打ち上げ花火と愉快な仲間たち ①
七夕の夜から、ひと月ほどが経っただろうか。
最近、義勝の様子がいつにも増しておかしい。
ほむらを超えてやるのだと、朝昼晩稽古ばかりしていたのは知っているが、その時間がどんどん延びてきているのだ。
朝は陽が昇る前に道場に来ているようだし、稽古終わりは陽が落ちた後まで一人延々と稽古を続けている。遅くまで稽古し過ぎて、たまに先生の屋敷に泊まるようにもなった。だが泊まりになってもすぐに休む訳ではなく、灯りをつけて遅くまで勉強しているようだ。
先生が何度か「無理しすぎじゃないかな?」と声を掛けていたが、義勝は「当然のことをしているだけです」と頑として譲らない。
義勝の体が頑丈なのはほむらとてよくわかっているが、それにしてもさすがに心配にはなる。稽古が休みの日も、関係なく一人稽古をしているのだから、一体いつ休んでいるのかわからない。
(いや、まあ、あいつが倒れようがどうなろうが俺には関係ないし、心配とかじゃないけど、うん。全然……)
その日も、義勝は弟子たちが皆帰った後に残って、一人竹刀を振っていた。
よく見ると、若干足下がふらついている。休憩もろくに取っていないのだ。義勝とて限界が来ているのだろう。
ほむらは近づき、思わず声を掛けた。
「おい、そろそろ終わったらどうだ? 皆帰ったぞ」
「…………」
「なあ、もうやめろってば。ちょっとは休めよ!」
ほむらは義勝の竹刀を片手で掴み、むりやり動きを止めた。
義勝はムッとした様子でほむらを睨み付けた。
「何をする!」
「うわっ、おいお前、血ぃ出てるじゃん。手のひら! やり過ぎだって。こんなになるまでやるなよ。まずは手当――」
「煩い! そんなことよりそろそろ手合わせしろほむら!」
「はあ?」
「手合わせだ! あの時より、俺は強くなった!」
「休めって言ってんだろ馬鹿。手合わせなんてしてる場合かよ」
ほむらはやれやれとため息を吐き、手慣れた様子で手当を始めた。
(別に心配とかじゃない。こいつとある程度仲良くやっとかなきゃ、父親が来るかもしれないからな。そのためだ、そのため。それだけだ)
それにしても酷い状態だ。手のひらは真っ赤に腫れて血が噴き出していて、よくもまあここまで我慢しながら竹刀を振り続けられたものだと思う。
その時、二人に暢気な声が掛けられた。
「ほむら、義勝、先生がお団子をくれたよ。一緒に食べる?」
刀士郎が、手に団子を持って現れた。
ほむらはぱああっと顔を輝かせた。団子は大好物だ。
「おお食べる! ほら、義勝も食おうぜ団子! お前も好きだろ!」
「い、要らん! 甘味は人を堕落させる。そんなことより稽古――」
「だから一旦休めってば! 竹刀没収!」
「あっ!」
ほむらは義勝の竹刀を奪い、さっさと刀士郎の方へ駆けていった。義勝が、顔を真っ赤にしてそれを追いかける。
「返せ竹刀泥棒!」
「んん~~んまっ! 団子んま~~! 最高!」
「こいつ……!」
ほむらは竹刀を奪ったまま、早速団子を頬張った。
義勝の方を見ると、刀士郎に「まあまあ、お団子どうぞ」と話しかけられ、このまま団子を貰うべきか我慢するべきか、本気で葛藤しているようだ。
「いいじゃん、食っちゃえよ。食って今日は終わり! な?」
「ッ……俺は、お前のような堕落の塊ではない!」
「団子一個で何言って……」
「帰る!」
「あっ、待って義勝!」と刀士郎。
義勝は一瞬立ち止まったが、「悪いが帰る!」とあっという間に道場を出て行った。
ほむらと刀士郎は顔を見合わせた。鍛錬の鬼が休憩に入ったのを良しとするべきか、しかしあの様子、帰っても結局休んでいなさそうな気もする。
「義勝って何であんななんだ? 毎日あれじゃ辛くねえ?」
「うーん……義勝は、碓氷家の跡取りだから……。末っ子の俺と違って、長男っていろいろ大変なんじゃないかな……」
「そんなもんなのか? 武家って大変なんだな……おっそろし」
「今日はお祭りもあるのにね……」
誘えなかったな、と刀士郎は俯いた。
さして大きな祭りではないが、屋台が並んで、江戸で人気の花火とやらも打ち上げられるらしい。混雑するだろうから心桜は連れて行けず、先生は今夜用事があるとかで、ほむらと刀士郎は二人で出かける予定だった。
ほむらとしては別に義勝はいてもいなくてもどっちでもいいのだが、刀士郎が「折角だから三人で行きたいなあ」とずっとどきどきそわそわしていたのだ。鍛錬の邪魔をする訳にもいかず、結局声を掛けられなかったようだが。
残念そうな刀士郎の横顔を見て、ほむらは何とは無しに提案した。
「いっそ……あいつの家、行ってみるか?」
「え?」
「どうせ帰っても鍛錬だか勉強だかやるつもりなら、家行って連れ出して、むりやり休ませてやろうぜ。今日は祭りだ。祭りの日くらい、ちょっと羽目外してもいいだろ」
碓氷邸の場所は、先生に聞いてすぐにわかった。
先生の屋敷より更に大きな、堂々とした門構えだ。義勝というのは本当にいいところの坊ちゃんらしい。格式の高さが嫌という程感じられて、ほむらは一気に怖じ気づいた。よく考えれば、ここはあのおっかない父親の本拠地である。こんなふらっと、思いつきで来る場所ではなかった。
「な、なあ刀士郎、武士って、なんやかんや、突然斬りかかってはこないん、だよ、な……? 話しかけただけで、怒って斬ってきたりとかは……」
「いやさすがにそれは……。だ、大丈夫だよ、多分……」
そう言いつつ、刀士郎も完全に怯えている。
ほむらは考えた。義勝はめちゃくちゃ怒っていたし、ここは安全な道場の中ではないし、先生もいないし、何よりあのとんでもなくおっかない義勝の父親が出てくるかもしれない。もし何か失礼なことをしたら、本当に殺されてしまうかもしれないのだ。
「クソ、ただ祭りに誘いに来ただけだってのに、何でこんなに大変なんだよ……!」
だがここで引き返すのは非常に格好悪い。それに何だか義勝に負けたようでもの凄く腹が立つ。
「何かあればいいのに。何か、俺が自信を持ってこの家に入れるような、何か……」
その時、背後から楽しそうな声が聞こえてきた。振り返ると、面を被った子どもたちが、楽しそうにお祭りへ向かっていくところだった。
ほむらの顔が、ぱああっと輝く。
「あれだ‼」




