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第九章

 気付くと、辺りは真っ暗だった。何も見えない。何の音も聞こえない。だが、感覚はある。どうやら自分は仰向けに寝ているようだ。とても心地いいものの上に寝ている。ここはベッドだろうか。


 イウは起き上がったが、暗闇の世界は何も変わらなかった。


「誰かいないの」


 声は明らかに響いた。しかしそれに反応するものはない。世界に静寂が戻り、虚無のような無限の闇が広がっている。


 ここはどこなんだ。


 彼は怖くなった。イースの世界ではないだろう。だがここはクウェージアなのだろうか。また別の知らない世界なのではないか。その心細さは尋常でない。


 ここから出なくては。


 見えない世界を這いつくばるようにしてイウはうごめいた。


「あ!」


 心地のいい手触りが唐突になくなったかと思うと、下に落ちた。あまり痛くはない。段差はそこまで高くなかったようだ。しかし今度は硬く冷たい質感だ。石の床だろうか。ということは先ほどいたところはベッドで間違いないだろう。


 廟葬。

 という言葉がある。エクアフ種族の文化の一つで、伝統的な埋葬方法だ。火葬も土葬もせず、特殊な防腐処理を施して一つの部屋の中に埋葬する。その部屋は「死者の部屋」と呼ばれていて、大抵の場合生前に作られる。貴族や王族であれば廟葬が一般的であり、王族は「王家の墓」と言われる地下の巨大な廟に埋葬されるのだ。


 確信はないが、おそらくそうだ。ならば出口があるはず。

 イウは冷たい床の上を這いながら手探りでゆっくりと進んだ。


 しばらくして手に何か触った。棒のようなものがある。手を添えつつ上に腕をのばしていくと直角に曲がった先に広い空間があった。

 これはテーブル。

 これはペン。紙。本。

 そして手探りでローソクらしきものを発見した。


 しかしここには火がない。もし視界さえ開ければ、なにかいい手段が思い浮かぶかもしれない。

 もうすでにイウは泣き出しそうだったが、必死に涙を押し込めて考えた。


 ここが廟であるなら、部屋のどこかに暖炉がある。無論、その暖炉に煙突はついておらず使えないのだが、火を起こすためのフリントが横に付いているはずだ。


 エクアフ種族の信仰するエルド教では、エルドの復活と同時に建設される超高次元世界の出現を待望しており、死後は高次元世界出現の時まで「死者の部屋」で過ごすという考え方があった。

 そのようなわけで、「死者の部屋」は部屋というよりも家の仕様に近く、ベッドや暖炉は当然のこと水場も付いており食料なども保管されている。


 イウは暖炉を探して這い回った。何度も何かにぶつかり、同じ場所らしきところを彷徨いながらも、やっとおそらく暖炉と思われるものを発見した。

 側面を手で探ると、手のひらに収まる大きさの石片と、取っ手の付いた火打金が立掛けて置いてあった。

 イウは暖炉にワラが敷いてあるのを確認すると、フリントと火打金を打ちつけた。


 一瞬にして照らされる世界。

 そこはやはり「死者の部屋」であった。

 自室に似せられて作られた部屋。いや、家具は自室から運んだのだろう。ぼんやり照らされたテーブルに、かつて嘆きのあまりに自分で殴り書いた「どうか平和を」の文字が浮かび上がっていた。


「ぼくは生き返った……?」


 彼は呟いて不安になった。こうして生きているようだが、本当に生きているのだろうか。上記で述べたとおり、エルド教には死後、超高次元世界の出現まで「死者の部屋」で待たなければならないという考えがある。もしそれが本当であるならば、いつ復活するかもわからないエルドとやらの再臨を、この部屋で待たなくてはならないのだ。


「そんなわけがない!」


 恐ろしい考えを一掃しようとイウは大声を出した。

 ここから出れば答えはわかる。

 彼はローソクに火を灯すと、部屋の出口を探し始めた。


 そう広くもない室内。ローソクで視界のきく状況で出口を見つけるのは容易く、すぐに見つかった。その扉は硬く閉ざされているようだったが、鍵がかかっているだけで中から開けるのは簡単のようだ。

 イウは鍵を外すとその扉を開けた。


 ローソクの火が照らせる範囲はごく狭く、それ以外は相変わらずの暗黒。どこまでも広がっているかのような闇。異世界に繋がっていそうな廊下の一部を頼りない明るさで照らすローソクが今は何よりもありがたい。

 一歩踏み出した足音が響き渡るが、その音からして相当広い空間であるようだった。


 400年続いた王朝の墓だ。その数はいくつか知れない。それは本当に果てしない広さのように感じた。


 ふと、イウは振り返った。部屋の扉には「クウェージア最後の王子ここに眠る 第6期1566年から1580年」と刻まれていた。


 やはりぼくは生き返ったんだ。

 信じられない気持ちで、しばらく呆然としていたが、やがて出口を探さなければいけないのだと思い出して、彼は歩き出した。


 隣の部屋には「グセルガ」の文字があった。やはりグセルガも死んだのだ。その部屋を開ける気には少しもならなかった。立ち止まりもせずにただ、その文字に対して侮蔑に似た眼差しを向けて通り過ぎた。


 その廊下はおかしいくらいに真っ直ぐだった。曲がり角もなく道がわかれているということもなく、ひたすらに真っ直ぐで、しかも果てが見えない。


 そんなはずはない。

 いつだったか、幼い日にイウは一度この廟を訪れたことがあった。確かに広かったが、入り組んでいてまるで迷路のようだったと記憶している。

 物珍しさで夢中になって歩いていたら、グセルガとはぐれて大泣きしたのだ。こんな一本道ではなかった。


 ここはどこなんだ。

 どれだけ歩いただろうか。その果てしなさに負けて彼はついに歩くのをやめた。

 ローソクは溶けてあとほんの少しの寿命しかない。

 死という絶望がイウを襲い来る。


 こんなところでぼくは死ぬのか。

 独りで。こんなに冷たい暗闇の中で。


 力なく地面に座り込むと、大声で泣き出した。


 死にたくない。死にたくない。

 イースの世界から帰ってきたのに。

 エメザレに会いたい。


 こんな時でも頭に浮かぶのはエメザレの優しい顔だった。


 エメザレはどうして。どうしてぼくを殺したんだろう。


 泣きながら思った。どうか死ぬ前に理由だけでも聞かせて欲しい。


「エメザレ」


 呟きは響き渡った。何度も何度も繰り返されてから残響は消え、やがてローソクの火も尽きた。

 全くの静寂と暗闇の中で死の存在だけが鮮明だった。

 彼は死を覚悟するが如くに身体を横たえた。石の冷たさが全身に凍みるようだ。


 だが、目の前に光る糸のようなものがあることに気付いた。いや、糸ではない。これは光だ。ローソクの火が消えなければ、このわずかな光を発見することはできなかっただろう。


 彼は勢いよく身体を起こすと、その光の方へと走っていった。

 やはりそれは外へと続く扉のようだ。下のほんのわずかな隙間から細い光が湧き出ている。

 取っ手を掴み、開けようとするが扉は動かない。鍵はかかっていないようだが。


「くそ!」


 イウは渾身の力を込めて体当たりをした。呆気ないほど簡単に扉は開き、勢い余って床に転んだ。が、転んだ先にはやわらかいクッションのようなものがあった。


 ずっと暗いところに居たせいだろう。周りが明るすぎて霞んで見える。目を擦りながら彼は辺りを見渡した。そこには見覚えがあった。

 宮廷の納屋だ。

 使われなくなったソファーやらベッドやらが、ほこりを被って置かれている。

 なぜこんなこころに扉が。

 出てきた場所を覗き込むと、そこには今も恐ろしい闇が広がっている。


「あ」


 彼はまた遠い日の言葉を思い出した。


「今日行った場所は、王家の墓ではない。本当の王家の墓は違う所にある。その場所は―――」


 グセルガの言葉だ。思い出せるのはそこまでだが、その続きは「納屋」だったのかもしれない。確か、昔は使われていたが、黒い髪による盗掘がひどく、何十年か前にどこかに移したと。相当昔の話だが、そんなことを言われたような気がする。


 しかし、まさか宮廷の中に廟への入口があったとは。


「誰か!」


 そう驚きに浸っている暇もなく、彼は立ち上がって走り出した。

 納屋を飛び出し本城へと向かったが、なぜか人気が全くない。宮廷に1000人はいるであろう召使の姿も、大臣の姿も。誰も居ない。


「誰か!誰か!誰か!」


 叫んだが、白い宮廷に虚しく響くだけだった。城の部屋は荒らされた様子はなかったが、家具が一式なくなっていて、まるで全員どこかに引っ越してしまったかのようだ。

 かつての輝かしい宮廷は廃墟のように静まり返っていた。息を切らして走り回るが、この状況を説明してくれそうなものはないもない。また恐怖がイウを包み込んだ。


 ここはどこだ。違う世界なのか。

 ぼくはこの世界で一人なのか。


「誰か!!いるなら答えてよ!」


 皮肉にもそこは自分が刺された玉座の間だった。グセルガが座っていた玉座は持ち出されたのか既になく、玉座へ続いていた階段が、今は無意味にそこにある。床には血痕らしき茶色い染みが、掃除されることなく残っていた。


 ぼくの血。

 ぼくはなんなんだ。ぼくは……亡霊?


 絶望しながら、玉座の間に連なる窓の一つに手を置いた。

 外には長きにわたり黒い髪を拒絶し続けた、冷徹な巨大都市が広がっている。クウェージアにおいて最も先進した技術と莫大な費用をかけて建設され、白い髪の酷薄な支配を証明するには充分なこの都市は、本来ならば活気にあふれているはずだった。


 だが誰もいない。なにも動いていない。唯一耳に届くものは、冷たく無慈悲な風の音のみ。


「誰かいないのか!!」


 窓の外に向かって翻った声で叫んだ。


「誰だ」


 その時、後ろから男の声がした。

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