第4話『踏み込んではならない領域』
先日投稿したイラストへのコメントがどうしても気になり、図書室で再会する修一と舞奈。
修一は自らの正体を明かすと、舞奈は発狂する。
修一は悠月と亜音にはイラスト趣味の事を話さないよう、舞奈に釘を刺す。
しかし、その2人のやり取りを『ある人物』がコッソリ見ていた─。
さあ、どうなる第4話!
3日後。
俺は資料集を返す為、昼休みに再び図書室に訪れた。
川口の姿は無いかと探していると、いた。
また資料集のコーナーでウロウロしていた。
「よぉ」
近くまで寄り、声を掛ける。
川口は振り向くと、微笑んで手を振った。
「もう返しに来たの?」
「ああ、大体網羅した。つーか聞きたいことがある」
俺は本棚の陰で見えない場所まで川口を誘うと、スマホの画面を見せた。
「何やってんの?校則違反でしょ?」
「うるせぇ。それより、このアカウントはアンタか?」
「それは…」
川口は目を見開いた。
「こんなハンドルネームでこんなコメント書き込まれて、まさかと思った。アンタ、俺のフォロワーだったのか?」
「あなたのって…まさか…」
「俺が『眼鏡猫』だ」
川口は、ハッと口を手で覆った。
「うそっ!あの眼鏡猫さん!?」
「そーだよ。まさかフォロワーさんの1人がアンタだったとは思わなかった」
俺はスマホを何度か打ち、自分のアカウントを見せた。
「マジで…?」
「ああ」
川口は驚きを隠せなかった。
まるで神々しいものを見るように、ワナワナと震えていた。
去年の冬コミで、何度も見た反応だった。
「あ、あの…」
川口は胸ポケットをゴソゴソ探り、油性ペンとアニメキャラがプリントされたメモ帳を取り出した。
「サインしてください」
「いや、信用するのはえーな」
そう言いつつも俺はメモ帳を受け取り、白紙のページを開いた。
「何描こうか?」
「アーサー描いてください!『聖剣伝説』の!!」
『聖剣伝説』とは、今年の春シーズンに放送してたアニメの主人公だ。
どうやら最推しらしい。
俺はペンを走らせ、ものの1分でイラストとサインを描き終えた。
「こんな感じでいいか?」
「うわあああ…ありがとうございます!!家宝にします!!本物だ…本物の眼鏡猫さんの生イラストだ…」
「んな大げさな。ただの落書きみたいなモンだろ」
「そんな事ない!!プロの落書きは、あたし達素人からしてもハイクオリティで立派な作品だもん!!」
川口は目を輝かせて言った。
「ありがと!!もうすぐにでも自慢したい─」
「待て。その前に言っとく」
川口は目をパチクリとさせた。
「俺が絵師だってこと、誰にも言うな。ファンだから明かしたけど」
「なんで?ユズや亜音ぐらいはいいでしょ?」
「ダメだ」
俺は譲らなかった。
「アンタからすりゃ、そりゃ俺は有名な絵師かもしれねーが、その界隈を知らねぇアイツらからすりゃ、ちょっと絵が上手いだけの存在だ。下手に広まったら、ろくな目に遇いかねない。ここは眼鏡猫に免じて、約束してくれ」
「どうして…」
「どんなプロにも、人には言えねぇ様々な事情がある。俺にだって、色々あったんだ。だから、ここはひとつ内緒にしてくれ。この通りだ」
俺は深々と頭を下げた。
このリアルに、目の前にいるファンの存在を大切にしたかったし、俺自身過去のトラウマが繰り返し起こって欲しくなかった。
川口はファンとして信用できる。
俺はこの判断を信じてみたかった。
「わかった」
川口はやれやれ、とばかりにため息をついた。
「眼鏡猫さんからのお願いときたら、ファンとして了承するのは当然だもん。何があったかは、とりあえず聞かないでおいてあげる。悠月や亜音にも内緒にしとくわ。それでいい?」
「ああ、すまない。いずれ訳を話す」
「いつでも待つわよ」
そして川口は、こう告げた。
「それから、あんまり私達だけで合わない方がいいかもしれないわね。代わりにチャットでやり取りしようよ。それなら、あの2人分からないから」
「ああ。IDはまた送るわ」
「おk。それじゃあね、眼鏡猫さん」
川口は何事も無かったように立ち去った。
アイツ、物わかり良すぎかよ…。
放課後。
「ねえ、須藤くん」
「何だよ」
「舞奈と今日、図書室でしゃべってたでしょ。何の話してたの?」
しまった。
コイツ…尾けてやがった…。
「別に。アンタには関係ねーだろ」
「関係あるよ。舞奈はあたしの友達だもん」
西垣はしつこく食い下がる。
俺は少しイラッとした。
「だから何だよ。アンタのツレだろうが何だろうが、アンタには関係ねえって言ってんだよ。アンタが分かるような話でもねーし。これ以上首突っ込むな」
「あたしに分からない話って何よ。悪いけど、何の事かさっぱり分からないよ」
「ああ、分からなくて結構。話す気もねぇ」
俺はそう言って、さっさと帰ろうとした。
すると、西垣が立ち塞がった。
「どけよ」
「いいや、どかない」
西垣は肩を震わせていた。
「アンタ、前に言ったよね?『人に興味無い』って。なのになんで、舞奈には心を開くの?舞奈とどういう関係なの?あたしじゃダメなの?あたしの何がいけないの?」
「何だよその言い方。俺が浮気したような言い方すんじゃ─」
「ふざけないで!…どうして?どうしてあたしは、2人の間に入れないの?どうしてあたしは関係ないの?あたしじゃ理解できない、2人の共通点でもあるって言うの?」
西垣の目には涙が浮かんでいた。
一瞬、俺の心が大きく揺さぶられた。
「ねえ、何とか言いなさいよ!!」
西垣は地団駄を踏んだ。
俺はムカッときた。
「ああ、そうだよ。俺と川口には、アンタには到底理解できねぇ共通項がある。何も知らねーアンタが、俺達の間に土足で上がり込もうとすんな。ハッキリ言って迷惑だ。目障りなんだよ」
「そんな…」
西垣はうなだれた。
「じゃあな」
俺は今度こそ、西垣の横をすり抜けて立ち去った。
その時、西垣がすすり泣く声が聞こえたが、俺は気にも留めなかった。
続く