第5話『人間不信の理由』
亜音に尾けられていた事を知り、舞奈は放課後、修一と亜音を空き教室に誘う。
既に待っていた悠月も交え、修一は舞奈に促され、渋々過去を話す。
そこで語られたのは、修一が人間不信になった原因だった─。
第5話、どうぞ。
翌日の放課後。
「ちょっといい?亜音も」
川口が俺達のクラスにやって来た。
川口に連れられて、俺と西垣は空き教室に入った。
「よっ、また会ったな」
眼帯野郎こと日高もいた。
「まったく…こんなに早く知られるとは思わなかったけど…」
川口は腕を組み、仁王立ちになった。
「ここでハッキリさせない?」
「何をだよ」
「私と須藤くんの事よ。亜音が昨日尾けてたのは、予想外だったわ。亜音もコソコソしてないで、ちゃんと会ってくれればよかったのに」
川口は大げさなため息をついた。
「だって…須藤くんに『ついて来んな』って言われたけど、居てもたってもいられなくて…」
「だからって尾行はないわよ。そりゃ、須藤くんも怒るわ」
西垣の言い訳を川口はピシャリと制した。
「さてと…私から説明しようか?」
「いや、俺から言う。俺にある事情も説明した方がいいだろ」
「分かった。じゃあ話して?過去に何があったか、そしてなぜ私と須藤くんが関わり始めたのか」
「…ああ」
俺は近くの席に腰掛けると、語り始めた。
物心ついた時から、俺は絵を描くのが好きだった。
幼稚園児の頃も、みんなと遊ばず夢中で描いていた。
だんだんとそれはグレードが上がっていき、褒めてくれる人は褒めてくれた。
俺はそれが嬉しかった。
ところが、それをよく思わないヤツは当時からいた。
俺は元々外で遊ぶのが苦手で、誘われても断って、屋内に引きこもっていた。
やがて連中は無理矢理連れ出そうとし始め、ドッジボールですぐボールを当てられた俺は、『役立たず』と勝手に烙印を押された。
小学生になってもそれは続き、次第に誰からも誘われなくなった時はホッとした。
だが、これは序章に過ぎなかった。
ある日、教室で絵を描いていた俺は、突然クラスメートにノートを奪われた。
俺が仕上げようと思っていたイラストに、連中は汚い落書きを加え、そのページを破いて黒板に貼り出した。
それは『須藤の作品』と勝手に晒され、俺はブチ切れて掴みかかった。
男子数人と揉み合いになった末、俺はそれ以来学校を休んだ。
親が学校側と話し合い、俺は遠くの街に転校した。
しかし、そこでも俺が教室で絵を描く度、クラスのヤツらは俺にちょっかいをかけてきた。
学校が嫌になり、俺はどこに転校しても通わなくなった。
そんな中始めたのが、ネットで見つけたイラスト投稿サイトだった。
そこではたくさんの人が、様々な高いクオリティのイラストを投稿していた。
『いつかこんな風に人気者になりたい』と思った俺は、そのサイトで投稿を始めた。
小学5年生の頃だった。
最初こそ閲覧数は少なく、コメントも来るか来ないかだった。
東京で稼いでいる歳の離れた姉の投資もあり、デジタル画材を使い始めて腕を上げた頃には、いつの間にか閲覧数や『いいね!』の数は3桁、4桁と増加し、ついにはフォロワー数が10万を超えた。
年2回のコミケにも応募し始め、何度か参加させてもらえた。
姉は売り子として駆けつけ、コスプレまでして一緒に働きかけてくれた。
そんな中、当時千葉にいた俺に、姉から『東京に来ないか』と誘われた。
コミケ会場から近くもなるし、そろそろ学校に通いたかった俺は、誘いを受けた。
「そんな訳で、俺はここに転校してきた」
俺は暗い表情を浮かべる3人に構わず、話を続けた。
「イラスト界隈じゃ、俺はたしかに名の知れた絵師かもしれねぇ。ただ、その手の世界を知らねぇ、いわば一般連中である西垣や日高とかにとっては、俺は『単に絵が上手いだけの同級生』ぐらいにしか思われねぇのが現実だ。
ガキってな、ちょっと浮いたやつがいると、集団でいじめて来るんだ。そんでそいつがどうなろうと、自分らが満足できれば、それでおしまい。そんなモンなんだよ。
人付き合いの悪い、クラスでひとりぼっちで絵を描いていた俺の事が、連中はきっと気に入らなかったんだろーな。
そんな連中に、俺は唯一の趣味を台無しにされた。何度も何度も。
俺はそれが嫌で、余計に誰とも関わりたくなくなった。だから西垣とも関わらなかった。
唯一川口だけは、俺がサイトに載せてたイラストを崇拝してくれる、ファンの1人だった。もしかしたら、いつかのコミケで会ってたかもしれねーな」
俺は一通り話し終え、ため息をついた。
「俺の中に踏み込んで欲しくなかったのは、過去にこーゆー事があったからなんだ」
「ひどい…ひどいよ…」
西垣は唇を震わせて、涙を流した。
「なんでこんな事をみんな平気でできるの?ひどすぎるよ…あんまりだよ…」
「まったくよ。偉大なる眼鏡猫先生の作品を穢した罪は重いわ」
川口は怒りをあらわにし、指関節をポキポキ鳴らした。
「私がこの手でヤツらをぶちのめして─」
「やめとけ舞奈。その為に教わった格闘術じゃねーだろ」
「いや川口、アンタ格闘術やってんのかよ」
「こう見えてもね」
川口は恐ろしい笑みを浮かべた。
おいおい、いつかぶちのめされねーか心配だよ。
「とにかく、ホントに済まなかった。日高もあの時、事情を聞かず助けてくれてありがとな」
「気にすんな。オレは揉め事が嫌いなだけだ」
日高は手をヒラヒラと振った。
「今日ここで聞いた話は、俺達だけの秘密にする。他の誰にも、須藤の趣味はバラしたりしねェ。それでいいか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「じゃあ決まりだな」
日高はニッと笑った。
「オレ達のこと、信じてくれっか?修一」
日高は手を差し出した。
西垣も川口も、手を差し出した。
「ああ。よろしく頼むぜ、亜音、悠月、舞奈」
俺は3人の手を取った。
ようやっと、心の底から信じ合える仲間に出会えて、嬉しかった。
帰り道。
「なんでまだ泣いてんだよ」
「だって…未だにショックなんだもん。須藤くんがそんな酷い目に遭ってたなんて…」
西垣、もとい亜音は、未だに目に涙を浮かべていた。
「いい人かよ。てか、もう『須藤くん』はやめろよ」
「ごめん、し…修一くん」
「『くん』もいらねぇよ。てか、『シュウ』でいい」
俺はクシャッと亜音の頭を撫でた。
「可愛いやつなんだな。気づかなかった」
「やめてよ、髪が乱れちゃう」
「あ、悪ぃ」
亜音の髪を直し、ポンポンと撫でた。
「てか、ズルいわよ…」
「何がだよ?てか、顔真っ赤だぞ」
「もうっ」
亜音は手を振り払った。
「あたしもさ、ずっと寂しかった。シュウとは違う意味で、友達がいなかったの。
小学生になる前、いま丘の下にある住宅街に、みんな引っ越しちゃった。学校が近いからね。
あたしだって駄々こねた。今となってはこの街が好きで、この丘の上から見える風景が好きで、離れるのが惜しいくらい。
でも、こんな遠いとこに住んでるあたしに気を遣ってるのか、誰もあたしと遊ぼうとしなかった。放課後も、週末も。
あたしだって、みんなと一緒に街で散策したり、せめて公園で遊んだりしたかった。
なのに家が遠いだけで、みんなあたしを遠ざけてた。あたしはそれが、寂しくてたまらなかった。
中学に上がって、体育の授業で舞奈に『バディ組も?』って誘われた時、ホントに嬉しかった。
その縁でユズとも知り合って、あの二人にはホントに良くしてもらった。
日高組の車で迎えに来てもらって、あたしがしたかった事全部してくれた。街に出て、映画見に行って、アスレチック広場で疲れるまで遊んで…。ホントに楽しかった。
そして2年になって、『同級生が引っ越してくる』って聞いて、心が踊った。『ああ、やっと同級生と一緒に通える』って思った。だから、だから…」
亜音は俺のカッターシャツを掴んだ。
「もうどこにも行かないで…ずっとこの街にいて…」
またしても亜音は涙を流した。
唇を噛み締め、目をギュッと閉じても、涙は止まらなかった。
「…無茶言うなっての。ま、好きなだけ泣けよ。見ねーでやっから」
「うっ、ううう、うわああああああああぁぁぁ!!」
亜音は俺の背にしがみつき、泣いた。
俺はポケットに手を突っ込み、亜音の泣き声を背に受けて空を仰いだ。
俺はやっと、寂しさを分かち合える友達に出逢えた。
それは嬉しくもあり、同時に切なくもあった。
続く