15、増える額縁
翌日。
朝御飯の良い匂いで起きた私が狼型で普段より早めに食堂に行くと、そこにエーベルの姿はなかった。
普段は食堂どころか部屋の前で遭遇するので、とてもとてもとても珍しい。
「おはよ~、エーベルはどうしたの?」
私が隊員の一人に声を掛けると、食事をやめてピシッと立ち上がり、敬礼された。……なんかごめん。
「おはようございますヴァーリア殿下!エーベルハルト殿は……その、隊長、副隊長に呼ばれて席を外しております」
「何かあったの?」
聞けば、他の隊員が「何か昨日、悪質な男達を捕まえたらしいんスが、ちょっとやり過ぎたみたいで注意受けてるみたいっス」と教えてくれた。
「バカ!お前!!」
「ん?」
「あー、ごめんね、良いよわかった。後で本人に聞くよ~」
私の予想通りエーベルはあの二人組に何かしらした様だ。
私のせいなんだから、その場に行って情状酌量を求めるべきだろうか?
ともかく、腹が減っては戦は出来ぬ。
朝御飯を食べてもエーベルが戻って来なかったら助けに行こうと決めて、他の隊員の給仕でモグモグ朝御飯を食べた。
「俺が給仕したって絶対言わないで下さいよ!?」と泣きつく隊員にコクリと頷いたのだが、その隊員はこの世の終わりの様な顔をして固まった。
……ん?
「……ヴァーリア様、おはようございます」
「あ、おはよーエーベル」
振り返れば、エーベルは私の後ろで腕組みをしたまま、にっこりと笑い掛けた。
食事に夢中で全然気付かなかった。
やはり私は野生のやの字もない。
エーベルの匂いや靴音に気付かないなんて。
そう言えば、エーベルと食事を共にしなかったのはこの旅が始まって初めてかもしれないなと思いながら朝の挨拶を交わす。
「良かった、もう隊長から釈放されたんだね~」
口の周りをペロペロ舐めながらエーベルの解放を喜ぶと、エーベルはすかさず私の口周りをハンカチで拭ってくれた。
侍女以上に甲斐甲斐しいな、この人。
「はい。ヴァーリア様は、いつもより早くお食事を召されたのですね」
「うん、さっさと食べて、エーベルのところに行こうと思って」
「……私のところに?」
「うん」
「……」
お、エーベルの機嫌が良くなった気がする。
私とエーベルが話しているうちに私の周りの席が空いたので「エーベルは朝御飯まだなのかな?今日のスープがわりのホワイトシチューは凄く美味しかったよ~」とエーベルに朝御飯をすすめた。
「……では取って参りますね」
「うん、行ってらっしゃーい」
パタパタと尻尾を振り、毛繕いしながらエーベルが戻って来るのを待つ。
直ぐに戻って来たエーベルは、出発の時間までどう過ごすのか私に聞いてきた。
「ん~、もう町には出ないよ。お部屋でゴロゴロしてる」
「では、昨日の揉み揉みタイムは如何ですか?」
「おー、良いねぇ」
エーベルが隊長に注意を受けた原因は恐らく私だから、私はお詫びも兼ねて揉み揉みタイムを快く引き受けた。
お詫びの気持ちよりも、訪れるであろう至福の時間が大幅に気持ちを占めているから私もエーベルの事は言えない。
で、エーベルは再び怒涛の速さで食事を終え、私を自室に誘う。
部屋の中に入ると、昨日私が書いた置き手紙も額に入れてあった。
旅が終わるまでにエーベルの額縁はいくつに増えるのだろう?
私が人型にならないと置き手紙を書くことなんて出来ない、という矛盾には気付かなかったらしい。
「では、横になられて下さい」
「はーい」
宿の従業員さんに申し訳なく思いつつも、恐らく私の抜け毛はエーベルが皆回収してくれそうだと思い出してベッドに寝転んで伏せた。
「では、本日は足から失礼致しますね」
「ありがとう、よろしく~」
……足?何故足?
エーベルはマッサージクリームを取り出した。
おお、何だか本格的だな。
四本の足の肉球をツボ押しの様に軽く圧をかけながら左右の親指を回してクリームを塗り込んでいく。
その後、後ろ足の爪の先から脚の付け根に向かって今度は優しく掌全体を使い、握って離してを繰り返しながら筋にそって血行マッサージを始めた。
ふおおおおお!!超気持ちぃー!!
足の先に溜まっていた疲れが、血液の流れにのって散らばっていく感じがする。
「ヴァーリア様」
「ん~なに~」
涎が垂れそうなのを必死で耐えつつ、返事をする。
「ヴァーリア様が、昼夜問わず人型にも狼型にもなれる事はどなたまでがご存知なんですか?」
「ん~誰にも話してないかも~」
「えっ?……陛下や皇后陛下は」
「ん~、知ってるかもしれないけど、自分からは話してないな~」
「……殿下達は」
「多分知らないかな~」
「そう、ですか」
エーベルの気配が変わった気がしたので、薄目を開けてチラリと見た。
「では、二人だけの秘密という事ですね……」
むふふふ、と笑うエーベル。
鼻の下が伸びててキモい。
でも、そのまま眺めていると、ス、と真剣な表情に戻って黙々と至福の時間を提供してくれた。
普通にしてればカッコいいとは思うんだけどなぁ、うん。
「そうだね~、内緒にする程の事でもないけど、まぁ面倒だからしばらくは誰にも言わないで~」
昼間の式典とかに人型で参加とかめっちゃ疲れるし。
「勿論です!!承知致しました」
エーベルは、ぶつぶつと「二人だけの秘密……」と呟いている。
よくわからんけど良かったね。
そう言えば、エーベルに恋愛対象として見てくれと言われているんだっけ、と思い出す。
キモいストーカーという部分を抜かせば、エーベルはアリかもしれない。
だが、キモいストーカーという部分が大部分過ぎて評価出来ない。
人型の私にも少しは興味あるみたいだけど、もし人型だったとしてもエーベルの恋心は変わらないのだろうか?
昼間も人型を取れるとエーベルにはバレてしまったし、人型で散歩ならぬデートをしてみてからお互い冷静に話し合えば良いのかも。
エーベルは、自分の命を助けた狼に対する憧れを盲目的に恋してると勘違いしてるだけかもだし。
勘違いだけで股間をもっこりさせるなんて凄いよなぁ、さっきから当たるのが微妙に熱いし痛いんだけど。
ぼやぼやとそんな事を考えつつ、お互いの至福の時間は軍の出発まで続いた。
***
祝☆ペガススとの距離が近くなった!!
私達が北の森攻略の本拠地を構える、最後の町へ移動中。
明らかに、ペガススが私との距離を縮めてきた。
ペガススは賢いから、多分昨日の騒ぎで私がペガススを助けようとした事が理解出来たのだろう。
全く警戒せずに、普通に横並びでテクテク歩いてくれる。前だったらこの距離だと、わざと翼をはためかせて「モーちょい離れろよお前」されていたのに、それもない。
うわぁー!私を乗せてくれる日は近いかも!!
私は喜びで、知らず足取り軽くステップを踏んでいた。
「はぁうっ!!ご機嫌な足取りのヴァーリア様が愛しすぎて股間に直撃しますね……鼻血が出そうです……」
「……」
周りの隊員達が困った子を見る様な目でエーベルを見る。
どうやら私の耳だから聞こえるレベルの声の大きさではないらしい。
仕方ないので、ステップは抑えた。
「はぁうっ!!ステップの代わりに尻尾が左右に大きく揺れてますね……!!いつか私の股間をあれで叩いて頂けたら本望なのですが……」
周りの隊員達は、スススと私達と距離を取って離れた。
どうやらエーベルのキモい独り言が聞こえない距離まで避難したらしい。
非常に空気を読むのに長けた人達だ。
エーベルの方が年下なのだから、注意してくれても良いのだが。
しかし、エーベルはあれでも猛獣調教師であり、他の隊員を先導しなければならない身分だから誰も注意出来ないらしい。
仕方ないので、尻尾を振るのもやめた。




