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フレアの剣  作者: 神田祐美子
【前世編】 ある老婆の回顧録 ①
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8 疲れる



 通い始めて少し経った頃、ほむらは妙な気配を感じるようになった。


 屋敷の物陰に、何かが隠れているような気配がする。

 道場の弟子の誰かかと思ったが、どうしてそんなところで息を潜めているのかは、よくわからない。


 先生に尋ねると、「ああ、とうとうほむらも気づいちゃったか」と頭を掻いた。



「ちょっと前からうちに通うことになった子なんだけど、ちょっと恥ずかしがり屋さんみたいでね。いつもあそこに隠れてるんだ。無理に引きずり出すのもどうかと思うから、出てきてくれるのを待ってる」

「え? 恥ずかしくて隠れてんの? 何で? どうせ良い所の坊ちゃんなんだろ? 恥ずかしがる必要なんてどこにもないじゃん」


 自分と違って、恵まれた側の人間だ。なのに何を恥ずかしがるのか、怖がるのか、ほむらにはいまいちピンと来なかった。


 先生は「まあ、そういうのは人それぞれあるんだよ」と困ったように微笑んだ。


「私にバレてるのも気づいてはないだろうけど、取りあえずそっとしてあげて」


 そう言われ、ほむらは渋々頷いた。

 しかし放っとくように言われても、何となくずっと気になるものだ。


 来る日も来る日も、彼はちっとも物陰から現れない。先生がこっそり安否確認だけはしているらしいから、心配する必要はないのかもしれないが……。


 だんだん、腹も立ってきた。


(逃げないでいい奴が何で逃げてんだよ。おかしいだろ。さっさと出てこいよ)


 暗がりでじっとしてるなんて、勿体ない。

 天気だってこんなにいいし、こういう日は汗を流すのも意外に悪くないし、先生はいつだって優しいし……すぐ熱を出す所為で外で遊べない心桜より、ずっとずっと恵まれているのに。


 そんな日が続いたある日、ほむらはとうとう我慢できなくなって行動に移した。「そろそろ手合わせしろ」と休憩中に飽きもせず声を掛けてきた義勝の口におにぎりを詰め込んで黙らせてから、物陰に近づき、まずは大きな甕をえいやとどける。


 それから僅かに垣間見えた足を、むんずと掴んだ。



 ズザザザザアアアアアアアア!



 勢いよく引っ張り出して出てきたのは、上等そうな着物を着た、女の子のような顔の少年だった。

 髪の色が真っ黒じゃないことに、ほむらは少しばかり驚いた。金髪に比べればまだ落ち着いた色だが、長い薄茶色の髪は、金髪の次に珍しいんじゃないかと思えた。 


 彼はぱちくりと瞬きして、ほむらを凝視し呆然としている。

 手荒に引っ張り出しはしたが、義勝の時と違ってある程度加減はしたから、怪我はなさそうだった。



「おい、いつまでも隠れてんじゃねえよ! お前も剣振り回しに来たんじゃねえのか!? おら、さっさと皆んとこ行くぞ!」

「…………………………て」

「て?」

「天女、様……?」

「…………?」


(何言ってんだこいつ)


 一瞬馬鹿にされたのかと思ったが、違う。


 少年は恐ろしいほどキラキラした熱っぽい目で、じっと、食い入るようにほむらを見つめている。金の髪と蒼い目が珍しいのだろうが、何と言うか、その熱心さは嬉しいと言うより恐ろしく感じられた。


「天女様……!」

「違う! 俺はてんにょじゃねえ! ほむらだ!!」

「でも、すごく、天女様みたいな――――」

「つーかてんにょって何だよ気持ち悪いな! もういい! お前は帰って寝ろ!」



 ほむらは足を離してパタパタと逃げていった。


 結局少年は追いかけて来なかったが、ほむらの中にはある種の予感が――義勝というとんでもなく面倒な少年と関わり合いになってしまった時のような、あの時とは種類が違うが似たような何か――を、感じていた。


 そしてその予感は、的中する。


 翌日から、薄茶色の髪の少年は恥ずかしそうに道場に来るようになった。それ自体は別に構わない。構わないのだが……



「て、天馬(てんま)刀士郎(とうしろう)です。よろしく、お願いします……」



 消え入るような声でそう自己紹介した後、刀士郎(とうしろう)はほむらの姿を見つけてパッと顔を輝かせ、稽古中も休憩中もずっと、ずーーーっと、ほむらの傍にいるようになった。


 大した意味はないのかもしれないが、別に仲良くもないのに傍にいられるのはもの凄く気になる。



「お、前、なんで俺にくっつくん――――」

「ご、ごめん。だめだった……?」

「ッ……だめってことはねえけど……とにかくもうちょっと離れろ!」

「う、うん。ごめんね……」

「~~~~ッ」


 悪い人間ではないのだろう。刀士郎から悪意らしきものを感じたことはない。

 だがどうにも何を考えているかわからないから気味が悪い。何より、女の子のような可愛らしい顔でシュンとされると、怒るに怒れない。罪悪感で胃が捻じ切れそうになる。



 義勝とはまた違うタイプの面倒臭い少年だった。



 その時、面倒臭い奴第一号の義勝が、稽古が終わったのをいいことに飽きもせずほむらに勝負を挑んだ。



「ほむら! そろそろ手合わせだ! 俺と勝負しろ!」

「ああもううるせえ黙ってろ馬鹿カツ!」

「誰が馬鹿カツだ! 俺の名は碓氷義勝だそろそろ覚えろ!」

「お前なんて馬鹿カツで充分なんだよバーカバーカ!」



 どうやらこの道場には変わった弟子しか集まらないらしい。さすが先生の道場だ。

 そう確信すると同時に、疲れ知らずの体がどっと疲れるのを感じた。先生は「友達を作れ」と言うが、とてもそんなものを作れる気はしない。


 無性に癒しがほしくなったほむらは、その日こっそり稽古を抜け出し、心桜の顔を見に行った。

 非常に癒された。



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