14 感謝する
「貴方たち、なんで……」
フレアは理解できず、呆然と三人を凝視した。カノンはニカッと朗らかな笑みを浮かべた。
「フレア様が起きるまで待機してました! 無実なのにこんなの酷いっすよ! 俺たちはフレア様の味方ですからね!」
その目の下には、うっすらと隈ができている。普段の彼なら、とっくに眠っている時間だろう。
ルカに至ってはこちらが心配になる程顔色が悪く、今にも倒れそうだ。
ルベルだけはいつも通り小憎たらしい顔をしているが、それが却ってフレアを落ち着かせてくれた。
カノンとルカは、パンとお菓子を次々に差し入れてくれた。正直お腹が減っていたから、その差し入れは有り難いことこの上ない。今すぐがっつきたい。だがここでみっともなくがっつくのはあまりに貴族らしくないから、フレアは必死で我慢した。
「まあ、そ、そこまで言うなら貰ってあげるわ。ご苦労様」
「どんどん食ってください! あ、何か茶でも飲みます?」
「……そうね。熱いお湯を用意してちょうだい。茶葉はあるから」
カノンは「任せて下さい!」と看守の方へ走っていった。
また涙が込み上げてきそうで、フレアは必死で堪えた。
カノンは公爵の従兄弟の息子である。年が近いこともあって幼い頃からよく知っていたが、所詮は分家の子だと格下に見ていた。
だから「ルカを虐めるように」と命令もしたのだ。なのにこうして、こんな立場になった自分のところに来てくれるとは思わなかった。
カノンが聖騎士という存在に強烈な憧れを抱いているのは知っている。だが、もしや自分には何かそれとは違う、特別な感情を抱いているのではないか。
そんな考えも頭を過ったが、いやまさかと打ち消した。カノンに対してもいつも横柄な態度を取っていたのだ。ルカを虐めるようにと命令もした。あれで好きとかそういう感情を抱ける訳がない。
きっと、ルカが牢獄に入れられたとしても、カノンは同じことをしただろう。
素直で優しくて、困った人を放っておけない。そういう性質なのだろうと結論づけた。
「他に、何か必要なものはないですか? あ、毛布、とか……」
その時、ルカがおずおずと毛布を差し出した。大嫌いなルカに、こんな惨めな囚人姿を見られるのは屈辱でしかない。けれど、今は不思議と、その優しさを素直に受け入れられる気がした。
「薄っぺらい毛布ね。もっとまともなものはなかったわけ? …………でも、まあ、お礼は言ってあげる。…………ありがと」
これがフレアの精一杯だった。
棘は残るが、それでもルカに対して感謝するなんて、少し前の彼女なら考えられないことである。
気恥ずかしくて、ルカの方は見られない。
一方ルカはルカで、完全に固まっていた。頬も耳も真っ赤にして毛布に顔を埋め小さくなっているフレアを前にして、彼はまるで金縛りにでも遭ったようにピクリとも動かず、白かった頬はフレアと同じように、いやそれ以上にみるみる真っ赤に染まっていく。
いつまで経ってもルカに反応がないと、不審に思ったらしいルベルは、彼の顔を覗きこんでぎょっとしていた。「ルカ、お前、え……?」フレアとルカを交互に見て、しきりに首を捻っている。
そこに、元気いっぱいのカノンが戻って来た。両手に巨大な鍋を抱えて。
「フレア様! あっつあつの湯です! これで好きなだけ飲めますよ!」
「そんなには飲めな……いえ、まあ、いいわ。……ありがと」
フレアはその湯で、刑場の見知らぬ青年から貰った茶葉を浸し、ゆっくりと茶を楽しんだ。
その翌朝、フレアは無事牢獄から出された。
公爵の姿はなく、代わりに彼の部下がやってきて「暗殺者が雇い主を白状し、その結果フレアの無罪が確定」したのだと伝えていった。
雇い主の名前は、ライア・ローズ・イグニス。
カノンの、母親だった。