24 諦める
「え?」
ライアが目を丸くし、カイデンが「ちょっと待った」と口を挟む。
「俺が召し使いとして働くから、彼女は家族としてここに――――」
「嫌よ。貴方には働いてもらうし、カノンは元々置いてもいいと思っていたから許したけど、この煩いのはだめ。近くにアパートでも見つければ? お給金の前借りでもする?」
「誰が煩いですって!?」
「ほら煩い。気に入らない人間を無償で住まわせてあげる程私は寛大じゃないわよ」
「~~~~ッ! 私だって貴女みたいな恥知らずと同居なんて御免です!!」
「あらまあ」
「ライア、冷静になるんだ」
「ですが――――!!」
「母上、すぐカッカすんのは母上の悪いところっすよ」
「~~ッ、カノンまで……」
夫と息子に宥められ、ライアはシュンと肩を落とした。
カイデンはぽんぽんとライアの肩を撫でると、フレアに切実そうな目を向けた。
「どうにかライアも住まわせて貰うことはできないだろうか? たとえ良い部屋が見つかったとしても、彼女が一人暮らしなんて無理だ」
「そう言われてもねえ」
「生活のことは全部侍女にやって貰っていたし、こう見えて寂しがり屋なんだ。静かな部屋に一人きりになると死んでしまう」
「ちょッ……旦那様!!」
「本当のことだろう」
真っ赤になったライアが「もう!」とぽかぽか夫を叩く。その様子は微笑ましいと言えば微笑ましいが、一体何を見せられているんだと、フレアはげんなりしながら肉を囓った。
「……何ができるの」
「は?」
「何ができるの? メイドはできる? それなら置いてあげてもいいわ」
「メ、メイド!? この私に、メイドをやれって言うの!?」
「ええ、あんたに言ってんのよ。食事も洗濯もやれないってんならやり方くらいは教えてあげるわ。やる気があるなら雇ってあげる。やる気がないならさすがに無理。こんな良い条件はなかなかないわよ?」
「な、なな、な……」
「いい? 今のあんたはもう貴族ではないの。それは紛れもない事実よ。これからは贅沢で優雅な生活は当分できやしない。その現実をちゃんと見ろっての」
「…………ッ」
ライアの顔が激しく歪む。
なんて不細工な顔かしらと、フレアは愉快な気持ちでその顔を眺めた。
「で、どうなの? やるの? やらないの?」
ライアは悔しそうに俯き、ぎりぎりと歯噛みして黙っている。なかなか喋らないものだから、フレアは特大級のため息を零した。
「こんな何の役にも立たなさそうなお荷物を雇ってあげるって言ってんのよ? そのありがたみがわからない?」
「誰がお荷物――――!」
「ほんとのことでしょう? ま、仮にも貴族だった訳だから、衣装選びとか家具選びとか、その辺りのセンスはありそうね。刺繍は? 楽器演奏だとか、ダンスとかは?」
「舐めないで頂戴! 私を誰だと思っているの!?」
「ほしいのはこんなぴーちくぱーちく煩いメイドじゃなくて、黙々頑張ってくれそうな肉体労働メインのメイドなんだけど、いつかこの屋敷でパーティーを開く時は役に立つっちゃ役に立ちそうね。今は役立たずだけど」
「ほんと失礼ねあんたは!? 誰があんたみたいな子どもの下に――――」
「煩いわねえ、本当に」
フレアはぎろっとライアを睨み付けた。
ぶわっと殺気が溢れ、ライアはびくっと肩を震わせた。
「あんたが始めたことでしょう、ライア。だったらつべこべ言わず、腹括りなさい。野垂れ死ぬのとメイドになるのと、どっちがましなわけ?」
「ッ……」
「やるの? やらないの? 今決めて」
ライアはぎゅっと下唇を噛んだ後、キッとフレアを睨み付けた。
「……やるわ!! やってやる。その代わり一番の部屋を用意しなさい!!」
「あらそう。意外に謙虚じゃない。下から一番の部屋を用意してあげるわ」
「そっちの一番じゃないわよ! 良い部屋よ! 良い部屋! わかったわね!?」
本当に腹の立つ女だが、その威勢はどこか自分を彷彿とさせるものもあるような気がして、フレアはまあいいかと諦めた。
どうせ屋敷の部屋はたんとある。一人増えようが、二人増えようが別に――……
「俺も働かせてください!!」
「……………………は?」
勢いよく立ち上がってフレアに頭を下げたのは、ルベルだった。
これはとても面倒臭い予感がする。フレアは「何言ってんのよ」と視線を逸らした。
「あんたはイグニス家の人間でしょ。イグニス領に帰りなさいよ」
「大丈夫です。今すぐイグニス家を抜けてきます!」
「はは…………は?」
「勘当されて追い出されれば、後は野となれ山となれ! カノンと一緒にいようとここにいようと、何の問題もないはずです!」
「いや、いやいやいや……」
「待てよルベル、何言ってんだお前?」
カノンがフレアの代わりに聞いてくれた。本当に、何言ってんだお前状態である。
カノンの両親も唖然としている。だがルベルは止まらない。
「俺の目標はカノンと共に騎士になることです! ならここに置いて貰うのが一番良いと判断しました!」
「あんたはイグニス家にいればいいでしょ! 公爵には黙っといてあげるから、たまにカノンに会いに来れば――――」
「俺は正々堂々とカノンの隣にいたいんです! こそこそ隠れてなんて御免です! 何よりすぐサボるカノンには俺がついていた方がいいかと! そうでしょう旦那様! 奥様!」
「え、ええ、まあ……」
「君が望むなら、まあ」
二人とも動揺している。
カノンは「もうサボらねえよ!」と言っているが、ルベルは「そんなのわからん!」とちっとも信用していない。
「お前が家庭教師に学んでいる間は、俺が仕事をする。鍛錬したい時は相手になる」
「だけど――」
「学校で鍛錬相手を見つけるつもりかもしれないが、ただの庶民がお前の相手をできるとは思えない! 同い年なら絶対俺が適任だ!」
フレアは絶句した。
どうやら、学校に通って新しい友達ができることに一番の抵抗感があるらしい。
(愛が重いわよこいつ!)
実の家族を失ってもいいから、カノンを選ぶと言うのだ。美しい友情と言えばそれまでかもしれないが、それにしても異常である。カノンも難儀な相手に好かれたものだ。
しかしさすがイグニス家とも言える。
元来、イグニス家というのは直情的で情熱的で、愛が重い。ルベルはどこか冷静沈着でイグニス家らしくないと思ったこともあったが、成る程しっかりその気性は受け継がれているようである。
「で、でもなあ、そんなことしたら、公爵に嫌われるんだぞ? 家にも帰れないんだぞ!? なのに――――」
「フレア様! 契約書をお願いします! 俺が使える人間というのはここ最近でよくわかったはずです!」
「それはそうだけど」
「いくら安くこき使っていただいても文句は言いません!」
「ふうん、言ったわね? 後悔しても知らないから!」
もういい。後は野となれ山となれ。
この頑固者の様子から察するに、やめておけと説得する方が面倒である。ならばもう受け入れてしまった方が楽だ。
おろおろと困惑しているカノンの隣で、ルベルは元気よく食事を始めた。
もしかしたらまだフレアが犯人であると疑っていて、そのために働くことを希望したのかもしれないが――……まあいい。泣きそうな様子で詰め寄られるよりは、どこか吹っ切れて清々しい様子の今の方が、ずっと健康的に見えた。




