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フレアの剣  作者: 神田祐美子
Ⅰ フレアと仮初めの家族
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8 【ルカ】こっそり眺める



 その様子を、少し離れたところからこっそり見ている影があった。

 ルカと、カノンである。

 二人は茂みからずぼっと顔を出すと、同時に顔を見合わせた。


「今の、公爵様とソフィアさん、だよな?」

「うん」

「すげえ深刻そうな顔してたけど、大丈夫か?」

「多分……」


 ソフィアの前ではいつもわかりやすくデレデレしている公爵が、この世の終わりのような顔で帰っていった。よっぽど何かあったのだろうが、ルカは正直、少しほっとしていた。


 昔から自分に惜しみない愛情を注いでくれる公爵の事を、悪く思ったことはない。

 公爵の事は尊敬しているし、いつかあんな人間になりたいとも思っている。だが、暑苦しいまでのその愛情は、ルカには重すぎた。

 どうして自分の事をこんなに大切にしてくれるのかと考えれば、答えはソフィアの息子だから、という一点に尽きる。自分自身に何かを見出してくれているとは、ルカにはとても思えなかった。

 一応聖騎士ではあるが、それ以外は何もかも平均点。

 聖騎士にしても、生まれながらのものとは言え、どうして自分がこんな大層なものに選ばれたのか、彼自身、未だ半信半疑だった。イグニス家の中でさえ、気弱なルカのことを落ちこぼれの聖騎士などと呼ぶ輩がいる始末だ。


 となれば、公爵の愛情や期待はそのうち重いものにしか感じられず、しかも実の娘であるフレアへの態度を思えば、かなり気まずいものでもあった。

 フレアが自分を嫌うのも仕方がない。けれど、ルカにはどうすることもできなかった。

 だからせめて彼女の目のつかない所でひっそり生きていきたいのに、まさか本邸に引っ越すという話が出てくるなんて。

 ルカとしては、正直気は進まない。今まで通り、母と手伝いのお婆さんと、三人で暮らせれば、それだけで充分だった。


「もしかしたら、本邸に引っ越す話がなくなったのかな」

「え? 引っ越す? 本邸に?」

「うん。今日って話だったけど、母様も僕も、正直あんまり気乗りしなかったんだ。今の屋敷の方が、僕らは住みやすいから」


 公爵には、この感覚は理解できないのだろう。

 ルカもソフィアも、できるだけ目立たず静かに生きていきたいと願う部類の人間だが、派手好きで勝ち気で目立ちたがり屋な人間の多いイグニス家では、その考えは異端である。イグニス家代表のようなイグニス公爵が、その感覚を理解できるとは思えない。


「何かいろいろ大変そうだな。まっ、元気出せよ!」

「うん、ありがとう」

「しっかしさっきから良い匂いするな~。もしかしてクッキーか? やった! ルカん家のばあやのクッキーめちゃくちゃ美味いよな! なあ、腹拵えして鍛錬しようぜ!」

「うん! お茶淹れるね」


 二人はぱたぱたと屋敷の中に駆けていった。







 その様子を、更に離れたところから見ている影が一つ。


(結局、帝王学の授業サボったのね、あいつ……)


 ルベルがいないということは、彼の監視を振り切って逃げ出したのだろう。

 そう見当づけながら、茂みからズボ、と顔を突き出したのは、フレアである。


 彼女は苛々とした様子で、しかし手つきだけは丁寧に髪を梳いた。自慢の金髪に枝やら木の葉やらがたくさんついている。それらを落としながら、今しがたカノンとルカが入って行った屋敷を見上げる。


 彼女がソフィアの屋敷を見るのは、実は生まれて初めてのことだった。父親の愛人がどんな所で暮らしているのかなんて、知りたいと思う方がどうかしているだろう。

 印象としては、古くて地味で、小さい。

 公爵の援助もあるだろうから、もう少しくらい豪奢な生活をしているものと思っていたのに、フレアの想像していたものとはまるで違って、彼女は何とも言えない気持ちになった。

 こんな屋敷では、農夫が暮らしていると聞いても納得してしまう。いくらイグニス家の末端は末端の娘であったとしても、ソフィアもれっきとした貴族の一人。それがこんな屋敷で暮らしているというのは、フレアには考えられない話だった。


 自分ならば耐えられない。そう思いながら、ゆっくりと近づいた。


 彼女がどうして今更になってソフィアの屋敷を訪れたのか。理由は一つ。ここに来れば、何か父の死の真相についてわかるかもしれない、と思ったからだ。



『このペンダントを見る度、僕は責められているように思うんです。どうして、お前だけが生きのびたんだ、って。お前さえ、生まれて来なければ――……』



 小説の中で、ルカは確かにそんなようなことを言っていた。『お前だけが』――つまり、公爵が亡くなるのは確定として、恐らく母親のソフィアも亡くなったのではないか。穢れた子だとか生まれてくるべきじゃなかったとか、そういう言葉からも、ソフィアの事を連想させる。


(それに、ルカの妹だか弟だかって、小説に出てきたかしら)


 ソフィアの腹の中の子も含め、ルカ以外が全員、何らかの事故か事件に巻き込まれ、命を落としたのではないか。


 だとすれば、一体いつ? どうして?


 それがどうしても気になった。だからこうして、何か小説の内容を思い出すきっかけになればと、来たくもない愛人の屋敷を訪ねたのである。

 ソフィアも亡くなる可能性が高いのだから、彼女の身辺に何かヒントが隠されているかもしれない。本当はイグニス公爵の周りをうろついた方がいいのかもしれないが、カッカしている公爵の周りをうろつくのは、今のフレアには自殺行為でしかない。


 フレア自身は、小説で十六歳までピンピンしていた訳だから、自分に関係ないことならばと放っておくこともできる。大嫌いな愛人がどうなろうと、知ったことではない。


 ただ、父である公爵に関しては、まだ完全に見捨てることができない。

 今回の件で心底腹は立っているものの、もしどうにかして父を死の運命から救い出すことができれば、今度こそ自分を愛してくれるのではないか。実の娘として。


 そんな淡い期待を、ほんの僅かに抱いてしまっている。


(しかし、まさかルカとカノンがあんなに仲が良いなんてね)


 あの様子だと、カノンは何度かこの屋敷に遊びに来ていたと見て間違いないだろう。まさかそんなに睦まじい仲だとは思わなかった。


 フレアがそう思うのも仕方ない。

 それは彼女が「虐めろ」と命令していたという事実以外にも、もう一つ理由があった。


 カノンの両親は、ルカとソフィアの事を嫌っている。それはなかなか、有名な話だった。

 カノンの家だけではない。ルベルの両親や、他の親類縁者もほとんどがそうだ。ルカとソフィアは、イグニス家の爪弾き者だった。

 二人の元々の気質が、イグニス家らしくないということも理由の一つとして、大きな理由は、ルカの出自にあった。ルカには父親がいない。処刑されたからだ。


 ルカの父親は、ソフィアに暴行を働き、その結果、ルカを身籠もらせた。

 男はその罪を問われて処刑された。


 そんな男の子ども、堕ろしてしまえという声もあったらしい。

 けれどソフィアは頑として拒否し、出産した。ルカと名付けられた男の子は、「穢れた子ども」だと親戚中に白い目で見られながら、ひっそりと育てられることになった。


 起爆能力を発現させた後も、「聖騎士に相応しくない」とか、公爵の愛人となったソフィアは、「穢されたのに公爵に纏わり付く商売女」だとか、酷い言われようであることは、フレアも知っている。


 そんな現状でありながら、カノンとルベルがルカの友達となっているのは、違和感以外の何物でもない。近寄ることも禁じられているのではないか。


(まあ、そんなこともうどうでもいいけれど。ただ……)


 ソフィアが、どうしてルカに愛情を注げるのか、それは不思議だった。

 普通は憎たらしいものじゃないのだろうか。

 ルカは明らかに母親似だけれど、半分は穢らわしい男の血が流れている。そんな子を、どうして愛しい子だと思えるのか、フレアには疑問だった。


(いや……いやいや、別にそれもどうでもいいでしょ。私はただ、お父様の死の真相を探るだけよ)


 ブンブンと首を横に振ってから、フレアはこっそり屋敷の裏口に回った。

 呼び鈴を鳴らせば正面から入れてもらえるだろうが、それは何だかフレアの方から馴れ合おうとしているようで、彼女のプライドが許さない。だからと言って裏口からこっそり入るのは普通に住居侵入罪なのだが、フレアは犯罪とプライドならばプライドの方を取る。

 鍵が掛かっていればヘアピンで開けようと思っていたが、意外な事に鍵は掛かっていなかった。

 不用心な……と呆れながら、フレアは慎重に扉を押した。



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