30、私の味方
隊員達が不敬だ、と騒ぎたてたが、お嬢様はそれに怯む事なく声高にキッパリと言い切った。
「遠い存在の陛下が狼であるのと、自分の家族が狼なのとでは全然違いますわ!皆様そう思われません事!?」
「何でお前は、自分の価値観が全てだと思えるんだ?どんな育てられ方をした?」
隊長にそう言われ、一瞬ぐ、と言葉に詰まったお嬢様だったが、直ぐに「私は、裕福な家庭とはいえ貴族ではなく平民ですわ。そして普段王家の方々と触れ合う機会もない。……つまり、ここにいる誰よりも、私の考え方が一番民意に近いのです!」と隊長に言い返した。
「お前な──」
「聞けば、エーベルハルト様も貴族ではないのだとか。ヴァーリア殿下よりよっぽど、私の方が釣り合いますわ。何より、並んで歩いていても、恋人が犬と間違えられる、なんて恥ずかしい思いはさせません!」
……恥ずかしい、思い……
エーベルは、きっと周りの目なんて気にせず今まで通りに愛を囁いてくれるだろう。
何処でも、誰がいても。
それは、今までの道程を考えてみても明らかだ。
でも、私は嫌だ。
エーベルが狼を恋人だと言った時、何も知らない他人から嘲笑され、蔑まれるのは。
──許せない。
それなのに、原因はエーベルと一緒にいる自分だなんて。
私がその場に立ち尽くし、動けないでいると。
「うわっ……とと、失礼致しました。ヴァーリア殿下でしたか」
柔和な顔の医師が、廊下の角を曲がったところで私の姿を認めて驚いた後、こちらへ向かってやってきた。
エーベルの様子を見にやってきたのだろう。ちょうど呼びに行くところだったから、手間が省けた。
「……どうか致しましたか?」
人間の耳では、ロビーの会話が聞こえる筈もない。医師は突っ立ったままの私に不思議そうな顔で聞いてくる。
「……ううん、何でもない。エーベルの事、よろしくね」
「はい。……ヴァーリア殿下、どちらへ……?」
私は医師にエーベルを頼むと、思わずロビーとは反対方向へと廊下を駆け、突き当たりの開放された窓から外へ躍り出た。
私がエーベルの気持ちを受け止めた時は、私達二人の関係だと思っていたから、大事なのは私達の気持ちだと思っていた──けど。
私が狼でなければ、さっきの医師は廊下で驚く事はなかっただろう。
そして、そうでなければ町にも普通に入れる筈だ。
エーベルが普通の女性を愛していたら、発情なんて面倒な事に巻き込まなかった筈だし、街中デートだって人並みに出来た筈。
宿屋に戻る事も出来ず、私は人通りの少ない路地裏で一人ぼんやり考え込んでいた。
自分がどうしたいのか、どうしたら良いのかわからない。
心だけが迷子になってしまった様だ。
「ヴァーリア様!」
「わぁ!ヴァーリア殿下だ!!」
目敏く私を見つけた子供二人が、お座りをしていた私に抱き付いてきて、よいしょよいしょと背に乗って来た。
……しょげていた筈なのに、子供達が可愛すぎて勝手に尻尾が動いてしまう。
「ヴァーリア様の毛、もふもふで気持ち良い~!」
「いいなぁ、私もふわふわ狼になりたかった!!」
二人はきゃあきゃあ言いながら私を揉みくちゃにする。
「……狼に、なりたかった?」
「うん!なりたかった!!ヴァーリア殿下見て、そう思うようになったよ!!」
「ヴァーリア様カッコいいんだもん!!」
「足速いの羨ましい~」
「高くジャンプ出来るのも良いよね」
「僕も狼になれたら、人気者になれるかも~!」
「ヴァーリア様はゆいいつむに、よね。そういうの憧れちゃう」
「何だよ、ゆいいつむにって?」
「特別って事よ!!」
純粋に慕ってくれる子供達の言葉は、いつもより心に沁みて……ちょっとだけ泣きそうになってしまった。
***
子供達に癒され多少元気を取り戻した私は、二人に別れを告げて猛獣隔離室に向かった。
流石にこんな感情のままあのお嬢様がまだいるかもしれない医務室には戻りたくないし、宿屋に戻れば強制的にエーベルのところへ連れ戻されそうだ。
だからエーベルが不在で、不安に感じているだろう猛獣達を見に行った。私が何かを施すことは出来なくても、エーベルに猛獣達の様子を伝えること位は出来るから。
管理出来てない猛獣達はさぞかし賑やかにしているだろう、と思いながら近付いたが、意外にも猛獣隔離室の近くまできても静かだ。
不思議に思いながらとてとてと猛獣隔離室の門に近付けば、格子の向こうに隔離室の一室から出てきた男性と目が合った。
多分、父が手配してこの町に新しく配置された猛獣遣いの一人だ。
「ヴァーリア殿下!エーベルハルト殿のお話はお耳に入りましたか!?」
「うん。さっき様子を見てきたよ。ちょっと足を怪我したけど、問題ないみたい」
「そうですか、良かったです……!」
男性は本当にホッとしたような表情を浮かべ、「ところでヴァーリア殿下は何のご用でこちらに?」聞いてきた。
エーベルが不在なのに私が訪れたことが不思議なのだろう。
しっかりとワンセットで見られていることに思わず笑いたくなる。
「うんとね、エーベルがいなくて猛獣達大丈夫かなーと思って。ペガススとか」
「ああ、流石エーベルハルト殿が調教しただけあって、とても大人しくしていますよ。少し見て行かれますか?」
「うん」
「ではこちらへ。ご案内致します」
「お仕事中だよね?大丈夫?」
「ヴァーリア殿下をご案内しなければ、エーベルハルト殿に後で何を言われるかわかりませんよ」
笑って言う猛獣遣いを見る限り、エーベルと他の職員の関係は良好そうだ。
私はそのまま厚意に甘え、だだっ広い猛獣隔離室を案内してくれる彼に付いていく。
「こちらですよ」
「ありがとう。一人で戻れるから、もう大丈夫だよ」
「畏まりました。何かございましたら、こちらのブザーでお呼び下さい、直ぐに駆け付けますので」
「うん」
ペガススの隔離室の前で猛獣遣いの男性と会話をしていると、気配だか声でペガススが気付いたらしい。
格子ドアの前まで寄ってきた。
……寄ってきた!?あの私には常にツンツンペガススが!?
私は思わずキョロキョロと周りを見渡したが、当然エーベルの姿はない。
も、もしかして私のことを好きに……!!
と淡い期待に胸が膨らんだけれど、ペガススの瞳を見て気付いた。
──そうじゃない。
ペガススは簡単な人語を理解出来る程、賢い。
だからペガススは、エーベルがどうなったのか知りたいんだ。
私は格子の向こうにいるペガススに、「大丈夫だよ」と声を掛けた。
「心配しないで大丈夫。足を怪我したけど、良くなったらまた会えるよ」
極力安心させられるように、穏やかな発声を心掛ける。
私の言葉を聞いたペガススは、ブルンブルンと二回首を振り、その場に座った。
用済みとばかりに離れて行くものだと思っていた私は、感動してペガススの隔離室の前で、伏せをする。顎を前足に乗せて、耳を澄ました。
やっぱり猛獣隔離室全体が、エーベルがいないにも関わらず非常に静かなものだった。
私が夕飯前に宿屋に戻ると、隊長が「ヴァーリア殿下ああ!どちらにいらしてたんですか!」と私に駆け寄ってきた。
「ごめん、ちょっとペガススのところで日向ぼっこしてたら半分寝てた」
「ヴァーリア殿下がいないとエーベルがやたら不機嫌なんですよ、明日はずっと傍にいてやって下さいね」
「うん」
隊長はにへらっと「エーベルがいないので、私が給仕致しましょう」と私に言う。
お嬢様と隊長の問答の行方がどうなったのか気になったけど、私が聞いたら隊長は気を遣うだろう。
王城からずっと私と一緒とはいえ、お嬢様とのやり取りで常に私の味方でいてくれた隊長に、「ありがとう」と私は感謝を伝える。
「私は妻子持ちですが、他の独身隊員だと後でエーベルに逆恨みされますからね!」と給仕のことだと勘違いした隊長は笑って言った。




