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フレアの剣  作者: 神田祐美子
Ⅰ フレアと仮初めの家族
22/94

22 【カノン】提案される



「好きなものを適当に食べていいわよ。シチューは全員分よそってあげたけど」


 お湯とタオルと、客が来た時のために用意していたという着替え。それらを手渡され、だいぶこざっぱりとしたカノンたちは、ルベルの案内で食堂に向かった。


 そして、顎が外れそうな程驚愕した。


 熱々のビーフシチュー、柔らかそうなパン、新鮮なサラダにミートパイ、魚のカルパッチョ、グラタン、葡萄などの果物にデザートまで所狭しと並べられた豪勢なディナー。


 カノンは夢ではないかと何度も頬を抓った。

 腹が鳴って仕方がない。一刻も早くこのご馳走を掻きこみたい気持ちに駆られたが、本当にこれを食べてしまっていいのか、迷いもあった。


 そんなカノンの心の内など知る由もなく、フレアは「いただきます」とぱくぱく食べ始めた。

 そしてなかなか食べようとしないカノンたちに、「どうかした?」と訝しげな視線を向けた。


「何で食べないの? シチューは嫌い?」

「いやいやいや! 大好きです! その、そうじゃなくて、本当にこんなすげえ食事貰っていいのかって。だって、俺は…………」

「まだそんなの気にしてるの? 遠慮せずさっさと食べなさいよ」


 フレアはやれやれと面倒臭そうにため息を吐いた。


「あたしの渾身の力作よ。絶賛しながらたくさん食べてよね」

「待て。君が、作ったのか?」とカイデン。

「あ、あり得ない。料理なんて習ってたの!?」

 悲鳴を上げたのはライアだ。フレアは平然とした様子で頷いた。

「本を見ながら作ったのよ。案外簡単だったわ」

「それだけでこんなの作れる訳ないでしょ!?」


 二人とも驚愕の表情で固まっている。料理は本来メイドの仕事だ。それを公爵令嬢であるフレアがやったというのも驚きだが、本を見ながらとは言えこんなプロ顔負けの品々を出すなんて、普通は無理である。


「私は多才なのよ。ねえルベル?」

「……確かに、俺も多少、洗い物とかは手伝いましたが、その程度で。全部フレア様が作ったものです。この屋敷には、メイドはいません」

「メイドが、いない!? たった十歳で、こんな屋敷で一人暮らししているのか!? フェルドは――――……」

「うちは放任主義なの。呆れる程ね」


 フレアは特に気にする様子もなくそう言うと、「うん、このパンも最高の仕上がりだわ」とうっとりと目を細めた。


「ほら、あんたたちもさっさと食べたら? 冷めるわよ」


 フレアに促され、カノンは夢見心地のまま、恐る恐るパンを手に取った。

 温かくて、柔らかい。

 今日は、まだろくなものを口にしていない。朝食は判決が下されると思うと緊張してほとんど喉を通らず、その後は水なしパンなしで、歩き通しの一日だった。

 口に入れた途端、中から蕩けるかと思った。


「~~~~~~ッ」


 言葉が出ない。パンというのはこんなに美味しいものだっただろうか?

 一度口にすると、後は止まらなかった。

 元々食べるのは好きだが、今日ほど身に染みる食事は初めてだ。人生で一番空腹に苛まれた後だったのもあるかもしれない。食べながら泣きそうだった。


 もぐもぐと頬を膨らませて食事を掻きこむカノンに、フレアは満足そうに微笑んだ。


「良い食べっぷりだわ。褒めてあげる」

「ほんと美味いっす! すっっっっげえ美味いっす!!」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう。好きなだけ食べればいいわ」

「ありがとうございます‼」


 両親も、カノンの隣で遠慮がちに手を伸ばした。父は一口食べて目を見開き、母は「な、なかなか美味しいじゃない」と言いながら必死で口を動かしている。

 母がぱくぱく食べているのを見て、カノンは心底安心した。

 また涙が滲んで、慌てて拭った。




誰からも見放され、食べるものもなく野垂れ死ぬしかないのかと、絶望していた。

その絶望から、こんなにも軽やかに、まるで当然のことのように、手を差し伸べてくれた。救ってくれた。

その優しさが、震える体を芯から温めてくれる。




「ねえカノン、あんたはこれからどうするつもりなの?」とフレア。

「え? えっと……」

「行く当てはあるわけ?」


 そんなものはない。それがあれば、あんな風に路頭で迷うことはなかった。

 口ごもったカノンの代わりに、答えたのは父だった。


「多少はある。門前払いが関の山かもしれないが」

「でしょうね。イグニス公爵を敵に回してまで助けてくれる人間なんて早々いないでしょう。それにいつまでもワケあり親子三人は置いとけないし」


 母の顔色がサーッと青くなる。門前払いされて、水も食べ物もない状態で歩き続ける。

 またあんなことをしなければならないのだと思うと、カノンも考えただけでぞっとした。


 その時、フレアが思いも寄らないことを提案した。


「カノンなら置いてあげてもいいわよ」

「へ?」


 驚いて顔を向けると、彼女はにっこりと妖艶な笑みを浮かべていた。


「この屋敷に。いい食べっぷりだし、体力もありそうだし、私の召使いくらいならしてあげてもいいわ。そろそろほしいなと思っていたところだしね。丁度いい召使い」


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