監視されていた人
「監視されていた人」
「今日で12年と半年が経過。未だにこの地獄から抜け出せずにいる。どうしてこんな目に遭わなければならないの・・・。私の生活がすべて見られているなんて、そんな馬鹿な話があるはずない。でも、何度確かめてもないんだから・・・。なぜ監視されているの・・・。もうどうして良いか分からない。もう駄目・・・。さようなら。・・・終り。」
2月7日。特別に寒い日だった。この日、とあるアパートの部屋で自殺した女性がいた。首吊り自殺をしたようで、死体の側にあったPCの画面に遺書らしき文が残されていた。「さようなら・・・もう終り。」という文末は彼女が追い詰められた様子を表しているようだった。遺書からも分かるように、どうやら彼女は盗撮に遭い、追い詰められて自殺したようだった。12年半も盗撮に遭うなんて想像もできない。不思議なのは、こんな目に遭いながら彼女は警察に相談しなかったことだった。もしかしたら、盗撮犯に「警察に行けば殺す」と脅迫されて何も出来なかったのかもしれない。部屋に何か仕掛けられていないか探しまわった。しかし、盗撮されるような物は何も無かった。6畳の小さな一室で起きた事件だった。
盗撮の道具となるものが彼女の部屋の隣の部屋から見つかった。盗撮用カメラとモニター、その他機材があった。この部屋からコードが延びていて彼女以外の全部の部屋にも取り付けてあった。このアパートの大家と連絡を取ろうとしたのだが、出来なかった。近くの住人に聞いてみると大家は数ヶ月前に失踪したようだった。
二日後、このアパートに出入りしていた男がいることを知った。彼は13年前、大家に空き部屋の掃除を頼まれたアルバイトだった。カメラとモニターを設置するのも頼まれた。
一週間経過した頃、この空き部屋に住んでいた一人が判明した。大家に雇われて住み着いた。部屋のモニター観察するのが仕事だった。カメラのスイッチをいれるとモニターに女性が映ったそうだ。
ここまで知ると彼女が盗撮されているのは明白だった。きっと大家は彼女を脅迫していたに違いない。しかしどうやって彼女の部屋を盗撮することができたのか分からないままだった。そこで、もう一度彼女の部屋を確かめてみることにした。一番怪しかったのは着けっぱなしになっていたPCだった。彼女のPCに何か隠されているものがあると考え、起動させ、キーボードを走らせた。
タバコを一本取り出し、火をつけた。それと同時にため息をついた。これほど体がダルいと思ったことはなかった。失踪した大家はなんの手がかりもなかった。頭を少しかいた後、画面に再び向かい、マウスを動かした。画面を見つめた。それは日記だった。
「始まりとなった日、自分の身に突然起こった異変を受け入れられなかった。学校に向かう時、どこからか変な視線を感じた。学校に着いて教室で友達だった子に無視され、クラスや学校中の人から軽蔑の視線を浴びた。耐え切れなくなったとき、訳を聞くため友達に言い迫った。「お前が悪いんだ」と言い返された。それと同時に私の全てが、この日以降なぜか透視されているかのように暴かれ、学校では私を噂した。軽蔑の視線は陰口にかわっていった。部屋を誰かに見られていると思って調べたりしても何も無い。ついに発狂し、行き場を無くし、追い詰められた。心は打ち砕かれ、立ち直れないぐらい苦しんでも常に周りの視線は監視状態。砕けたガラスの欠片は残されないように押しつぶされ、砂がさらさらと落ちるように失っていったのだ。」
事件前日の日記に、彼女はこの受け入れなければならない現実に恨みと憎しみを書き綴っていた。どうにも救われず、絶望の淵にいた彼女。見えない敵と戦いつづけた結果、敗れた。これは運が悪かったと言うべきか、それとも神の裁きか色んな解釈があるが、人は正体の分からない物に普通ではいられず、見失う。それは心に刻みこまれている。最後はそう結論づけた。
寒さが増してきた。風が強くなってきていた。外はすっかり夕焼け色。辺りの街灯が少しずつ付きだした。日の入りの時、太陽はゆっくりと沈んでいった。
終り。