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7、初めてのデート

「初めて、犬の気分を味わったわ……」

「そそそそうですよね、辛かったらおっしゃって下さいっ」

蝋燭を大事そうに抱え、ぶつぶつと「ははは初めてのデートっぽいですねっ!!」とエーベルは言う。


や、どう見ても初めてのデートではなく初めての散歩じゃないかな?


「エーベル、あれは何?」

「あれは、酒場ですね。お酒を振る舞っているところです」

「そっか。まだ入れないねぇ……あ、あれは?」

「あれは、芝居小屋ですね。有名な物語を、人が演じているんですよ」

「へー!楽しそう♪夜もやってる??」

「場所によりますが……夜はあまり、オススメ致しません。どちらかと言うと、若い男女が知り合う場になりがちなので」

「ふーん?」


それって良い事では?友達が増えるって事だよね?


私が首を傾げていると、いきなりエーベルの顔が目の前に出没してビビる。

「……ダメですよ?ヴァーリア様が行くところではありませんよ?」

私はこくこく頷いた。


わかった、今はまだ行かないよ。


「なんか、美味しそうな匂いがするよぅ……」

クンクン鼻を鳴らして、香りの元を辿る。


「あれはお菓子を販売している屋台ですね。まだ夕飯の時間まで少しありますから、食べますか?」

「やた!エーベルありがとうっ♪」

エーベルは、私と自分の分をひとつずつ買って、ちょっとした広場の階段でモグモグ食べた。


美味しい。


パタリ、パタリ、と尻尾が動く。

隣からは、常にエーベルの熱視線。うーん、本当に君、(わたし)の事が好きなんだねぇ……ご令嬢がエーベルに向ける熱視線には全く気付いていないらしい。


と、遠巻きにキャッキャと話していたご令嬢達がエーベルに近付いてきた。

因みに私の聴力は、彼女達が何を話していたのか知っている。


『ちょっと!この町にあんな格好良い人いた!?』

『ううん、初めて見るけど……なんか、身なりが良いから王都からいらした方じゃない?連れている犬の首輪なんて、凄い豪華!!』

『あ~~ん、あたしもあんな指輪贈られたいっ』

『ちょっと話し掛けてみない?……犬、大きいけど、しっかり躾てそうだし……』

『やだ、噛まれないか怖い……でも、お知り合いになりたいね』

『ほら、勇気を出して声掛けよ!!』


というものだ。私に噛まれないか不安に思いながらも勇気を出す程に、エーベルは魅力的なのか。私は小さい頃から知っているからなぁ……


ふと、横に座るエーベルを見る。酷く優しい眼差しと交差し、ちょっと狼狽えた。


「あのぅ……」

私達が見詰めあったところで、令嬢達がエーベルに声を掛ける。

「……はい」

エーベルは、笑顔で令嬢達に答えた。


……あ、多分今一瞬で機嫌悪くなったな。


昔からエーベルは私と二人の時に第三者から声を掛けられるのを嫌う。ドゥランテや兄弟子、さっきの軍からの声は仕方ないとわかっているけど、令嬢は別だと認識しているみたいだ。


「あの、この町の方……じゃないです、よね?」

「はい」

「どちらからいらしたんですか?」

「……」

「もしお時間あるなら、お茶とか一緒に如何ですか?」

「すみませんが、私とヴァーリア様のデートの時間を邪魔しないで頂けませんか?」


エーベルは無表情でそう言い切ると、「ヴァーリア様、そろそろ宿に向かいましょう」と私に向かって言い、立ち上がった。

「エーベル、こちらの令嬢達は……」

「ヴァーリア様、私が敬愛するのはあなただけです」

おぉ……令嬢達が驚愕した顔をしているが、私が話したからなのか、それともエーベルの発言にか。


……どっちもか。


これ以上他人の注目を集めたくはないので、私は頷いた。そうだった、私はエーベルから一応告白されている身だ。そんな私が令嬢に気を遣うのは、令嬢ではなくエーベルに対して失礼なのかもしれない。


ざわつく令嬢に、私は「申し訳ないです、失礼します」と言ってその場を離れた。




***




我が国の日没は、二十時だ。だから大抵、その辺りで私の人化が始まる。

私は極力、人型を見せない様に生きてきた。いざという時、人型での隠密行動が取れるからだ。


この調査隊の仕事は、人員を入れ替えながら何年かに渡って行われる予定だ。私は取り立てて城内に戻らねばならない様な用事はない為、ずっと北の森に近い町に滞在する。


私達に最低限必要な教育係も、今回の調査隊に合わせてそれぞれ異なる期間に手配されていた。この調査を終える頃には夜警の仕事を出来る位の歳になっている筈。

その時からは人型も人目に晒す事を覚悟しているが、今はまだ誰かに人型を見せるつもりはない。



そして、特にエーベルには見られたくなかった。

命を助けた事もあって昔から心酔されてはいるが、それは狼型だからだ。単なる小娘の私を見て、がっかりするエーベルの反応を見たくないのだ。


狼型に欲情する変態ではあるが、昔からの付き合いだし、あれだけ好かれてこちらから嫌う理由はなく、ストーカーじみてはいるが、仕事はきちんとこなしている。

つまりは、私もエーベルをそれなりに気に入っているのだ。



ただ、恋愛対象として意識した事があるかと聞かれれば、答えはノーだ。私がエーベルを恋愛対象として見れないならば、遠慮なく人型を晒せるだろうから、まずはエーベルに言われた通り、ちょっと意識して見る事に決めた。


私が床に寝そべっていると、それは始まる。ちょっとくすぐったい様な感触……筆の先で全身撫でられる様な感触がした次の瞬間には、私を覆っていた筈の銀毛が消え失せ、人肌が視界に入る。

手のひらで床を押し上げ、二足歩行でベッドの上に用意していた服に着替えた。


夜はまだまだ長い。




***




窓を開けた私は、準備していた靴を片手に窓の外へ踊り出そうとして……人の会話が聞こえて、やめた。


「エーベル、こんなところでどうした?」

「ヴァーリア様がいらっしゃると思うと、居てもたってもいられなくて」

「はっはっは!お前は本当に、ヴァーリア殿下命だもんなぁ」


エーベルを呼び捨てにしている……という事は、相手は隊長や副隊長クラスだろう。声に馴染みがないから、副隊長かもしれない。


「しかし、誰もが狼型しか見たことない殿下に、よくそこまで思い入れられるな」


おのれ、私が聞いてないと思って好き勝手言って!!あなた達がお話しているのは私の部屋には真下!!小声で話しているつもりでも全部筒抜けじゃい!!……そしてエーベルによくぞ正論を言ってくれた、拍手。


「狼型であろうとなかろうと、ヴァーリア様はヴァーリア様ですよ。あの方が人型になったからと言って性格が豹変するとは思えません」

「それはそうかもしれないが……もし、もしだぞ?人型になったヴァーリア様が……めちゃめちゃ不細工だったらどうする?」

「別にどうもしません」

「本当に!?ほら、別に不細工じゃなくてもどうしても受け付けられない顔とかあるじゃないか。ああいうのだったら?」

「受け付けられない顔……は流石に無理ですね。今のところ、ヴァーリア様以外は皆受け付けられません」

「お前……重症だな……」

「そうですか?まぁ、殿下達を見る限り、ヴァーリア様だけが不細工だとは思えませんが」

「ああ、ヴィーニル殿下なんてもう……マジで可愛いもんなぁ……」

「可愛くても、可愛くなくても、私は構いません」

「へぇ。可愛くなくても?本当に?」

「ええ。ライバルは減るに越した事ありませんから」



うーむ。何だか、聞いて良い話だったのか悪い話だったのか悩むが、ひとまず夜のお散歩は諦めた。

あの様子だとエーベルが動きそうにないからだ。


エーベルが寝る頃には町も寝静まっている筈だし、今日は諦めてまた明日楽しむ事にする。

私は靴を鞄に戻して、初日の旅の疲れを癒すべく、ベッドにダイブした。

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