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フレアの剣  作者: 神田祐美子
Ⅰ フレアと仮初めの家族
4/90

4 決心する



 フレアは、まず最初に、どうか勘違いであってほしいと願った。


 小説の中に転生したなんて、どう考えてもおかしい。普通じゃない。

 けれど、考えれば考える程、小説の舞台と現実はあまりにもリンクしている。


 西洋風(実際にはあまり西洋について詳しくない人間が作ったような、どうにもおかしなそれっぽい西洋風)の世界、アカツキ王国、イグニス公爵家、魔道具……そのどれもが、小説の内容と同じである。


 フレアとて、前世であの小説を熟読していた訳ではなく、何なら最後まで全部読んだ訳でもない。だから記憶ははっきりしないところの方が多いが、それにしても類似点は多かった。

 聖騎士の能力にしてもそうだ。十二人の聖騎士は、それぞれ別々の特殊能力を保持している。

 フレアの場合、それは発火能力だった。記憶に一番新しい最期の場面で、小説の中のフレア・ローズ・イグニスはこう吠えていた。


『――あんたたちを許さない!! 燃やしてやる! こんな国もお前らも、灰になるまで燃やし尽くしてやるから!!』


 そう喚き散らしながら、結局処刑されるしかなかったのは、力を使えない程に痛めつけられていた、ということだろう。

 フレアの胸はずきりと痛んだ。まるで自分がすでに処刑されてしまったかのように、悲しみが胸を満たす。


 哀れで仕方なかった。公爵令嬢として、聖騎士として、誰からも崇められるべき自分が、あんな惨たらしく殺されることになるなんて。さっき見た処刑のように、あのみすぼらしい老人のように、無残に首を刎ねられるなんて。そしてその光景を、誰もが歓喜でもって迎えるのである。


 小説の主人公は、確かサクラという名の少女だ。

 彼女が近衛騎士となり、大神殿に配属されるところから物語は始まる。そこで不思議な魅力を持った、王族であり大神官、ジークと出会い、二人は恋に落ちる。


 ジーク・アスター・ルークス。……フレアの婚約者だ。


 二年前に婚約が決まり、当然政略結婚ではあるものの、フレアはそれを心から喜んだ。ジークは美しく、優しく、穏やかな青年だった。


 神官の内情は秘密が多いため、フレアでさえ知らないことの方が多い。だが彼は王族の出であり、神殿の統括の一切を任された最高神祇官、数ある神官たちの頂点に君臨する、大神官様であると言う。

 大神官の権力と言えば、この宗教国家アカツキ王国においては、女王と肩を並べるほどだ。

 フレアも婚約前から、祭りの時などに見かけることはあったが、大神官は神秘的なベールで姿を覆ってしまうのが決まりのため、女性か男性かということさえわからなかった。その神秘性も、民からすればまるで神様の代理人、神様の言葉を伝えるやんごとない使者というイメージに説得力を持たせ、彼自身もまた、信仰の対象とされていた。


 神官との婚姻は、アカツキでは禁じられていない。

 そんな神秘的で素晴らしい相手と結婚できるとなれば、フレアが喜ぶのも当然であったし、父であるイグニス公爵も「あの御方と婚約できるなんて普通あり得ないことなんだぞ、絶対に粗相のないように」と、口を酸っぱくして言い聞かせていた。


 何より――イグニス家には天敵と呼べる相手がおり、それが四大公爵家の一つ、アクア公爵家なのだが――その大嫌いなアクア家の公爵令嬢も婚約者候補に挙がっていたのに自分が選ばれたと思えば、自分は彼女に勝ったのだと、アクア家の鼻をへし折ってやったのだと、尊大な優越感にも浸れた。


 ジークなら自分を幸せにしてくれるに違いない。幼いながらに、フレアはそう信じていた。

 打算的な面は否めない。けれど、確かに恋をしていた。

 彼は優しく、スマートで、本物の王子様のようだった。


 その恋心が今、見事に打ち砕かれてしまったのだった。


「違ったんだ……」


 彼は誰に対しても優しいだけだった。フレアだから選んだのではなく、何となく、何の理由もなく、フレアを選んだだけだった。

 あの優しさは、所詮上っ面だけのもの。

 父の再婚の件で泣きついてきたフレアに「出て行け!!」と罵った彼には、優しさなんて欠片もなかった。


 彼が本当の優しさを見せるのは、主人公のサクラ、つまり心底惚れた相手に対してだけなのだろう。

 小説でも、彼はフレアの事を「あの女」と蔑むように口にしたし、愛情がそこにあったとは到底思えない。


 小説におけるフレアの役割は、ジークとサクラ、身分差のある二人の恋をより困難なものにして、読者に応援させること。ただそれだけの悪役だ。だから最期は、お役御免とばかりに処刑される。


(私は、誰かの人生の踏み台として生まれてきたの……?)


 フレアは、震える拳をぎゅっと握り締めた。涙はなかった。

 悲しみに打ちひしがれる少女のそれとは違う。悲しみよりも、怒りが上回ったのだ。青い目には、今や燃えるような怒りが宿っていた。


「……ふざけんじゃないわよ」


 ドスの利いた、低い声が喉の奥から漏れ出る。


「小説なんて知ったこっちゃない。ジークとサクラの恋なんてどうっでもいい。身分差超えてイチャイチャしたいなら勝手にしてろ。私はあんたたちの倍、百倍、いや一万倍幸せになってやるから見てなさい!!!」


 めそめそ泣いて自分の運命を悲観するしかないのは、フレアの最も嫌いとするところだった。そんなことをしている暇があるなら立ち向かわねばならない。

 この小説の運命を捻じ曲げ、叩き潰し、邪魔する者には容赦しない。

 溢れ出る殺気に、ワゴンを引っ張っている、命の宿っていないはずの黄金の馬が、びくりと怯えた。


 発火能力の聖騎士というのは、得てして血気盛んで戦闘力の高い者が多い。



 現在、フレアは十歳。物語が始まるのは、これから六年後。つまりこの六年の間に、フレアの未来が決まる。断罪されるか、否か、それとも――……。


 運命に抗う彼女の物語が、今ようやく始まろうとしていた。


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