第7話『モヤモヤする2人』
悠月の話を聞いて、頭を抱える修一。
そんな修一を気にかけた亜音が、何事かと問う。
修一は亜音に『恋愛とは何か』と訊くが─。
第7話どうぞ!
「あのヤロォ…」
放課後。
俺は煮え切らない悠月のあの態度が、どうも気に食わなかった。
教科書をカバンにしまっていると、亜音がやってきた。
「どうしたの?いつもに増して不機嫌そうだけど」
「何でもね─」
いや待て。
亜音はもう、他人ではないんだ。
ここはひとつ、話しておこうか。
俺は頭を振り、亜音に顔を向けた。
「悠月の事で、ちょっとな」
「悠月?」
「ああ」
俺は昼休みに悠月と話した事を一部始終聞かせた。
話し終えると、亜音はため息をついた。
「まったく、悠月ったら…」
「亜音はどこまで知ってたんだ?」
「全部よ。去年からずっと聞かされてるわ」
亜音はウンザリしたような顔をした。
「ほんと、こーゆー事に関しては意地っ張りなんだから」
「同感だ」
俺は明日の時間割を見ながら、数学の教材をカバンに入れた。
亜音は空いた俺の前の席に座った。
「あの二人のこと、どう思う?」
「アイツら?」
俺は教材をしまい終えると、後頭部をポリポリかいた。
「んー…たしか、幼なじみなんだろ?カップルになるなら、別にいいんじゃねぇの?」
「でもっ」
亜音は俺の机をバンと叩いた。
「ユズは立場とか何とか気にして、舞奈と向き合おうとしないのよ?舞奈もだけど」
「舞奈も?どーゆー事だよ」
「舞奈だって、ユズの事好きなのよ」
「は?」
俺は思わず目を丸くした。
「舞奈が教えてくれたの。小さい時『笑った舞奈が好き』って言われたのがきっかけだった、って。
でも舞奈は、『ユズにも大切な人がいっぱいいて、自分までそこに加わったら重荷になるかもしれない。だから、告白しないままでいい』って言って、遠慮してるの。
あたしはそれが、焦れったくてしょうがないのよ」
亜音は背もたれに腕を組んで突っ伏した。
「あの2人、結ばれればいいのに…」
「ヤケに2人のこと気にしてんな。そんなにアイツらにイチャついて欲しいのか?」
「そうよ。『いいからはよくっつけ』って、声を大にして言いたいぐらいよ、まったく」
そう言うと亜音は、大げさなため息をついた。
「そーゆー亜音は、好きなやついねーのかよ」
「それは…言えないけど、今は2人のこと気になってしょうがないもん。そんな事考える余裕ないわよ」
俺は思わずフッと口元が緩んだ。
「お前、ほんっといいヤツだな」
「な、何よ急に」
「だから引っ越してきた日、わざわざ俺に会いに来たんだな」
「すいませんね、お節介で」
亜音は拗ねて、プイッとそっぽを向いた。
俺にはそれがおかしくてたまらず、笑いを堪えなければならなかった。
「別に嫌いじゃねぇよ」
「えっ…?」
「亜音のそーゆーお人好しなとこ、嫌いじゃねぇ。それがお前のいいとこなんじゃねぇの?」
「そ、そお?」
亜音は髪をクルクルといじった。
「ひょっとして…からかってんの?」
「バカ、ちげーよ。素直に褒めてんだよ」
「あーもうっ!」
亜音は急に立ち上がった。
「何なのよ、もう!以前はこんな事言わなかったくせに!なんで今はそんなズルい事言うの?なんでそんなにドキドキさせるの?何がアンタをそうさせたの?ねえ!!」
「はあ?お前が勝手にドキドキしてんだろ。俺は別に、変な意味があって言った訳じゃねーよ」
「じゃあなんで『かわいい』って言ったり、頭撫でたりしたのよ!」
「ホントにそう思ったからに決まってんだろ。つーかなんでそんなキレてんだよ」
「キレてない!何か、モヤモヤするの!アンタが思わせぶりな事するから!」
「『思わせぶり』って何だよ。俺が亜音に何思わせようとしてるってんだよ」
「何をって…あーーーーー!!もう聞かないで!」
「だから何を─」
「聞かないで!!」
亜音は肩を怒らせて荒い息をした。
「まあ座れよ」
俺は亜音に椅子を指差した。亜音は渋々腰を下ろした。
「ほんっとズルいわアンタ…」
「よく分かんねぇけど俺もモヤモヤしてきた」
「誰のせいよ」
「知らねぇよ」
俺達は同時にため息をついた。
「てか、シュウはその…好きな人っているの?」
「は?何だよ急に」
「いいから答えて」
「いねーよ。恋愛とか分かんねぇし」
「そっか…まあ、そうよね。あんな事あっちゃ」
「まあな」
あんな出来事が起こって登校拒否してた俺に、出会いなどある訳がない。
「つーかさ、ユズや舞奈の話聞いて思ったけど、そもそも恋愛って何だよ。こんなヤキモキするモンなのか?」
「ホントに知らないんだ…なんて言うのかな…」
亜音は顎に手を当てた。
「んー…その人を見ると、胸が熱くなって、キュンとして、『好き』って思っちゃうこと…かな?」
「なるほど、他の絵師の作品見た時感じる『尊い』ってヤツか」
「いや例え方」
「つまりはそーゆー事だろ?」
「まあそうなんだけど…」
亜音は頭を抱えた。
「てゆーかさ、シュウって本来のキャラ、そんな感じだったの?」
「どーだかな。俺は元々自分の殻に籠りつつも、描いた作品を認めてもらいたいだけの自己顕示欲の塊だよ」
「あくまで自分を見てもらいたいんだ」
「たりめーだろ。俺は基本的に、関心持った絵師以外興味ねーんだ。まあ、今はそうでもねーけどな」
「そうなの?」
「亜音達に全てを打ち明けてからな」
そうだ。
ファンである舞奈との交流から始まり、悠月や亜音に全てを話し、亜音の過去を知ったあの日から、俺は変わろうとしていた。
仲間である亜音達3人に、関心を持とうとし始めていた。
天井を仰ぎながら、俺は感慨に耽った。
「なーに考えてんの?」
「うわっ!!」
亜音の顔がニュッと現れた。
俺は危うく椅子から倒れそうになった。
「危ねェな!」
「ごめんごめん。なんか1人で考え込んでるのが気になって」
「ったく…もう帰るぞ」
「あ、待ってよ」
亜音は慌てて席に戻り、帰り支度を始めた。
「いや、まだ準備してねーのかよ」
焦る亜音に、俺は冷ややかにつっこんだ。
「あれ?何あの軽四?」
アパートに到着すると、見覚えのある赤い軽四が駐車してあった。
途端に俺はめまいがした。
「うーわ…急に来やがって…」
「え?シュウの知ってる人?」
「ああ」
名前を呼ぶのも恐ろしい、アイツの車だった。
「俺の姉貴だ」
「えっ!?」
続く