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フレアの剣  作者: 神田祐美子
III フレアと特別な花の名
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7 再び相まみえる



「最悪最悪最悪!!!!少しでも胸ときめかせた私が馬鹿だった!!!!何であんたがあの店の常連なの信じられない!!」

「常連っつーか、商売でたまたま関わってるだけだが…」

「商売!?」

「仕入れやらなんやらで…」

「あらそうそれは素敵なことだけれどもなんで偽名なんて使ってるわけ!?アレンって何!?あんたには古臭い名前があるでしょうが!!」

「いや、こっちの世界ではアレンってのが、一応本名だ」

「じゃあなんでシリウスたちには乱蔵って名乗ってんのよ!!」


フレアの問いに、乱蔵は気まずそうに頬を掻いた。


「深い意味はねえよ。別に。つーかこりゃどういう状況だ。なんでお前、そんな女みてえな格好して…」

「私はどっからどう見ても可愛い女の子でしょうが!!住所は!?あんたあの医者とデキてる訳!?」

「気持ち悪いこと言うんじゃねえよんな訳ねえだろうが!!!!たまたま一緒に暮らしてるだけだ!!」

「たまたま一緒に暮らすことなんてないわよ普通!!」

「利害の一致ってやつだボケ!!てめえほんとにババアか!?」


どんな姿形に変わろうと、前世関係者であれば目を見ればわかる。乱蔵の混乱も尤もだった。

再会した時に彼が言葉を交わしたのはほむらであり、フレアではない。説明するのも面倒だからまた雲隠れしようかとも考えたが、『乱蔵ならば顔が広い。王子とやらを探してくれるかもしれんぞ』というほむらの提案に、フレアは熟考した末、乗ることにした。

青蓮の王子を探すためだ。あのリストに残るのは、実はもうアクア家のいけすかない坊ちゃんのみ。イグニス家にとって天敵かつお互い嫌いあっているその公子がフレアに差し入れなどまずあり得ない。


乱蔵にかいつまんで状況を説明する。彼は「ほお、はあ、へえ…」と気の抜けた相づちをうちながら最後まで話を聞いた。聞いてまず最初に漏らしたのは


「何だその男。気色悪ぃな」


という、フレアには許しがたい暴言。怒るフレアに、乱蔵は「いやどう考えても気色悪いだろ。怪しいとか思わねえのか」と呆れた顔で返す。


(やっぱりこんなのに期待するんじゃなかった!!)


フレアは苛々しながら、何かわかったことがあれば何でも自分に報告するようにとしつこく言って、その場を去った。




その夜のこと、ステラが酷く落ち込んだ様子だったため話しかけると、カノンが可愛い女の子と町でデートしているのを見かけてしまったと言う。騎士試験を終えたばかりで羽目を外しているのだろうか?カノンに限ってそんな、と思う反面、カノンは非常にモテるので女の子に誘われることもそらあろうな、とも思う。


それから数日後のことだった。カノンが“彼女”を連れてきたのは。


お気に入りの温室でいつものようにお茶を楽しんでいると“彼女”の姿が遠目からチラリと見えた。素晴らしい危機察知能力でフレアは咄嗟に花壇の影に隠れる。しばらくして「失礼します!」と元気よく温室に入ってきたカノンは、「あれ?」と首を傾げた。


「おっかしいな。フレア様はここにいるって聞いたんだけど…」

「カノンさん、見てください。茶器が並べてあります。まだ温かいようですし、つい先程までこちらにいらしたのでは?」


可憐な声だった。心臓がどきりと跳ね上がる。

ほむらは喋らない。彼女が何を考えているのか、感じているのか、フレアにさえわからない。


きっとほむらは、フレアよりよほど衝撃を受けているはずだ。

衝撃のあまり入れ替わってしまうのではないか。乱蔵の時のように。その可能性に思い至ってひやひやしたが、どうやらその気配はなさそうだった。

汗ばんだ手をぎゅっと握り締める。


(大丈夫。これは私。私は、フレア・ローズ・イグニス。ほむらじゃない)


「フレア様は本当に素晴らしいお人なんだ。早く会ってほしいな」

「…そうですか。それは楽しみです」


その声には、どこか冷淡な響きが混じっていた。



その日は隠れてやり過ごしたが、カノンはそれからというもの、しょっちゅう彼女を連れてくるようになった。――いや、カノンが連れ回しているというより、彼女がカノンにべったりなのだ。

二人がどんな様子かというのは、ステラ、それにカノンの母親であるライアから全て聞いていた。

ステラは淡々と、あくまで客観的に話していたが、ライアはそれはもう感情的に、喚きながら彼女のことについて話した。


曰く、彼女はカノンには非常に好意的で優しいが、他の面々にはその優しさをちっとも分け与えようとしないこと、ライアのことを見下すような目で見ること、どこの馬の骨ともわからない娘がカノンに惚れ込むなど、絶対にあってはならないこと。



彼女がしょっちゅう入り浸る所為で、自分の屋敷であるにも関わらず、フレアは屋敷にあまりいられなくなった。彼女が来ている時はどこかに隠れるか、出かけなくてはならない。

ルカはそんなフレアをひたすらに心配していた。


「最近ほとんど屋敷にいないみたいだけど…大丈夫?ルベルも皆心配してるよ。もしそれがカノンの…いや、あの子にあるなら、一度相談してみても…」


フレアはその申し出を断った。彼女とはとにかく関わりたくないし、話したくもない。口にするのもはばかれるから、考えていたくない。

出かけてばかりいると、次第に行き先もなくなってきた。

フレアは乱蔵とレインの愛の巣で時間を潰すようになった。


「ちょっと、今気色悪いこと考えなかったぁ?」


ゴミの山から、レインが気怠げに顔を出す。フレアがここに来る度、彼は本当に嫌そうな顔をしている。

最初に来た時もそうだった。公爵令嬢様が来たというのに驚くこともなく、気遣うこともなく、顔を歪めて黒パンをぼりぼり囓っていた。乱蔵から何かしら聞いてはいたのかもしれない。

その雑さが却って心地よく、フレアの新しい暇潰し場所になったのであった。


やることがないから掃除したことも何度かあるが、来る度に元に戻っている。恐らくゴミが多い方が好きなのだろう。ゴミがないとここは寒すぎるかもしれない。

フレアは自分の座っている周りだけ綺麗に片付けた。


「蜘蛛助が勝手に住み着いただけだからね。気持ち悪い妄想に巻き込まないでよ~?」

「はいはいわかってるわよ。大好きで結構」

「だから違うって言ってんじゃん。あれれ?公爵令嬢様までここに住み着くつもり?お家ないの?可哀想~」


いつもの軽口を聞き流し、フレアは雑誌をぱらぱらと捲った。面白そうな記事はない。常備してあるお茶でも淹れるかと、立ち上がった時だった。

階段を降りる足音。乱蔵が帰ってきたのかと、フレアは深く考えなかった。



「レインさん、またこんなに散らかして」



その声を聞いた途端、フレアはぎくりと体を強張らせ、固まった。



「綺麗にした方がいいですよ。温かいスープを作りますから、待っていてください。…あら」



目が合う。黒曜石のような美しい瞳が、フレアを映す。

ほむらにとって、誰よりも大切だった少女。かつて心桜という名だった、一人の少女。



「お客様がいらしていたのですね、レインさん」



彼女はうっすらと微笑んだ。あの時感じた冷淡さを、そのまま声に滲ませて。


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