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4、不穏な空気

ドゥランテがエーベル含む弟子達に王城の獣舎を任せてまで外出が必要な依頼を受けた理由は、他の森を管理する同じ猛獣調教師からの要請を受けたからであった。


この国には、猛獣が大量に発生する森が五つある。


それらの森にはそれぞれに猛獣調教師や猛獣遣いが配置されて対処しているが、その一つの森の猛獣の数が増えて彼らの手に負えなくなり、中央(くに)に助けを求めたのである。


帰城したドゥランテは、その時点で「今後異常事態が発生するかもしれない」と国王である父に進言した。


父は調査隊を派遣したが、めぼしいこれといった原因は掴めないまま、ドゥランテの嫌な予感は的中し、全ての森で猛獣が増えて助けを求める街が増えてきた。




***




「姉様、そろそろ私達、正式に任命されそうよ」

ある日、中央広場で兵士の修練を眺めていた狼型の私を見つけるや否や、ヴィーニルが駆け寄ってきてそう言った。私達は、十六歳になっていた。

「そうか~」


猛獣が増え続ける五つの森へ、大々的な生息数の把握とその調整を為す部隊が結成される事を妹が言っている事は明白だった。


「あなたは止めておいて、花嫁修業をした方が良いんじゃない?」

私がそう言えば、妹はサッと顔を赤らめる。


妹が懇意にしていた我が国の騎士の一人と、最近になって内々に婚約の話が進められているのは、早々に妹から聞いていた。恥ずかしいのか嬉しいのか、口元が緩んで尻尾が高い位置で早く振られている。

可愛い。


私も少し話した事があるが、包容力のありそうな真面目な人だった。妹より五歳も歳上だけど、お似合いなカップルではありそうな気がする。

が、恋愛というものはしたことがないので正直よくわからない。


妹は確かに、私と同じく狼の力はあるけれど、私より森への出入りはぐんと少ない。

だから、出来たら結婚前に不要な傷を付けさせたくはなかった。


「ううん。お母様がお父様と結婚なさったのは十八歳の時だし、私もそれまでは国の為に、王女として……先祖返りの血を頂いた者として、役にたちたいの」

「先祖返りの血?」

「ほら、昔歴史の専門の先生がおっしゃっていたでしょう?今までも、先祖返りをした代は、猛獣との激しい戦いが繰り広げられたと。……私、気になって調べてみたら、過去にはどれか一つの森しか増えなかったみたいなの」

「え?」

「今回は、五つの森で猛獣の繁殖が著しいでしょう?そして、私達は五つ子。……つまりはそういう事なのかなぁって」

「……成る程」


そんな考え方をした事はなかった。生まれた時から狼になれるのが当たり前で、王女としての使命は多少考えた事はあったけれども、狼としての使命は考えた事はなかった。


「凄いねぇ、そんな事考えた事なかったよ」

私が心からそう言うと、ヴィーニルは照れた様に耳をピクピクさせて「ですから」と続ける。

「一年間は、現地で頑張ります!そして、一年間は花嫁修業して……」

「ふふ。花嫁姿、楽しみだなぁ」


私達がそんな会話をしたその夜の晩餐で、私達は父……陛下から、それぞれ正式に各森の調整部隊へと任命された。




***




「離れていても、いつも無事を祈ってるよ」

「姉様も」

後継者としての仕事もしなければならない長兄が慣れた中央の森を担当する事となり、(オリエンス)次兄レナドが、西(オッチデンス)イオが、(メリディエス)ヴィーニルが、そして(セプテントリオ)は私が派遣される事になった。


なんだかんだで私達五つ子は、今まで十六年間、ずっと離ればなれになった事がない。それは、本当に平和で幸せな事だったのだと、今なら噛み締める事が出来る。



私達五人それぞれが、中央から同じく派遣される猛獣調教師や騎士達と組んで任命を遂行する為の集団を作る事になっていた。


ヴィーニルの集団には、あれから正式婚約者となった騎士が寄り添っていて、その二人の姿に安堵と安心、そして一抹の寂しさが胸に広がる。


「ヴァーリア様!」

私が北の森の集団に近付くと、見慣れた人物がこちらに向かって満面の笑みで手を振っていた。


「エーベル。あなたも行くの?」

「勿論です。ヴァーリア様が行かれるところはどこまでもお供致します」

初めて見た時にはまだ少年だったエーベルも十八歳となり、すらりとして背の高い、筋力もしっかりついたイケメンへと変貌を遂げている。


出会った時は落ち着きがない印象だったが、そんなものはどこへやら、ドゥランテから太鼓判を押される程の貴重な人材となっていた。


「なら心強いね。でも、無理はしないでね?」

「は、有り難きお言葉ありがとうございます」

いくら成長して洗練されようとも、騎士や、まして狼型である私と比べれば個別の身体能力は格段に劣る。せっかく助けた命が散るところは見たくはなかった。


エーベルが膝をつき、私を正面から見据える。

「ヴァーリア様、一つお願いがあります」

「何?」

「ヴァーリア様は、恋愛結婚をされるつもりだと伺いましたが……」

「ちょ、誰から聞いたのっ!?……まぁ、ヴィーニルだよね」

改めてエーベルからそんな事聞かれて、恥ずかしくて鼻をしきりに舐めてしまう。


もう!なんでエーベルに話しちゃうんだよぉ!!


「はい。……そこで、ですが」

「うん」

二人して顔を寄せあい、こそこそと話した。

「この任務中、私の事を恋愛対象としてどうか、ご確認頂けないかと」

「……はい?」

「ヴァーリア様の様な、女神にこんな事を申し上げるのは本当に畏れ多いのですが……!私の気持ちとしてはもう、ヴァーリア様以外にはいらっしゃらないのです!」


少年の頃の、落ち着きのなさを遺憾なく発揮しながら私との距離を更に詰めるエーベル。鼻先がつきそう。ああ、さっき心の中で誉めてたのにー。


「……え、でも、あの、いや……」

「その美しさ、神々しさは初めてお会いした時から変わらず……いえ、日々増すばかりです。どうか、その翳りのない瞳に私が映る事をお許し頂けないでしょうか!?」


違う、違うんだ。私の動揺はそこじゃない。

だって。だってだ。


「……エーベルって、人型の私を知ってるの?」

「いえ、一度もお見かけした事はございませんっ!!」


だよねっ!?


「えっと、じゃあ、なんで?」

「……なんで、とは……何がでしょうか……?」

「エーベルは、私とその……恋愛したいんだよね?」

「恋愛と申しますか、恋愛の先まで進みたいです。畏れ多い事ですが、相思相愛になったあかつきには、ピーをピーして私のピーをする恋仲というより濃い仲に……」


だああああっっ!!私はペタリと耳を倒したが、無駄に聴力が良いせいで嫌でもエーベルの変態発言が鼓膜を揺らす。


「狼と結婚したいの!?」

「私の唯一無二は、ヴァーリア様だけでございますっ!!」


即答された。


いや……まぁ……うん……幸せな事だとは思うよ。

狼型の私しか知らないで嫁に希望するなんて、世界広しと言えどもエーベルだけな気がする。


しかし、それで良いのか人間っ!?


そう言えば、エーベルは確か。

「猛獣が好きなんだっけ……?特に狼に憧れてるとか?」


でも、ただ好きなだけな人は探せば他にもいそうだ。むしろ問題なのは……。

「いえ?私が舐め回したい、押し倒したい、撫で回したいのはヴァーリア様だけでございますが」


狼と性行為をする趣味がありそうな事だ!!


何を聞かれた意味がわからないとでも言うように、エーベルは首を傾げる。エーベルの発言に、順序逆ですよねと突っ込みたいけど本音が駄々漏れているだけな気がしなくもなくて、怖くて突っ込めない。


「ヴァーリア様、どうか……どうか、この任務中だけで良いですから!私を見て下さいっ!」

「……でも私、弱い人はちょっと……」


どう考えても、エーベルは私より身体能力が劣る。私が守ってあげなくては、としか思えないのだ。子供ならそれでいいが、せめて生涯の伴侶だけでも、肩を並べるとまではいかなくても多少は頑丈な方にお願いしたい。


「……では、私が……ヴァーリア様を守れる位であれば、私にヴァーリア様のその美しい毛並みを触らせて頂く機会を頂けないでしょうか?」

撫でたい、という事か。

「毛を触る位、良いよ~」

正直私は、そんな日が来るとは全く思ってもいなかった。

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