3、稀なる才能
その日、私は狼型の妹ヴィーニルと一緒に雑談しながらドゥランテの元を訪ねていた。
というのも、明らかにここのところ、王城の裏の森にいる猛獣が増えている気がしたからだ。
父の先祖返り自体とても珍しかったが、私達5つ子の先祖返りは更に珍しい。
私達が生まれた時、歴史の専門家は父に、「今までの歴史を遡っても、そんな事例は過去にございませんでした。しかし、先祖返りをした代の出来事を紐解いてみますと、どれも猛獣との激しい戦いが繰り広げられたとの記載がございます」と助言してくれていたのだ。
だから、国王としての仕事に忙しい父に代わり、私達が日々森を駆けて何処か変わった事はないか、報告している。
今はまだ、森の中でテリトリーを奪い合う猛獣達だが、何かきっかけがあればいつ森の外に出てもおかしくはない。私達はそれを、ドゥランテに報告しようとしていた。
「ヴァーリア様!!」
目敏く私達を見つけたエーベルが、一旦仕事を置くと一目散に私の目の前に来て、臣下の礼を取った。
「調子はどぉ?エーベル」
「おかげさまで、最近では一人で調教を任される様になりました」
「えっ!?」
そこで初めて、妹のヴィーニルが口を挟んだ。
「一人で調教って……あなたいくつ?」
「最近十一になりました」
私達は顔を見合せる。
普通、調教を一人で任されるのは早くても十六歳からだ。弟子入りが遅かったりすれば、二十歳でも一人で任されない者もいる。
「エーベルは才能があるんだな、素晴らしい」
私が言えば、エーベルははにかみながら、
「ヴァーリア様にお褒め頂き、恐縮です。しかし、師匠の教えが良いだけかと」
と謙遜しつつ再び頭を下げた。
「ところで、ドゥランテはいる?」
私が問うと、
「師匠は今、他の森を管理する猛獣調教師から応援の要請を受けておりまして、兄弟子と二人で出たところでございます。お急ぎのご用件であれば、バルーを飛ばしますが」
と教えてくれた。
「そっか。ううん、大変そうだから戻ってきてからで大丈夫」
私が首を振ると、エーベルは嬉しそうに頬を染める。
……なんだ?エーベルの考えている事は、よくわからない。
「……ねぇ、じゃああなたが今残された猛獣達を管理しているの?」
妹が愕然とした様に言う。
この王城における猛獣調教師の責任者という立場のドゥランテは、この王城から一日以上離れる内容の仕事はほぼ受け持たない。
というのも、担当している調教師が途中で長時間離れると、調教中の猛獣が暴れたり不安に駆られたりするからだ。
ドゥランテ程のレベルであれば、そうした猛獣を直ぐ様手懐ける事が出来る為、外出要請の依頼は基本的にドゥランテの弟子が赴くのが普通だ。
ドゥランテが出掛けるのであれば、それはそこまで依頼内容が切迫していたり重要であると見なした時か……代わりを務められる者がいる時だ。
しかし、エーベルはまだそんな内情までは教えられてないらしい。
「他に五人の兄弟子がございますし、私が頼まれたのは師匠と一緒に出立した兄弟子の担当していた猛獣の調教を進める事だけです」
と、キョトンとした顔をされた。
いや、だから、それが大変な筈なんだけどね?
エーベルは全くわかってないが、重用されているのは間違いない。
他の兄弟子が僻んだりしないか不安だが、その辺はドゥランテも上手くやるだろう。
「そっか。じゃあ、仕事の邪魔になるからまたね」
私がそう言って会話を切ると、エーベルは明らかに肩を落とした。
「ヴァーリア様……もう行かれてしまいますか?お茶でも如何でしょうか?」
「ありがとう、大丈夫」
「姉様ってば、つれないわー」
隣から、ヴィーニルの呆れた様な声が聞こえたけど、無視してエーベルに背中を向ける。
エーベルに背中を向ける度、どうしてもお尻を叩かれた記憶が蘇るのはどうしたら良いもんかとぼんやり思った。
***
「姉様、姉様の拾ってきた子、凄いわね♪」
エーベルと別れ、獣舎を離れて城内に戻っている最中、ヴィーニルがワクワクした様な声で話しかけてきた。
「拾ってきた子、ではなくエーベルハルトだよ。……まぁ、あの歳で一人で調教を任されるなんてねぇ……」
私が頷いていれば、妹は「そっちもだけど」と笑って言う。
「私と二人でいたのに、彼は私と姉様をしっかり見分けてたと思わない?」
「……」
ヴィーニルがそう言うので、私はやっと気付いた。
私達兄妹は、狼型になるとまずほぼ父母以外は個別認識が不可能になる位似ている。
ドゥランテレベルになると近くでじっくり見れば流石にわかるらしいが、遠目ではやはり違いがわからないらしい。
中でも私とヴィーニルはとても似ているらしく、たまに母ですら間違う事がある程に似ている。
因みに父は鼻が利くから間違えない。
「……確かに。まぁ、偶々かもしれないけど」
「えー?そっかなぁ。あの子、かなり遠くから姉様だけしか見てなかった様に見えたけどなぁ……?あとさ、私一人で行っても、お辞儀しかされた事なかったから、今日は驚いたわ!」
「え?」
それには私も驚いた。
エーベルは私が行けば、去るまで私の周りをうろちょろするから。
「……私の事、恩人だと思ってるのかもね」
でも、それが偶然の出会いであったとしても、あの才能が潰される事がなくて良かったと私は安堵した。
その日、妹の話を聞いた悪戯っ子な二番目の兄レナドが、狼型で本当にエーベルが私達を見分けられるのか実験をしよう!と言い出した。
エーベルも暇じゃないんだからやめとけと私は注意したのに、結局翌日には一人でエーベルをからかってやろうと、こっそり獣舎に近付いたらしい。
しかし、エーベルはレナドを遠目にチラッと見ると、直ぐに黙々と視線を外して調教の仕事をこなしていたという。
狼がいる事に気付かなかったのかな?と思って近付けば、エーベルハルトは兄を見て「師匠は不在中ですが、何かご用でしょうか、殿下」と表情を動かさずに聞いたらしい。
私達兄妹を、エーベルは遠目からでも判別出来る事がわかった。
これには流石にもう一人の兄ディルクと弟のイオも面白がり、私が獣舎に用がある時を狙って全員が狼型をしていた。
イオは、その頃には意識を集中すれば、昼にも狼型を取ることが可能になっていたので、それこそ狼の御一行様のお通り状態である。
目立つったらない。
結果、妹曰く「どうもこうも、私達五人が狼型していても一切間違えないでひたすら姉様ばかり構うんだもの。兄様達なんて、流石にからかうのは諦めたみたいよ」との事だった。
そう言えば、エーベルは本当に私以外にはつきまとう事はないらしい。他の四人の兄妹にはむしろ塩対応……というか、調教の仕事を優先するらしかった。
「狼が好きなんだと思っていたが、そうではないのか?」
私は首を傾げるばかりだった。
後に帰城したドゥランテに話せば、「猛獣の個体差を瞬時に見抜く能力」は猛獣調教師にとって不可避であり、また優れていればいるほど重用される能力でもあるらしかった。
その後一度、エーベルと二人の時に「どの辺が違うの?」と聞いて見れば、「全てが違いますヴァーリア様」とエーベルは微笑んだ。
「まず毛並みが違います。また、光が当たった時の透け感が違います。脚や身体の肉付きも違いますし、歩き方や座り方も違います。耳の形が違いますし、顔付きなんて全くの別人ですよね?あと……」延々と話し長そうだったので、私はそこで話をぶった切った。
後にエーベルは師匠であるドゥランテすら追い越し、二十歳で国一番の猛獣調教師となるのだったが、その頃には全国の猛獣の数が劇的に変化し、私達の環境も変化していたのだった。