表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレアの剣  作者: 神田祐美子
Ⅱ フレアと星の孤児院
49/94

5 沈黙する



 もう間違いない。

 この黒髪の少年は、小説に出てくる。登場人物の一人なのだ。



(間違えた。まさかそんなのに喧嘩を売るなんて……!)



 敵意剥き出し、いや殺意剥き出しの幼い――自分と同じくらいの年の少年を前に、フレアは心底恐怖した。

 そして同時に、はっきりと思い出した。


 前世で読んだ小説の、あの場面を。



『ッ……許さない! 私はあんたたちを許さない!! 燃やしてやる! こんな国もお前らも、灰になるまで燃やし尽くしてやるから!!』



 物語の終盤。


 小説の中で、フレア・ローズ・イグニスが叫ぶ。

 彼女は今にも処刑されそうになっている。婚約者ジークは、そんな彼女を冷たく見下ろしていた。



『――ジークは処刑人に合図を送った。思いつく限りの呪いの言葉を吐き続けるフレアに、冷たい目をした処刑人、シリウスがゆっくりと近づく』



「シリウス……」


 じっとりと、嫌な汗が頬を伝う。



『フレアに積年の恨みを持つ彼は、手にした巨大な斧を振り下ろし、躊躇なくその首を刎ねた。歓声が上がる。一つの悪が、今ようやく世界から消えたのだ』




(あああああああああ何やってんの私は!! 処刑人!? 処刑人ですって!? 将来私を殺す男!? そんなのに喧嘩売るなんて何やってんのよ本当に!!)



 最悪最悪最悪過ぎる。まさかそんな大層な相手に喧嘩を売ってしまったなんて!



 ただ名前が一致しただけ、という可能性もある。

 だが王都の孤児で血の繋がらない姉のいるシリウスという名前の子どもとなるとそう多くはないだろう。黒髪に金の目というのも珍しく、確か小説でもそう描写されていたような気がする。


 この貧相な少年が、たった数年で一体どんな恐ろしい処刑人になるのかは想像もつかない。

 が、巨大な斧を振り下ろして首を刎ねられるくらいだから、余程凄まじい怪力の持ち主に変貌を遂げるのだろう。


 間違いなく選択を誤った。だが、仕方がないではないか。先に喧嘩をふっかけてきたのはあっちである。


 カノンの財布を盗んだ。ルカのロケットペンダントを盗ろうとしたのも間違いないだろう。孤児院の使用人に子ども扱いされたのも腹が立ったし、まるでこちらが悪いかのような扱いをされたのも腹が立つ。

 自分は何も悪いことはしていないはずだ。少々言い過ぎた感は否めないが。


 ただ兎にも角にも問題なのは、この少年、シリウスにとって今の自分は間違いなく憎むべき相手になってしまったということ。


 小説でも、確か彼はフレアに対して積年の恨みが云々と書かれてあったはず。

 積年の恨み――……正直小説の内容をはっきり覚えている訳ではないから一体何をしでかしたのかはわからないが、庶民を蔑みがちな自分ならば、簡単に恨みを買ってしまうのは想像に難くない。


 それこそ、今、この瞬間のように。


 嫌な汗がだらだらと流れて、フレアは思わず視線を逸らした。

 突然何も喋らなくなったフレアに、カノンとルカも不安そうな顔を彼女に向けている。



 今すぐ頭を下げるか? 目の前の二人に。いやしかしそれはプライドが――……そんなことを言っている場合か? 自分の将来を左右するかもしれない。今ここで大人しく――たとえ自分が悪いと思っていなくても――頭さえ下げれば、シリウスの恨みを買わずに済むかもしれない。



 フレアはぎりぎりと歯を食い縛り、プライドと打算の狭間で苦しんだ。

 悩み苦しみ悶え考え抜いた結果選んだのは――……



「…………」



 無言。眉間に皺を寄せた苦しそうな顔のまま、ただ黙りこくった。


 こんなド庶民相手に頭を下げるのだけは――しかもそれが自分に非などないと思っている内は尚更――できる訳がなかった。


 そしてその無言の圧は、中年女性にあらぬ誤解を与えることになった。


「あ、あの、イグニスのお嬢様、この子たちの処遇は、その……」

「…………」

「ヒイッ! 申し訳ありません! 悪気はないんです! 悪気は――! どうかお許しください! どうか――!!」



 平伏し、叫びながら許しを請う女性。怯える美少女と怒れる少年。「なんだなんだ」「お貴族様がいちゃもんつけてるんだってよ」と集まってくる野次馬たち。


 このままでは収拾がつかない。なぜこんな目に遭ってしまうのか。なぜ。どうしてよりにもよって、この特別な日に。


 何か言わなければ。何か――……そう必死で思考を巡らせていた時だった。




「ヒヒッ、こぉんなとこでなにやってんのぉ? いぃんちょー先生ぇ?」




 妙に気怠く抑揚があって、どこか人を小馬鹿にしたような、ふざけた声が掛けられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ