16 【ルベル】狼狽える
父親のカイデン・イグニスは険しい表情で、母親のライアは真っ青な顔でふらつき、今にも卒倒しそうな様子だった。
二人は集まっていた騎士といくつか言葉を交わすと、両手を差し出し、手錠をつけられた。
そのまま、騎士に連れられ、罪人護送用の馬車へと歩いて行く。
(奥様だけでなく、旦那様も連れて行かれた。つまり、それは……)
信じられない光景だった。ルベルはしばし呆然とした後、慌ててカノンの姿を探した。
カノンは、扉の近くで両親の後ろ姿を見ていた。顔は真っ青で唇は震え、瞬きを忘れたように見開いた目から、涙が一筋零れていた。
ルベルは、駆け寄ることも声を掛けることもできなかった。
あんな顔のカノンを見たのは、初めてだった。
その後、カノンの両親は昨晩までフレアが入れられていた例の牢獄に入れられた。
カノンはというと屋敷から一歩も出ず――いや、出られず、と言ったところが正しい。たった十二歳の少年が関わっているとは誰も思っていないだろうが、万が一逃亡されるのを恐れて、監視されることになった。
(なんで……どうして……ついこの間まで、普通に……なのに……)
フレアがルカの母親を殺そうとしたと聞いた時は、さもありなんと思った。彼女ならばやりかねない。
牢獄に入れられているのを見た時も、心は痛まなかったし、彼女の心配なんて欠片もしなかった。むしろこうなった彼女に肩入れしているカノンやルカのことが心配になった程だ。
それがたった一日で、何もかも変わってしまった。
フレアは牢獄から出され、代わりにカノンの両親が牢獄に入れられ、カノンさえも自由を奪われ、屋敷に軟禁されている。
無情に時間が過ぎる中、ルベルの憎悪はやがてフレアに向けられた。
今回の騒動の元凶はフレアではないかと、やはり彼女が犯人ではないか、そうであればいいのに、そうであれば誰も困らないのにと、彼が考え願ってしまうのは、一種の現実逃避だった。
いつしか陽は落ちていたが、ルベルは自分の家には戻らなかった。
ルカと別れた後、彼は本邸に向かった。――どうせ追い返されることはわかっている。けれど、彼女を問い詰めずにはいられなかった。
「――――へえ? そんなことを言うためにわざわざ? 暇なのねえ、あんた」
フレアは、ジッとこちらを睨み上げるルベルを馬上から見下ろし、思わず噴き出した。
彼女がルベルと鉢合わせしたのは、ちょうど門から出たところだった。
馬に跨がる彼女に、ルベルは「お待ちください!」と大声を上げ、今からどこに行くつもりか、何か証拠隠滅でも図るつもりか、本当は貴女が犯人なのではないかと、必死の形相で捲し立てたのだった。
くだらない。
まだ疑われているかと、その程度のことで傷つく彼女ではなかったが、まさかルベルがこんなにくだらない人間だとは思っていなかった。もう少し理知的な子どもだと思っていたのに。
「ま、まだガキだから仕方ないか」
「はい?」
「本当はわかってんじゃないの? カノンの両親はソフィアを嫌ってる。ルカのこともね。動機は充分よ。ソフィアが公爵夫人になるのが気に食わなかった。だから殺した。やり方は汚いけど、過激なイグニス家らしい行為じゃない」
ルベルは狼狽え、「違う! 違う……!」と声を荒げながら視線を迷わせた。
「あの方々は、たとえ嫌っていたとしても、だからって、そんなことはしない! そんなことを、する人たちじゃない!」
彼も頭ではわかっているのだろう。だがそれを認めることができずにいる。
フレアはそんな愚かな彼を見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。
「それで? あんたはこれからどうするの? 私が犯人である証拠でも探して公爵に突きつけるの?」
「…………」
「私があんたならそうするわね。そしたら、あんたの平穏は一応保たれる訳だもの。ま、でっち上げの証拠でも何でも頑張ればいいわ。あんたにそれだけの根性があるとは思えないけど」
それだけ告げて、フレアは馬を走らせた。ルベルは驚いて後ずさった後、「まッ、待て! 待ってください!」と慌てたが、フレアがわざわざ止まることはなかった。
彼女が向かった先は、ソフィア・ローズ・イグニスの実家。但しその目的は、イグニス公爵。
愛しい愛人と娘に会いに行ったらしい公爵に、大事な話があった。




