第6話『左目に閉ざされた過去』
体育の授業で一緒になり、バディを組む2人。
そこで悠月の口から急に放たれたのは、亜音についてだった。
昼休みに階段の踊り場で再び話す修一と悠月。
悠月は舞奈のノロケ話を嬉しそうに語るも、告白できずにいた。
その理由は眼帯に隠された左目にあった─。
第6話、どうぞ!
とある日の体育の授業にて。
「シュウ、俺と組もーぜ」
悠月が声を掛けてきた。
「ああ。柔軟付き合ってくれ」
「任せろ。…って、背ェ高いなお前」
悠月とは20センチほど身長が違った。
背中合わせで腕を組み、上体を倒して悠月の体を持ち上げると、悠月は50センチも浮いた。
「あっぶね!ちょっ、倒し過ぎ!」
「あ、悪ぃ。じゃあ今度はユズな」
「おーし…ふんっ!」
小さい体つきの割には、かなりの力を蓄えていると見た。しかし、身長差だけはどうしようもなく、せいぜい踵がちょっと浮いた程度だった。
「どーした?も少し上げてみろよ」
「うるせぇ…モヤシのくせに…」
「誰がモヤシだコラ」
「あがががが!!」
なんとか一通り柔軟を終えると、ラケットを用意してコートに入った。
今日は体育館でバドミントンだ。
「行くぞー。そーら…よっ!」
「いや早っ。取れるか」
悠月の剛腕サーブにより放たれたシャトルは、瞬く間に俺の足元に落ちた。
「加減しろ…っての!」
「温ィぞシュウ、もっと本気出せ…よっ!」
「痛ェ!どこ当ててんだ!」
なかなかラリーが続かねぇ。
コイツの放つシャトル速すぎかよ。
軽めのラリーをしながら、悠月が訊いてきた。
「どーなんだ?亜音とは」
「亜音?別に。いつも通りだ」
「そうか?オレには、亜音がオレ達に見せた事ねェ顔してたように見えたぞ」
「あ?」
悠月はニヤニヤしながら、シャトルを打ち返した。
「どーなんだよシュウは。亜音のこと、どう思っ─」
ビュンッ!!
「あっぶね!!何すんだよ!!」
「あっ、悪ぃ。手が滑った」
俺は投げ飛ばしたラケットを拾いに、ネットをくぐった。
そして周りには聞こえないよう、小さな声で悠月に耳打ちした。
「そーゆー話はおおっぴらにすんなよ。せめて2人の時にしろ」
「悪かったよ。じゃあ後で話すか」
悠月はバツが悪そうに言った。
「で?どーなんだよ、亜音のこと」
昼休み。
誰もいない階段の踊り場で、俺と悠月は話の続きをし始めた。
「どうって…別に。俺、恋とか分かんねーし」
「じゃあよォ、亜音が『可愛い』って思ったことねーの?」
「お前はあんのかよ」
「あるぞ。アイツ、普段こそ気が強いように見えるけど、一緒に遊んだ時楽しそうに笑うし、『あのね、あのね』って構ってくるんだ。かわいくね?」
「犬系女子かよ」
「犬系…?アイツはれっきとした人間だぞ?」
「バカか。犬みたいに甘えん坊な女子を言うんだよ」
「分かんねーよ、オメーらの用語は」
そーじゃなくて、と悠月は頭を掻いた。
「そーゆーシュウこそ、亜音に思うとこはねーのかよ?」
「俺は別に─」
ふと、以前『ずっとこの街にいて』と泣いてせがまれた時の亜音を思い出した。
頭を撫でた時に見せた、照れ隠しだろうか、ムスッとした顔。
俺がまだ冷たく当たってた頃、『一緒に行こ』と誘いかけてきた時の、屈託のない笑顔。
そして隠しきれない寂しげな顔…。
「いや…あるな。あの時は『鬱陶しい』とまで思ってたけど、俺が引っ越してきたのが相当嬉しかったんだろうな。なんで今になって気づくんだろうな…」
「シュウ…やっぱ亜音に惚れてんのか?」
「さあな。惚れた腫れたは俺には分かんねぇよ。でも今は嫌いじゃねぇ。相変わらずイラストで忙しいけど、その合間に構ってあげたくなるかな」
「『構ってあげたくなる』、ねぇ…」
ユズはため息をついた。
「つーか、亜音よりお前は舞奈じゃねーのかよ。いつもつるんでんだろ」
「舞奈はただの幼なじみだよ」
悠月は突っ張った。
「そりゃ亜音みたいに気が強いし、たまに訳分かんねー事話すし、なんならおっかねぇ顔だってするさ。
でもさ、アイツが好きな物とか見た時のキラキラした笑顔見るの、好きだったりすんだよな。
気丈に振舞ってても、オレだけにはこっそり泣きついてきたりする事もあるし、逆にオレが落ち込んだ時だって優しく声掛けてくれんだ」
恥ずかしくなってきたのか、悠月は両手で顔を覆った。
「やべぇ。オレ、なんだかんだ舞奈の事好きだわ。長いこと一緒だから、愛着湧いてんのかな〜」
「素直かよ。なら、告っちゃえよ」
「コイツさえ無きゃ告ってるわ」
悠月は左目の眼帯を指で叩いた。
「そーいやお前、いつも眼帯してるけど、そこどうなってんの?」
「あ?…ああ、まだシュウには話してねーんだ」
悠月は真顔になった。
「昔、誘拐された時の傷でな。今も隠してんだよ」
「誘拐!?」
「6年前に、当時抗争を繰り広げてた暴力団の幹部にな」
悠月は過去を語り始めた。
『日高組』という組織の家に生まれた悠月は、物心ついた時から普通の家族と違うことに、コンプレックスを感じていた。
病気や事故で両親を亡くし、祖父と側近をはじめとした男所帯で、悠月は育った。
だが、普通じゃない家庭に生まれ、幼くして若頭としての宿命を背負わされた悠月は、それが嫌になり屋敷を抜け出した。
そして暴力団員に誘拐された。
日高組が総動員して場所を突き詰めるも、悠月を人質に取られ、追い詰めたはずの幹部を前に何も出来なかった。
オレが何とかしなきゃ…。
そう思った悠月は、幹部の手にかじりつき、振り払って逃げ出そうとした。
その時幹部が振り上げたナイフが左目にあたり、悠月は倒れた。
悠月目掛けてナイフを振り下ろそうとした幹部の男は、悠月の側近により成敗され、組織の壊滅に繋がった。
だが、それ以来悠月は、自分の生い立ちを恥じて逃げ出した事を悔やみ、戒めとして左目の傷を軽い処置で済ませ、眼帯で隠した。
語り終えた悠月は、眼帯を外して左目を見せた。
縦に刻まれた一筋の傷跡は短いが深く、左目は閉ざされたままだった。
「以来この傷は、いわば『臆病者の証』として残してんだ。
こんなオレを舞奈が受け入れてくれると思うか?
組織の人間であるオレなんかより、アイツには相応しいヤツがいる。
それが例えばシュウだというなら、オレは喜んで祝ってやるよ」
俺はしばし黙り込んでいたが、やがて、
「嘘ついてんじゃねーよ」
と答えた。
「ユズ、さっきあんなに舞奈のこと、嬉しそうに語ってたじゃねーか。なのに『自分はふさわしくない』『臆病者のオレなんて受け入れてくれない』とか抜かしやがって」
「何が言いてェんだ?」
「ホントは告白してぇんだろ?舞奈が好きなんだろ?だったら告れよ」
「それができねぇって言ってんだろ?」
「お前が勝手にそう思ってるだけだ」
俺はバシッと言い張った。
「その傷だって、俺からすりゃ『臆病者の証』っていうより、身内を助けたくてできた、立派な『勇気の証』だ。実際、ピンチな状況をどうにかしたくて、足掻いたんだろ?お陰で暴力団の壊滅に貢献できたなら、誇れるモンじゃねーのかよ」
違うか?と俺は問い質した。
悠月は無言だった。
ただ、揺らいでいた。
今まで自分が感じていたものと、俺に指摘されたものとがせめぎ合い、どちらが正しいのか迷っているようだった。
「変に意地を張るなよ。まあ、それは俺も同罪か。勝手に人を見限って、遠ざけてきたワケだし」
「…ああ」
悠月はぽつりと呟いた。
「どーすっかな、告白」
「すりゃいいだろ」
「こんな中途半端な気持ちじゃ舞奈に失礼だろ?」
「じゃあいつ告るんだよ」
「分かんねーよ」
予鈴が鳴った。そろそろ5時間目が始まる。
「じゃあな」
悠月はそう言って、手を振って歩き去った。
「ったく…」
俺はため息しか出なかった。
続く






