もうこれ以上、傷つかせません。それじゃ、行ってきます(貴博と真央)
キザクラ商会の船に、ロクサーヌ達、ミーゼル達が戻ってくる。
「真央いる?」
「はい、いるのです」
「ちょっと作戦会議」
「わかったのです」
船の会議室に集まる。
「まず、あの奴隷船は沖に置いて行きます。これは、時間稼ぎを兼ねます」
ロクサーヌが奴隷船の扱いを提案する。
「沖においてどうするのです?」
「自分達で縄を切った後、目的地に向かうか、戻ってくるかですが、おそらく戻って来ます。そして、我が商会を訴えます。なぜなら、こうして我が商会の船が、この奴隷商会の船を襲っているからです」
「それで?」
「この船には、私と貴博様が乗っていることがばれています。特に貴博様は、血だらけのところを見られているので、岸壁で死んだ子供、つまりは奴隷の殺人犯と思われており、完全にマークされています」
「何? その殺人事件」
「奴隷の子供がいたのですが、その子供を貴博様とリル様が助けようとしました。しかし、この奴隷船が離れたため、同時に子供の契約者が遠ざかったことにより、奴隷の首輪が爆発しました。それで子供が死んだのですが、その返り血を浴びたのが貴博様で、それを見られているのです」
「ねえ、リルは?」
ミーゼルが聞く。そう言えばリルがいない。
「……リル様はキザクラ商会で休まれています」
「どうして?」
「……」
ロクサーヌは視線をそらし、
「奴隷の首輪が爆発した時に、その子供を抱いていた貴博様をかばって、大けがをされました」
「それで、リルは大丈夫なの?」
「はい。貴博様が治療をされましたので」
「そう。とりあえず、安心でいいのかしら」
「はい。大丈夫だと思います。話を戻していいですか?」
「いいわ。ごめんなさい」
「ですから、この船が岸壁に戻った瞬間、おそらく、衛兵に取り囲まれます。ことと場合によっては騎士が出てきます。私達は、皆さまを逃がします。そのために衛兵にあらがう覚悟です」
「それでね、真央、ルイーズ、シーナ。悪いんだけど、三人で、貴博とクラリスをキザクラ商会まで連れて行ってくれない?」
「ミーゼルはどうするの?」
「私は、おじ様に会いに行く。今回の件を相談しに行くの」
「私達はキザクラ商会に行ってどうするの?」
「三人でごめん。キザクラ商会を守って」
「それは、キザクラ商会が襲われる可能性があると?」
「うん。奴隷商会にか、それとも、衛兵にか、さらには騎士団が出てくるか。後ろの二つを抑えるために、私がおじ様のところへ行くんだけどね」
「キザクラ商会をお願いします。私達はおそらく捕まって牢に入れられるので、そこで朗報を待っています」
「その後はどうするの?」
「ふふ。私に任せて」
と、ミーゼルが笑ってみせた。強がって。
「皆、入港する! 全員配置につけ。この船は、接岸して皆をおろした後、出港しろ。絶対に人に見られるわけにはいかないんだ。守り通せ。それから、突撃する者、私に続け。魔法を使って道を切り開け。絶対に人を殺すな。いいな。行くぞ!」
ロクサーヌがキザクラ商会職員に声をかけた。
岸壁が近づくと、思った通り、衛兵たちが待ち構えていた。
「よし、三メートルまで近づけろ、そしたら、飛び降りるぞ」
「「「はい」」」
「まず、岸に道を作る。アイスバレット用意!」
キザクラ商会職員は両手を前方に向ける。
「てー!」
バシュッ、バシュッ、バシュッ!……
「うち続けろ!」
アイスバレットが岸に立つ衛兵たちの足元に炸裂していく。
「「「うわー」」」
衛兵がひるんで下がっていく。
「よし、上陸準備! 船に残る者は、アイスバレットを撃ち続けろ。ミーゼル様、いいですか」
「いいわ」
「こっちもです」
真央が貴博を背負った状態で言う。
「私もです」
ルイーズがクラリスを背負っている。
「真央、ルイーズ、私が道を開くから」
シーナが意気込む。
「よーし、上陸!」
ロクサーヌが、キザクラ商会の職員が飛び降り、アイスバレットで道を開けていく。
「全員、道を作れ! ミーゼル様達を逃がすんだ!」
ロクサーヌが声を上げ、武器も持たずに衛兵たちに突撃していく。
「行きます」
「私も」
シーナとミーゼルが飛び降りる。
「私達も行こう」
「うん」
ルイーズと真央が飛び降りる。
そして、四人は走る。
シーナとミーゼルはアイスバレットを撃ち、時には体当たりをして、道を開けていく。
真央とルイーズはそれについて行く。
「よし、四人が抜けた。後はあらがうぞ! ミーゼル様達を追わせるな!」
ロクサーヌが声を上げる。
だが、ロクサーヌ達が身体能力にたけているとはいっても、しょせん魔導士。接近戦では不利。キザクラ商会職員は、一人、また一人と殴られ、蹴られ、取り押さえられていった。
「ミーゼル様、後はお願いします」
「シーナ、私行くね」
ミーゼルがシーナ達に別れを告げる。
「うん。待ってるから」
シーナは答える。
ミーゼルは笑顔で手を振って城へと向かった。
奴隷船上では、船長が奴隷達にロープをほどかせた。
「お前ら、入港するぞ、急げ。奴隷どもは、漕げよ」
奴隷船は、港に戻ってくる。
「おい、誰か走れ。会長に今回の件を伝えろ。キザクラ、潰すぞ」
船員が一人、走っていく。
「残りの奴ら、武器を取れ。奴隷達もだ」
「はあ、着いた」
キザクラ商会についたシーナが安堵の声を上げる。
「シーナ、これからだよ」
ルイーズがシーナに言う。
「まずは、貴博さん達を寝かせたいのです」
「そうね。入りましょう」
三人は、来客室へと行く。そして、そこに寝ているリルを見て、安心する。
「リル。よかった」
真央は、貴博をリルの横に寝かせた。
ルイーズはその横にクラリスを寝かせた。
「三人とも、ゆっくり休んでいてなのです」
真央は、三人に声をかけ、部屋を出ていく。
「私達も行くよ」
ルイーズとシーナも真央について行った。
「おじ様」
「なんだい唐突に。それに、傷だらけじゃないか」
「お願いがあります」
ミーゼルはここまでのいきさつを説明する。
「それじゃ、キザクラ商会が訴えられないよう、時間を稼げばいいんだね」
「はい。ですが、私としては、その前に終わらせてしまいたいです」
「なぜ、そんなに急いでいるんだい」
「私の家族が傷ついているんです。もうこれ以上、傷つかせません」
「で、どうするんだい」
「きっと、その奴隷商会には、不正の証拠があります。それを証拠として、キザクラ商会の正義を訴えます」
「それじゃ……」
「はい。これから乗り込みます」
「ミーセル一人でかい?」
ミーゼルはその問いには答えず、
「おじさま、剣をお借りしますね」
と、壁に掛けてあった両手剣に手を伸ばした。
「それじゃ、行ってきます」
ミーゼルは城を飛び出した。
「おい、誰かいるか」
「はい。ここに」
辺境伯の呼びかけにメイドがやってくる。
「ライトルを呼んで来い。それから、ライトルが着れそうな適当な服を用意しろ」
ライトルは、先日ミーゼル達を案内した騎士だ。
「閣下、どのようなご用件で?」
「お前、そこにある服に着替えて、奴隷商会へと行け。悪いが、我が姪っ子を助けてやってくれ」
「えっと、着替えるってことは、騎士団としてではなく?」
「ああ、頼む」
「わかりました」
「それから、騎士団にキザクラ商会と、奴隷商会へ向かわせろ。まずは成り行きを見守らせ、状況を確認し次第、抑えさせろ」
「はっ」
ライトルは着替えをもって部屋を出て行った。
「私も出る」
辺境伯は、そうメイドに告げ、部屋を後にした。




