27 【ルカ】安堵する
「どどどどどうしよう、やっぱり何か事件にでも巻き込まれたんじゃ――――」
「落ち着け。まだそうと決まった訳じゃない」
「でも――――」
「二人でどこか出かけてるだけかもしれない。騎士に捜索願は出してある。カイデン様もライア様も捜してくださっている。もうこれ以上俺たちにできることはない」
「ルベル!! 前!! 壁!!」
口では冷静なことをいいながら、目の前の壁に激突しそうになったルベルの腕を、慌ててひっぱる。
フレアとカノンが、帰ってこない。今どこで何をしているか、さっぱりわからない。夜中になっても帰ってこないなんて、こんなことは初めてだった。
カイデンとライアは、今も捜索を続けている。屋敷には、ソフィアとお手伝いのお婆さんが、子どもたちの世話のために残っている。
本当は、ルカもルベルも、捜索を続けたい。けれど、こんな真夜中の捜索が、子どもの二人に許されるはずがない。
「大丈夫だよ、ルカ。二人とも、きっと大丈夫」
ソフィアが、そっとルカに寄り添う。ルカは、小さく頷いた。
発砲事件もあったという。噂では孤児院の院長が被害者だとかで、騎士に保護されているらしい。フレアと市場に出かけた時に出会った、あの院長のことだろうか。
あの時のフレアは、どこか様子がおかしかった。何かに怯えているようにも見えた。
直後にどこかに走り去ったのも、今回のことと何か関係があるのかもしれない。
ルカはしばらく黙りこくった後、「ちょっと、部屋にもどってる」と立ち上がった。
少し、頭を冷やしたかった。冷静になりたい。一人になって、考えたかった。
だから、思いもしなかった。
まさか、自分の部屋の扉を開けた途端、そこに彼女がいるなんて。
最初は、窓の傍で、小さな影が動いていると思った。よくよく見ると、その人は金色の髪をお団子にしてまとめていて、暗い色のドレスを着て、手にはなぜか、ルカの服と帽子を持っている。
「フレ――――――」
「げっ、ルカ!?」
青い目がまん丸に見開かれ、まずい、とでも言うように、フレアの顔が歪む。
それを見て、ルカは思わず口元が緩んだ。張り詰めていた心も、一緒に。
その表情も、声も、何もかもフレアだ。間違いない。フレアは、無事だ。いつ帰ってきたのか、なぜこの部屋にいるのか、その服と帽子はどうしたのか、いろいろ聞きたいことはあるけれど、その全てがどうでもいいと思えるほどに、安堵で心が満たされる。
「ちがうの、これはええと、盗んだ訳ではなくて、ちょっと野暮用で拝借しただけで――――ねえ、ちょっと聞いてる?」
「うん」
「カノンなら、あの子の部屋にいるわ。――ああ、言いたいことはわかるわ。ちょっと先にね、その、着替えを……いえ、いろいろ都合があったものだから、窓から中に入ったのよ、ええ。このことは皆には内緒にしていてちょうだい。で、今、他の皆はどういう状況――――え、ちょっと……?」
フレアの手が、普段の彼女らしくなく、ためらいがちに、ゆっくりと伸ばされる。
きれいな白い指先が、そっとルカの目元にふれる。
「……泣いてるの?」
「……あ」
問われて、ルカも初めて気づいた。頬に触れると、濡れている。
感情があふれて言葉にならないと、もう後は涙しか出ないのだと、ルカは知った。
そんな情けない自分に、フレアの力強い声が、耳に届く。
「大丈夫。何もかも、いい方向に向かうから」
濡れた視界に、彼女を見る。青い瞳が、じっとルカを見つめている。
急に恥ずかしくなって、視線を逸らすと、「ああもうっ」とフレアが声を荒げた。
「おばあちゃん、ちょっと静かにしてて!」
「おばあちゃん?」
「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ。ちょっと内なるおばあちゃんが煩いの」
(何を言っているんだろう)
意味はわからなかったが、ぷんぷんした様子のフレアは、いつも通り愛らしくて、ルカはまた、ほっと安心した。
結局、ルカは、フレアを問い詰めることはしなかった。と言っても、彼が問い詰めずとも、その後皆のところに向かって、ルベルやソフィアに激しく詰められることになったのだが。
フレアの説明は要領を得ないものだった。特に何があった訳でもなく、自分はただ散歩をしていただけで、カノンは道に倒れていたのを発見しただけだと言う。
明らかにおかしいものだったが、フレアはそれ以上を語ろうとしない。
ルベルは、そんなフレアの態度に、終始苛ついているようだった。
翌朝、カノンが目を覚ました。
開口一番、彼が口にした名前は、「ステラ」だった。




