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フレアの剣  作者: 神田祐美子
Ⅰ フレアと仮初めの家族
29/94

29 【ルベル】頭を悩ませる




(まさかカノンだけじゃなく、ルカまで……)



 ルカたちが越してきてから数日後、ルベルは頭を悩ませていた。

 屋敷の修繕のため、その間ルカとソフィアと使用人のお婆さんはフレアの屋敷に身を寄せている。

 ルカはカノンとルベルの相部屋に、ソフィアとルチア、お婆さんは別室で、当分の間は泊まることになった。


 ソフィアは普通に暮らしながらあの屋敷を修繕するつもりだったようだが、それはあまりに危険だと、フレアがむりやり彼女たちをこちらの屋敷に移動させたのだ。


 傍から見ればついこの間殺そうとした人と殺されそうになった人、その両方が一つ屋根の下にいるというとんでもない状況な訳だが、もうそれについて突っ込む人間はいない。こうなってしまった以上、考えるだけ無駄である。


 それよりルベルがショックなのは、どうやらカノンだけではなく、ルカまでフレアに恋心を抱いているらしいということだ。


 牢屋でフレアに頬を赤らめていた時にまず疑い、そして時が経つにつれ、それは決定的となった。

 最近に至っては、フレアという名前を発するだけでこの少年、火でもつけられたように顔を真っ赤にするのだ。


 ルベルは、カノンと楽しそうに喋っているルカの方へ、じっとりとした視線を向けた。

 夜も更け、そろそろ眠そうなルカだったが、ルベルの視線に気づいて「な、何?」と戸惑った声を上げる。



「どうかした? 何かついてる?」

「絶対、やめておいた方がいいぞ」

「へ? 何のこと?」

「何でもない」



 ルベルとて、フレアに感謝していることがない訳ではない。

 冷静になって考えてみれば、確かにあの時の自分はむちゃくちゃなことを言っていた。カイデンたちが罪を認めているのに、フレアに罪を擦り付けようとした。彼女は悪くなかった。

 時間が経つ事に、冷静になればなる程、自分は間違っていたのだと痛感している。

 それは本当に、今になって心底反省している。


 ただ、だからと言って彼女の今までの所業――ルカや侍女を虐めていたこととか、聖騎士として相応しくない行動をしていたこと――までがなかったことになる訳ではない。


 どうやら今回は本当にソフィアを助けたようだし(非力なお嬢様がどうやって、という疑問はあるものの、恐らく発火能力を使ったのだろう)カノンたちのことだってこの屋敷に置いてくれているのは自分ではどうしようもなかったことだから、それは本当に有り難いと思っているが――――きっとただの気まぐれだ。次は何をしでかすかわからない。


 一人悶々としながら温かいお茶を喉に流し込んだ時だった。


「フレア様ってほんとカッコイイよな~!」

「ブッ!!」


 カノンが唐突にフレアの話題をぶっ込んだものだから、ルベルは堪らず茶を吹き出した。

 カノンは「きったねえな!」とハンカチを投げて寄越し、ルカも「大丈夫!?」と驚いている。


「も、問題ない。お前が突然、変なことを言うから……」

「俺そんな変なこと言ったか? あ、お前まさかまだフレア様のこと悪く思ってんじゃねえだろうな!?」

「だとしたら何だ」

「そろそろその考え捨てろよ。フレア様は俺の命の恩人だぞ!」

「ふん」


 ルベルはそっぽを向き、カノンは「お前なあ」と呆れた様子でため息を吐いた。


「あの……」


 その時、おずおずとルカが口を挟んだ。


「カノンは、フレア様のことどう思ってるの?」

「ぐッ!!」


 丁度立ち上がったルベルが一人でずっこけて、カランカランとコップが音を立てて床に落ちる。

 カノンとルカは顔を見合わせ、カノンは「大丈夫かお前」と本気で不安そうな顔をルベルに向けた。


「だから、俺は、別に問題ない!」

「問題ないってよ。で、なんだっけ? フレア様?」

「あ、えっと、うん。その……フレア様のこと、あの、カノンは、その……」


 ルカの顔が自然に赤くなる。ルベルの顔が青ざめた。

 フレアの所為でこの二人が対立することになるのか、俗に言う三角関係と言うやつか、俺は一体どちらの肩を持てばいいんだと大混乱に陥る中、カノンのさっぱりとした返答が部屋に響いた。


「すげえ尊敬してる! んでもってめっちゃ綺麗だと思う! つまり好きだ!」


 よくもまあここまで堂々とできるものだ。一切照れる様子もなくニカッと笑ったカノンにやれやれと呆れた後、ルカを見るとますます赤くなっていてぎょっとした。


 目眩でも起こすんじゃないかと心配になる程赤らんだ顔で、「そ、そっか……」と俯く。

 この様子を見れば、ルカがフレアに惚れているらしいということは誰の目にも明らかだろうが、カノンを見れば「それがどうかしたか?」と気づく様子は一切ない。

 色恋沙汰には疎いカノンのことだ。はっきり言わなければわからないだろうなと思いつつ、わざわざ言う必要もないだろうと思っていると、唐突に、ルカが顔を上げた。


「ぼ、僕も――――!!」

「え?」

「僕も、その、あの、えっと――――!!」


 ルカはぎゅっと枕を抱き締め、覚悟を決めた目をカノンに向けた。

 今までにない、力強い表情だった。


「僕も! フ、フフ、フレア様のこと、綺麗だと思う!!」


 一拍おいて、カノンの目が僅かに見開かれ、そして細められた。


「おう! 俺と同じだな!」

「好きだと思う!!」

「おお! 俺と同じだな!」


 カノンは、なぜか嬉しそうにルカの肩をバンバン叩いている。


(恋敵相手になぜ嬉しそうなんだこいつは)


 一方、嫌われることでも覚悟していたのか、ルカは呆気にとられた様子で目を白黒させた後、ほっと胸を撫で下ろしている。

 カノンはルカの真意を知ってか知らずか、楽しそうに言葉を続けた。


「フレア様ってカッコイイよな~。すげえ自分ってものがはっきりしててさ、ぶれないって言うかさ」

「うんうん。すごくわかる」

「頭もいいよな! 屋敷の修繕についていろいろ知ってるのも、料理があんなにできるのもすげえよ! 俺もフレア様みたいになれっかな~」

「すごいよね。僕もびっくりした! あんな特技があったなんて――」


 楽しそうに盛り上がっている二人を、ルベルは冷めた目で眺めた。


(こいつらは恋敵と言うかファンか何かか?)


 まあ、楽しそうならいいか。恋とか愛とか、そういうものは自分にはまだよくわからない。

 ルベルは小さくため息を吐いた後、コップを洗うために立ち上がった。





 この時は、ただカノンが脳天気という感想しか抱かなかった。だがそうではなかったと知ったのは、その翌日のことだった。



「――――何となく、そんな気はしてたんだよな」



 二人で洗い物をしていると、カノンがぽつりと呟いた。何のことだかわからず瞬きで返したルベルに、カノンは「ほら、ルカの」と言葉を続けた。


「フレア様のこと。……そんな気はしてたんだ。それにフレア様だって、ルカのことずっと気に掛けてたし。だから、お似合いだとは思ってた」

「待て待て待て。お前、気づいてたのか? 本当に?」

「そりゃ気づくだろさすがに。あんな顔見ちゃあなあ」


 何度も瞬きを繰り返すルベルに、カノンは「何て顔してんだ」と朗らかに笑った。


「俺だってちょっとは人の気持ちもわかるんだよ。だけど、まあ、嬉しいことだよな。好きな人のこと好きな人がいるんだって思うと、何か、すげえ嬉しい。フレア様は、誤解されやすいだろ? だから、あの人のこと好きな人が、もっとたくさん増えてほしいって思う。んでフレア様がもっと笑顔でいられるようになったらさ、そんな嬉しいことはねえなって思うんだ」


 カノンはそう言うと、「うし! 洗い物終わり!」と濡れた手をぶんぶん振り回した。


「おいやめろ! 飛んでるぞ!」

「んじゃ、おっさき~!」

「おい!!」


 ぴゅー、と逃げるようにキッチンを出ていったカノンに、ルベルはやれやれとうんざりしながらも、カノンの知らない一面を知って少なからず動揺していた。


 あんな顔で、あんなことを言うようになるとは、思いもしなかった。

 カノンはもっと単純で、わかりやすくて、鈍感な少年だと思っていた。



「……変わったな」



 その変化は、決して悪いものではない。そして彼を変えたのは、きっとフレアなのだろう。

 そう思うと何だか胸の内はもやもやとしたが、それには気づかないフリをして、ルベルは台の上を綺麗に片付けた。



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