28 決めつける
「フレア様、これからよろしくお願いします! あの、本当に、母様のこともルチアのことも、本当にありがとうございます。僕、フレア様にちゃんとお礼を――――」
「いいわよ、そんなの」
「え?」
「いや、だって、お礼を言われるほどのことはしてないでしょ。むしろ……」
フレアはごにょごにょと、らしくなく言葉を濁し、明後日の方向へ顔を背けた。
ここで暮らすと決めたのはこの一家だと、頭ではわかっていても、やはりどこか罪悪感が否めない。いっそ「お前の所為でこんなボロ屋敷に住むことになったんだ」と口汚く罵ってくれればいいものを。実際罵ってくれたら、フレアだって堂々とルカたちを貶し、罪悪感からも気持ち良く解放されるというのに。
「……敬語は、いいわよ」
「へ?」
「これからは敬語じゃなくていい。だってあんた、公爵になるんでしょ」
フレアがそう言うと、ルカの顔が僅かに強張った。
フレアは構わず続けた。
「私と同じ聖騎士だし。将来公爵になって、てなると私より立場的には偉くなる訳でしょ。腹が立つけど。だったら敬語とかもう使わなくていいわ。よく考えれば私より年上だし」
「公爵になるかは……まだ」
「なるんでしょ。他になり手がいないじゃないの」
別に公爵を継ぐのに聖騎士であることは必須事項ではないが、あの公爵はルカを推すだろう。
次期公爵に指名されて辞退した例など、フレアは知らない。
まさか花屋にでもなるつもりか? 正直そちらの方が似合っているとは思うが、公爵はそれを許すだろうか?
ルカはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「フレア様は、それを望みますか?」
「え?」
「フレア様が望むなら、僕は、公爵になります」
思いも寄らない言葉に、フレアは思わず口を噤んだ。
ルカは熱っぽい目で、いつになく真剣な様子で、思い詰めたその雰囲気は、どこか怖いほどだった。
「貴方が望むなら、僕はなんだって頑張ります。僕が公爵様のようにイグニス家を引っ張れるかはわからないけれど、イグニス家を、この国を守れる人間になれるように、もっともっと努力します。それで、フレア様にとって、イグニス家が居心地のいい場所になったら、そしたら、フレア様のことだって、僕が……」
ごにょごにょと、最後までは言葉にならなかった。
ルカはルチアの髪色みたいに真っ赤っかになって、いつの間にか目まで潤んで、今にも泣きそうだ。
(一体、どうしたのこの子)
フレアには理解できなかった。これではまるで、ルカが自分を慕っているようではないか。
だがそんなはずはないのだ。
自分はルカを嫌っていたし、虐めていたし、彼を貧乏屋敷に突き落としたのは、紛れもなく自分の所業なのだから。
つまりこれは、自分に怯えているということだろうか? だとすれば合点がいく。
(本当は公爵になりたいけど、私が怖くてはっきり言えないってことね? で、公爵になったら私のこと優遇するからどうか目を瞑ってくださいって? ははあ、成る程ね。気弱なこの子らしい交渉術だわ)
一人でそう結論づけると、目の前でぷるぷる震えるルカに、余裕の笑みを向けた。
「じゃ、是非とも素敵な公爵になって頂戴」
「……え?」
「私の為に、イグニス家を変えてくれるんでしょう? この国をもっと素敵なものにしてくれるんでしょう? すっごく楽しみだわ。もし本気なら、全力で頑張ってね。全力で、私が何者にも脅かされない世界を作って頂戴」
今は気弱で内気なルカだが、小説では彼は実際に公爵位を継いでいる。何より聖騎士の一人でもある。
ならばその素質というのかポテンシャルはかなり高いはずだ。彼は小説の中でも、主人公サクラの協力者としてなかなか活躍していたはずである。あまり覚えてはいないが、多分主要人物の一人だろう。
だからこそ、ここは公爵になりたいルカの願いを容認し、代わりに自分の味方になるよう、念押ししておくのが得策だ。
「私は貴方のこと信じてる。貴方だけは、何があっても傍にいてくれるって、信じてるからね。――期待しているわよ、ルカ」
囁くと、ルカの顔が、まるで発火したようにボンっと赤らんだ。
我ながら押しが強すぎただろうか? 怒っている訳ではなさそうだが、将来の責任を感じて怯えているようにも見える。
(ま、いっか。これでこの子が将来、私に刃向かう確率もちょっとは減ったでしょ。後は……)
フレアはソフィアのボロ屋敷を見上げた。
嵐でも来てこれがぺしゃんこになって全員死亡なんてことになったら、さすがに寝覚めが悪すぎる。
かかった費用はたっぷり請求してやると思いながら、フレアは指示を出すため、ルベルの方へ視線を向けた。
フレアは知る由もない。この時の彼女の言葉が、ルカのその後を大きく変えてしまうことになるなど。




