることは承知しています。構いません」
ブリジットも同じようにして食べている。
午後は、リーシャとブリジットがマティと同席をする。
「リーシャ、その耳、触らせていただいてもいいですか?」
「そっとにしてくださいね」
と言って、リーシャは頭を傾ける。
「モフモフで触り心地がいいですね。
あまり触られると、その下に隠された角が見つかってしまうかもしれない。
そう思ってリーシャはマティの興味をそらす。
「ところで、午前中はどのように過ごされたのですか?」
「タカヒロとマオが物語を読んでくれました」
「午後は、どうされますか? 物語でも、手遊びやゲームでも構いませんが」
「先ほどの物語が途中だったのです。その先が気になってしまって。もしよろしければ、その続きをお願いできませんか?」
「どんなお話でしたか?」
「小さな少年が、鷲に乗って世界中を旅する話なんです。湖に降り立ったところで昼食になってしまって」
「ふむふむ、これだな。ブリジット、お願い」
と、優香と恵理子が取りまとめた童話が書かれた紙の束をブリジットに渡す。
「私が?」
「私、文字が苦手で、うまく読めないのよ」
「わかった」
ブリジットは、童話を受け取る。
「それでは、ここから読ませていただきます。ニイスはイグレの背中から降り、湖の水際に立ちました……」
ブリジットが物語を読んでいくと、ブリジットは、マティが自分の方を向いていることに気づく。
「どうされましたか? マティ……王女殿下」
「あ、いえ、申し訳ありません。いつも一緒にいてくれた方に、声が似ていた気がしまして。本当にごめんなさい」
と、マティは目元をぬぐった。
「王女殿下は、その人が好きだったの?」
リーシャが聞く。
「はい。ピンクグレージュのストレートの髪がいつも輝いていてうつくしく、いつも後ろから眺めていました。顔もスタイルもきれいで、それでいて、とても強く。剣を振る姿なんて、私は見たことはありませんが、天使が剣を振ったら、その方のようだったのではないかと思っておりました。同性でしたので、恋愛ということはありませんが、とても憧れていたのです」
「どのような人だったの?」
「はい。私が小さい時から一緒にいてくれて、私が転ぶと埃を払いながら「泣いちゃダメ。笑って」って言って。小さい子供にそんなことできるわけないじゃないですか。痛いのに。でも、その人はいつも笑顔でそう言うんです。騎士でいるときはものすごくりりしいのに、私の前ではいつも笑ってくれていました。きっと、何も不安はない、ってことを教えてくれていたんだと思います。私は今でも信じています。その方が、宰相を殺してしまったのは事実かも知れませんが、理由があったのだと」
「ごほん」
アーネスがわざとらしい咳払いをして、話を中断させる。
「あ、アーネス、ごめんなさい。憶測で話していい話ではありませんでした。忘れてください。ブリジット、続きをお願いしますね」
「はい。マティ王女殿下」




