第8話『レイヤーネキ、襲来』
姉、有紗の突然の来訪に落胆する修一。
それもそのはず、有紗は修一の知る人物の中では、最も危険な存在だった。その理由とは…。
第8話、どうぞ!
「シュウのお姉さん!?」
亜音は思わず叫んだ。
慌てて俺は亜音の口を塞いだ。
「バカ、デケー声出すな。アイツは極度の─」
「きゃーーーーー!!ひっさしぶりーーーーー!!」
勢いよく開いた我が家のドアから、俺の姉こと須藤有紗が飛び出してきた。
「私のっ!愛しの!おっとうとーーーーー!!」
「悪ぃ、亜音」
「えっ!!?」
有紗は猛ダッシュで抱きつこうとダイブしてきた。
咄嗟に俺は亜音を身代わりにした。
「何この子!でもかーわーいーいー!!」
「ぎゃああああああああああああ!!」
亜音の断末魔が響く。
有紗が亜音を抱き締めるや否や、俺は亜音から離れて有紗の背後に回った。
「ちょっ、何この人!離してーーーーー!!」
「かーわーいーいー!お持ち帰りしーたーいーーーーー!!」
「いい加減に…」
俺はカバンを野球のバットのように振りかぶった。
「しろォォォォォォォォォォ!!」
「がふっ!!」
カバンの側面が見事に有紗の側頭部にクリーンヒットし、有紗はメガネを吹っ飛ばして倒れた。
「悪ぃな、亜音」
「あたしを盾にしないでよ!」
「いや、ホントすまねぇ。ただ、コイツに抱きつかれんのはマジで無理」
亜音は有紗に撫で回されたお陰で、ぐしゃぐしゃだった。
「何しに来たロリコン」
「もー、引越しの知らせ聞いて、お姉様がせっかく会いに来たってのに」
有紗は地面にへたり込み、メガネを掛け直した。
「調子はどお?」
「アンタのせいで今最悪だよ」
「ごめんごめん、はしゃぎすぎた」
有紗は立ち上がって、尻をはたいた。
「ところで、その子は?」
「あー、クラスメ─」
「は、初めまして。近所に住んでる、修一のクラスメートの西垣亜音、です」
亜音は俺の陰に隠れて自己紹介した。
「亜音ちゃんね?ごめんね、急に。あたし、可愛い男の子や女の子見ると、つい興奮しちゃって」
「よーするにロリコンかつショタコンだ。気をつけろ」
「コラ、何吹き込んでんの」
「事実だろ」
俺はピシャリと咎めた。
「修一が世話になってるわね。姉の有紗です。都心部のスポーツジムで、ヨガの専属コーチを務めてます。『アリシア』って名前でレイヤーもやってます」
「レイヤー…?」
「あー…コスプレイヤーの事だ。そっちの界隈では結構有名でな」
「そうなんですか!?」
「まあね」
有紗は得意げな顔をした。
「修一には及ばないけど、8万人ぐらいのフォロワーがいるわ。あ、修一が絵師やってんの知ってる?フォロワー10万人以上いるのよ、この子」
「うそ…多分聞いてない…です」
「あ?前言ってなかったっけか?」
「多分忘れてる…」
亜音は目を丸くして、俺と有紗を交互に見た。
「姉弟で有名人ってやば…」
「凄いでしょ?ちなみに修一って─」
「あーーーーー!!続きはウチで話せ!亜音も来るだろ?」
「う、うん」
俺は容赦なく有紗の襟を掴み、階段を上がった。亜音も後に続いた。
「そっか、もう亜音ちゃん達に話したんだ」
俺の部屋でくつろぎながら、有紗は呟いた。
亜音達と出会ってからの話を一部始終聞かせたところだった。
「良かったね。ようやく話せる友達に出会えて」
「まあな。ところで、だ…」
さっきから亜音が、俺の部屋をキョロキョロしていて気になっていた。
「お前ちょっとは落ち着けよ」
「だって、初めてシュウの部屋来たんだもん。机に見た事ない機材がいっぱいあるし」
「ペンタブだ。それで絵ェ描いてる」
「へー。すごい、やっぱデジタルで描ける時代なんだ…」
「いや、いつの時代の人間だよ。もう令和だぞ?」
まあ亜音は、こーゆー絵師の機材とかは見慣れないだろう。
興奮が冷めやらないようだった。
「使い心地はどお?」
「相変わらず使い勝手がいい。当分は変える必要ねェよ」
「え?これって、有紗さんが…?」
「そうよ。あたしが買い揃えたの。『本格的にイラスト始めたい』っていうから」
「で、今はその投資額を返済しつつ絵師やってる、って訳だ」
「シュウ、稼いでんの!?」
亜音は目を丸くした。
「俺もここまで名が売れてくると、タダで依頼受ける訳にもいかなくてな」
「月収は…そうね、新卒の会社員ぐらいは稼いでるんじゃない?」
「え?ピンと来ない…」
「普段は大体20万ってとこか。長期休業とかになれば、倍は稼げる」
「えええ!!?」
「そこから毎月、無理のない程度に返してもらってるってわけ」
「ついでにネット利用料やスマホ代も払ってる」
「信じらんない…シュウってそんな稼いでたんだ…」
「ただ、それだけ稼いでると役所に申告しなきゃなんないからね。でないと、税務署から注意されるし。仕事してる人って、大変なのよ?」
「知らなかった…そんなに大変なんだ、『稼ぐ』って」
亜音はあっけに取られた表情で、思わず俺のゲーミングチェアに腰を落とした。
「おい、そこ俺の特等席だぞ」
「あ〜、座り心地いいなコレ。寝れそう」
「リラックスした姿勢で描かないと、足腰痛むからね」
有紗は微笑んだ。
「てか、1ついいですか?」
「なあに?」
「やっぱ…姉弟なんですね。髪型とか…」
「ああ、コレ?分かんないけど、生まれつきなのよ」
有紗は猫耳のようにはねた、くせ毛の片方をつまんだ。
俺の頭にも、同様のくせ毛が一対できている。
ついでに俺のハンドルネームは、この猫耳ヘアーとメガネからきている。
「だから『眼鏡猫』なんだ。そのまんまじゃない?」
「うるせえ」
俺は照れくさくなって顔を背けた。
外がだんだん暗くなってきた。
有紗は「そろそろ帰らないと」と言って立ち上がった。
「俺も依頼が来てるし、さっさと描かねーと。亜音も遅くならねーうちに、さっさと帰れ」
「あたし…もうちょっとだけ残っていい?」
「なになに?2人でイチャつきたいの?」
「アンタはマジで帰れ」
俺は追い払うように手を振った。
「じゃ、ごゆっくり。舞奈ちゃんと悠月くんによろしくぅ」
有紗はヒラヒラと手を振り、部屋を出た。
「ねえ、シュウ」
有紗がアパートを去った後、亜音が口を開いた。
「なんだ?」
「大変なの?絵師の仕事やってて」
「まあな」
俺はゲーミングチェアに腰掛けた。
「一応依頼1人あたり、5時間って決めてはいるんだが、スランプになるとどうしても思うように描けねぇ時がある。それでも期待に応えてェ一心で、俺は描いてんだ。苦しい時こそ、『ここが正念場だ』って思いながらな」
「そうなんだ…じゃあ、あまりあたし達と遊ぶ時間無い?」
亜音は寂しげな顔をした。
「人気絵師だもん。シュウはあたし達に構わないで、ファンの為に描く時間割いた方が─」
「んな事言ってねーだろ」
俺はピシャリと言って制した。
「お前らと遊ぶ時間ぐらい、確保しといてやるよ。俺も中学生だし、遊びてぇんだ。
悠月の話聞いて思ったんだよ。俺も絵師だからって、気を遣われたくねぇんだ。せっかくお前らと仲良くなれると思ったのに、それじゃまるで意味がねェ。
俺に気を遣わず、どんどん連れ回してくれりゃいい。絵ぐらい、帰ってからでも描けるし。だから─」
俺は亜音の頭をポンポンと撫でた。
「そんな顔すんな。笑えよ。お前も舞奈に劣らず、笑った顔が似合ってんだからよ」
亜音は唇をギュッと結んで、顔を真っ赤にした。
「だからズルいのよ、それが」
もう帰る、と言って亜音はカバンを手に立ち上がった。
「今度の週末、覚悟しなさいよ?絶対シュウを楽しませてあげるから」
じゃあね、と言って、亜音は俺の部屋を出ていった。
「アイツ、ツンデレかよ…」
再び静かになった部屋で、俺はボソッと呟いた。
続く