第19話『誤算』
コミケがついに開かれた。
開会早々、長蛇の列に追われる修一達。
有紗と亜音の奮闘もあり、昼過ぎには一段落がついた。
そんな中、1人で昼食に行かせた亜音が、なかなか戻ってこない。
亜音からの電話に出ると、『修一のブースが分からない』と涙ながらに訴える彼女の声が。
修一のスマホを奪い、修一を今からよこすと亜音に告げる有紗は、修一を送り出す。
果たして亜音は見つかるのか─?
どうなる第19話!そして次回、完結。
開幕早々、長蛇の列が出来上がっていた。
「眼鏡猫さん!10冊ください!」
「こっちは3冊お願いします!」
「5冊ください!」
参加者が次々に購入していき、俺の個人誌がどんどん捌けていく。
中には、差し入れを下さる方々もいた。
「眼鏡猫さん、これ良かったら召し上がってください!」
「あの、いつもイラスト見てます!」
「眼鏡猫さん、これ地元のお菓子です!」
置く場所が限られる為、俺の背後で在庫管理をしている亜音にお願いして、どうにか空にしたダンボール箱に差し入れを入れていった。
「亜音、次4冊」
「はい!」
「亜音ちゃん、こっちに2冊ちょうだい」
「はい!」
初めてとは思えないほど、亜音はテキパキと冊子を捌いていた。
「すごいね、こんなに人が来て」
「ああ、こっちも張り切らなきゃな」
すると、ある1人の女性の番になった。
女子高生だろうか、端正な顔立ちの、浅黒肌の人だった。
「あの、眼鏡猫さん!初めまして!」
「ああ、初めまして」
「沖縄から眼鏡猫さんの為に来ました!今日という日を楽しみにしてました!もう大ファンなんです!」
「マジすか、遠い所からめんそーれ」
「きゃーーーーー!ありがとうございます!あの、20冊ください!」
亜音が重そうに束を抱えて、机の上に載せた。
沖縄っ子は1万円札を差し出し、冊子を用意していた台車に運んだ。
「これ、良かったらお茶うけにどうぞ!」
『生姜入り黒糖』と印字された袋を差し出してきた。
「おっ、さっすが沖縄人。あざっす」
沖縄っ子は何度もお辞儀すると、台車を押して去っていった。
「あ、これ美味しい」
「何勝手につまんでんだよ」
「シュウも食べる?はい」
亜音は一際大きな欠片をつまむと、俺の口に入れた。
「あ、うめぇ」
ボリボリと黒糖を噛みながら、俺は次の参加者の対応を続けた。
昼頃。
ようやく人の混雑が落ち着き、待機列もまばらになってきた。
有紗はまたタバコ休憩に行った。
「亜音、お腹減ったろ。昼飯行ってこいよ。ここは俺1人でどうにかするから」
「でも…シュウだってお腹空いてるんでしょ?」
「レディファーストだ。ほら」
俺は財布から1000円札を2枚抜き、亜音に渡した。
「好きなモン食っていいから」
「あ、ありがと…なるべく早く戻るね」
「ゆっくりでいいぞ」
亜音は自分の財布に1000円札をしまい、コートを羽織って足早にブースを離れた。
「あれ?亜音ちゃんは?」
タバコ休憩から戻った有紗が、首を傾げた。
「飯食いに行った」
「一緒に行かなくていいの?」
「俺は後で行く。その代わり、亜音と2人で守っといてくれ」
「はいはい。…ったく、なんで2人で行ってこないのやら」
「何か言ったか?」
「別にぃ」
有紗はパイプ椅子に腰を下ろした。
1時間後。
再び列が混みだした頃、俺のスマホから着信音が鳴った。
亜音からだった。
「おーぅ。もう着くか?」
『シュウ…助けて』
亜音は泣きそうな声だった。
「は?どうした、誰かに絡まれたのか?」
『違うの。シュウのブースが分からない…』
しまった。
亜音を1人で行かせた俺の判断は甘かった。
そういえば亜音は、コミケ初心者だった。
マップも無しに、たどり着けるはずがない。
「何か目印は─」
「修一、ちょっと貸して」
有紗が俺のスマホをもぎ取り、亜音に告げた。
「もしもし、亜音ちゃん?今から修一そっちによこすから、もう少し待ってて。ごめんね」
有紗は通話を切ると、俺に投げ返した。
「行きなさい」
「で、でも姉貴だって、この後のイベが─」
「いいから早く。ここはあたしに任せて、亜音ちゃんを探しに行きなさい。アンタ、あの子の彼氏なんでしょ?」
参加者が何事かとざわつき始めた。
ここで迷ってる暇は無ぇ。
俺はすぐさま立ち上がり、『絵師不在中』の立て札を置いた。
「参加者の方々、すいません!しばらく持ち場離れます!」
俺は財布とスマホを手に、ブースを飛び出した。
「行っけぇー!眼鏡猫さん!!」
「ファイトー!」
ファンの声援を背に受け、俺は一心不乱に駆け出した。
「亜音!どこだ、亜音!」
必死に呼びかけるも、亜音はどこにも見当たらない。
俺はうかつだった。
あの時、亜音は俺と一緒に飯食いに行きたくて、俺を気遣って遠回しに誘ってきていた。
それを俺は断ってしまった。
馬鹿な判断だった。
有紗に売り子を頼んで、2人で行ってくれば、余計な気を遣わせずに済んだかもしれない。
初めての大イベントで浮かれて、恋人の存在を蔑ろにした。
俺は、彼氏失格だ。
亜音の気持ち1つ汲んであげられない、自分の事しか考えないエゴイストだ。
「畜生…ちくしょォ…」
悔しくて、申し訳なくて、涙が止まらなかった。
それ以前に、元々そんなに無い体力を無駄使いし、息切れしかけていた。
胸が苦しかった。
不甲斐なくて、その場に膝をついた。
「あああああああああああああああ!!!」
感情に任せ、固いアスファルトの地面を何度も叩いた。
手が傷まみれになろうと、周囲の参加者に注目されようと、叩き続けた。
すると、1人の女性が声を掛けてきた。
「あの…眼鏡猫さん?」
ハッと見上げると、先ほど俺の個人誌を買いに来た、沖縄っ子だった。
「どうしたんですか?何かお困りですか?」
彼女は心配そうに尋ねてきた。
俺は声を振り絞り、彼女に伝えた。
「あの、亜音が…俺の売り子やってたツレが、迷子になって…」
彼女は少し戸惑う素振りを見せたが、やがて、
「分かりました」
と言い、スマホを取り出した。
「その子の写メありますか?今から拡散して、捜索協力を要請します」
俺は自分のスマホを出し、以前亜音とデートした時のツーショット写真を見せた。
彼女はそれをすぐさま撮影し、SNSに書き込んだ。
【緊急】眼鏡猫さんの恋人が、敷地内で迷ってるそうです。どなたか目撃情報があれば、眼鏡猫さんの垢まで、すぐにリプで教えてあげてください。
#拡散希望 #冬コミ #眼鏡猫 #恋人が行方不明
#捜索協力お願いします
彼女のハンドルネームは『ワダツミ』といった。
「これですぐに情報が来るでしょう。私がここにいては不都合かもしれないので、これで失礼しますね。それでは」
ワダツミさんは踵を返し、立ち去ろうとした。
「待ってくださいっ」
俺はワダツミさんを呼び止めた。
何かお礼をしなくては、と思った。
「紙とペン、あります?」
「あ、ありますけど…色紙とサインペンで良ければ」
「十分です。これは、俺からのお礼です」
俺は色紙とペンを受け取り、大きくサインした。
今回の個人誌に描いた、オリジナルキャラも描き添えた。
「ありがとうございます!彼女さん、見つかるといいですね」
「こちらこそ、助かりました。後で垢フォローしますんで」
「はい!!」
ワダツミさんは今度こそ去っていった。
同時に俺のアカウント宛てに、次々にメッセージが寄せられた。
『眼鏡猫さん!西館で見掛けました!』
『企業ブースでキョロキョロしてました』
『マップの詳細送ります。どうぞ参考までに』
「よーし…」
俺は再び立ち上がり、西館へ駆け出した。
ファンのみんな、ありがとう…。
次回、最終話




