私がやるって決めてたんだ(貴博と真央)
奴隷商会。
「ギーレルが死んだだと?」
「はい。キザクラ商会に船を襲撃されました」
「奴隷達は?」
「男の子供を除き、無事です」
「男の子供とは?」
「船に乗っておりませんでした。ギーレル様と離れたことで、死んだかと思います」
「そういえば、港で正体不明の子供の死体があったと言っていたな。それか」
奴隷商会の会長は、ふむ、と考える。
「よし、出るぞ。武器を取れ」
「どうされるのです?」
「キザクラ商会に補償させるに決まっている。行くぞ」
ところが奴隷商会の玄関口で騒ぎが起きている。
「何事だ」
「小娘が一人、騒いでおりまして」
「そんな小娘、捨て置け」
「それが、すでにこちらが何人かやられており」
「船に乗り込んできた娘です」
伝令に走った船員が、会長に告げる。
「キザクラか。なら、やってしまえ」
「アイスランス」
ミーゼルは、魔法を撃ちこんでひるませては、剣で切り伏せていく。
とはいえ、訓練以外で、しかも真剣で人に切りかかったことなどない。
だが、決めた。自分でやると。
ミーゼルは剣を振り続ける。
「一人だろう、囲んでしまえ」
ミーゼルは、囲まれないように動き回りながら、魔法で足止めをしながら、剣を振る。
一人、二人と切り倒すが、何とも効率が悪い。
しかも、大の大人に対して、体重差はいかんともしがたい。切りかかられた剣を防いだとしても飛ばされるのは自分の方だ。
「くっ!」
ミーゼルは歯を食いしばり、店の奥へと突入を試みる。
技量はこちらが上。放課後木剣クラブでの鍛錬はだてではない。
しかし、数が完全に負け。体力と魔力を考えれば、時間との戦いだというのはわかっている。
「アイスランス!」
ミーゼルは正面に魔法を撃つ。魔法を牽制に使っているのではいつまでたっても終わらない。
魔法で一人二人貫いても、その瞬間に左右から襲われる。
何とかよけてもなかなか攻撃につながらない。
やはり自分一人では……、と思った瞬間。
「おりゃー」
と、一人の男が乱入してくる。
ミーゼルの前に立ち、剣を振るう。
ミーゼルは相手がひるんだすきを見逃さない。
乱入した男と並んで、突っ込む。
「嬢ちゃん、先に行きな」
と、乱入者は正面に大振りの剣をふるった。
商会側が乱入した男に気を取られている隙に、ミーゼルは身を低くしてすり抜けていく。
先へ先へ。
そして、すり抜けた先に、そいつがいた。高級そうな服、無駄な宝石。
「お前がこの商会の会長か!」
ミーゼルは叫ぶ。そして、クラリスが刺された場面を思い出す。
「許さない! 私の家族を!」
ミーゼルは、会長に向かって切りかかる。
しかし、その周りの男達が会長の前に立ち、剣を振るって来る。
ここまで来て、ようやく会長を見つけ、あと少しというところでまた囲まれる。
剣で切られ、足で蹴られ、突き飛ばされ。それでも前へ。
一人切り倒す、二人切り倒す。だが、まだ、まだ遠い。
「覚悟―!」
ミーゼルが突進しようとした瞬間、後ろから回し蹴りをくらい、壁際まで吹き飛ばされた。
ドガッ!
「ゲホ、ゲホっ」
ミーゼルは、立ち上がろうとする。立ち上がらなければいけない。
だが、いいところにもらってしまった。
ミーゼルは、壁を背にして、よろよろと立ち上がる。そして、再び剣をかまえる。
が、膝が許さなかった。
ミーゼルは、膝から崩れ落ちる。だが、立ち上がらなきゃ。動け、動け、私の足。
だが、時間は止まってはくれない。
ドスッ!
ミーゼルの顔に蹴りが入った。
ミーゼルはついに崩れ落ちる。
「手間を取らせやがって。よし、表の男に集中しろ!」
キザクラ商会前。
「ルイーズ、シーナ、お願いするのです。キザクラ商会の中には、貴博さんもクラリスもリルも寝ているのです。守ります。一緒に、お願いします」
真央が頼み込む。
「もちろんだよ」
「私もやります」
そこへ、奴隷船の船員がやってくる。手にはカットラスを持っている。
「「「アイスランス!」」」
真央達は、魔法を撃ちこんで牽制する。
それをすり抜けてきた船員達と対峙する。
船員達は、真央達を取り囲むように襲ってくる。
そうなると、得意の足さばきによるフェイントも使いづらい。
真央は、力に任せて相手の剣をはじいては、踏み込み、切り倒す。
何とか、それが精いっぱいの攻撃。
しかし、ルイーズやシーナはそうはいかない。ルイーズとシーナは背を合わせて戦う。貴博達に鍛えられていても、数の暴力には簡単には対抗できない。
そうこうしていると、その争いを取り囲むように、騎士達が展開する。
が、見ているだけだ。そこには、辺境伯の顔もある。
真央も、ルイーズもシーナも、加勢を期待しない。なぜならこれは、キザクラ商会と奴隷商会との戦いだから。
真央は、ルイーズとシーナの下まで下がり、守りながら戦うことにする。
真央一人が攻め込んでも、相手が防御に回る。
なら、自分も防御に回って、攻めてもらっても同じかもしれないと。
切り倒すことは、もうあきらめた。大振りは危険だ。飛び出しても隙を突かれる。
戦闘不能に追い込むことを考える。手首を、足を、剣をはじきながら、地道に狙う。
ルイーズもシーナも息が上がってきている。どれだけ剣を振り回したかわからない。
船員達は、騎士達が参入してこないのをいいことに、人数を生かして持久戦に持ちこんで来る。
これは、完全にまずい。
ドガッ!
これまでかもしれない、そう思った時に、ついに、シーナが飛ばされる。
背中合わせになっていたルイーズを巻き添えにして。
真央は、二人をかばうように立つ。
しかし、一人で何とかできる問題ではない。
これを好機と船員たちは一気にかたをつけようと滲みよってくる。
パリーン!
そこでキザクラ商会の二階の窓が割れた。
見上げた船員に、真央は剣を突き刺す。
が、そこまでだ。
結局船員達に取り囲まれた事態は変わらない。
しかし、変わったことがある。
「ごめん、お待たせ」
真央の後ろにリルが立った。
「真央、まだいける?」
「もちろんなのです」
「私もいけるわ」
「私もです」
ルイーズとシーナも立ち上がる。
「センセとクラリスは?」
「もっと危ない方へ飛んでった」
「そ。じゃあ、安心なのです」
奴隷商会。
「この小娘が、よくやってくれたな」
会長が剣を振りかざす。その瞬間、玄関先からうめき声が多数上がる。
「うわー」
「うげっ」
そして、一瞬にして、商会の男どもが倒されていく。
「ミーゼル! ミーゼル! 無事か!」
貴博が叫ぶ。
「あぁ、貴博」
貴博の叫び声を聞いて、ミーゼルが安堵し、涙を流す。来てくれた。
「クラリス、玄関先のこいつらを頼む。僕は奥へ行く」
「わかった。ミーゼルを頼む」
貴博は、店内に突入する。
本来ならアイスランスを先行させるところだが、そんな魔力はない。
玄関先では、
「騎士の隊長さんだっけ、お疲れ様。もうちょっと付き合ってくれる?」
と、クラリスがライトルに声をかける。
「ああ、もちろんだ。こう見えても体力バカなんでね」
ライトルは、一般市民の恰好をしていたが、騎士であることを否定しなかった。
貴博は、立ちふさがる男どもを切り倒していく。そして、ついに、ミーゼルを見つける。
ミーゼルは、身なりのいいというより下品な男に剣を突きつけられていた。
「この娘がどうなってもいいのか?」
悪役にありがちなセリフを吐く奴隷商会会長。
「貴様、俺の家族を!」
と貴博が剣を振りかぶったところで。
「貴博。私がやる」
と、ミーゼルは突きつけられた剣を左手で握り、右手に持っていた剣を会長の腹に突きつけた。
当然、ミーゼルの左手から血流れる。
「ミーゼル、なんて無茶を!」
「えへ。私がやるって決めてたんだ」
「ミーゼル……」
貴博は、ミーゼルを抱きかかえる。
「大丈夫か?」
クラリスとライトルがやってくる。
ミーゼルは、貴博に抱かれたまま、ライトルにお願いをする。
「騎士様、奥に不正の書類があると思います。それを辺境伯に」
「わかったが、ミーゼル様は?」
「私は、ここが気持ちいいので、もうちょっと抱かれています」
そう言って、ミーゼルは気を失った。
 




