14、自分の危機
「……このチビ……っ!!」
「お嬢ちゃん!!」
スラリと剣を抜き、二人組は私と向き合った。
対して私は丸腰だ。それにしても……チビ、か。
初めて言われた。
ペット扱いされた時よりはまだ衝撃が少ない。狼型だとデカいと言われるのに、人型だとチビなのね。
あら不思議。
「こんな騒ぎになったらもうペガススはもう無理だと思わない?」
もし私が大の大人で剣を携えていたら、隔離室の警備のおじさんが人質になっていたかもしれない。
けれども、今の私は十六歳の可愛い女の子で、誰が考えても明らかにそのおじさんよりも人質としては相応しく見える。
「兄貴、このチビ……かなり、高値で売れるんじゃないっすか?」
「ああん?……確かに」
「ひとまずこいつ拐って売りましょうよ。ペガススは何処に行くんだかもうわかってるんだし」
「……ちっ、仕方ねぇ……」
やはり、この二人組は軍隊と同じ様に移動してペガススをずっと付け狙っていたらしい。我が国では当然人も同じく売買禁止だから、やはりこの二人組には色々聞かなければならない事がある様だ。
予定通りに私が拐われるつもりでいると、後ろから鞭のしなる音が聞こえ、目の前の二人組だけがぐるぐる巻きにされていて私を含む四人がポカーンとなる。
さっき三人がポカーンとなったのを笑った自分に反省。
しかし、本当に一瞬の事だった。
狼型であっても、反応出来たかわからない程。
「貴様……今、誰に剣を向けていた……?」
エーベルの怒りを多分に含んだ超低音の不機嫌ボイスを聞いてハッと我に返った私は、カツラごと頭を覆ってそのまま逃走を図る。
ヤバい、私の危機!!
でも顔は見られてない筈……今の私は恐怖に怯えて逃げる町娘ですよ、エーベルさん!!
「ヴァーリア様、先に宿にお戻り下さい。この後お話がございます」
「……ハィ……」
私、アウトー!!
お手柄な筈なのに、何故かとぼとぼと宿に戻ったのだった。
***
コンコン、とドアをノックされ、私は狼型でベッドに入り込んだまま「……ハィ……」と返事をする。
返事をしたくないけどそしたらそしたで誰かさんにドアを壊されそうだから返事をする。
「失礼致します」
エーベルが入室し、「例の二人組について、事後報告を致します」と業務報告をしてくれた。
どうやら私と同じ事を考えた警備隊のお偉いさんが、これから二人組の背後関係を洗い出してしかるべき処理をしてくれるらしい。
「……ペガススの件に関しては以上です。ヴァーリア様からは何かございますか?」
エーベルに言われて、毛布からそろりと顔を出した。エーベルの笑顔がめっちゃ怖いぃ……。
エーベルはお風呂に入った後みたいで、ふんわり石鹸の香りがするけれども、微かに血の匂いが残っていた。
エーベルがあの状態で怪我をする事はないだろうから、身動きの取れない彼らをフルボッコにしたという事だろうか。
私に気付かれない様にお風呂に入ったのかもしれないけど、人型だったらまだしも狼型では直ぐに気付いちゃうんですが……。
「……ごめんなさい?」
「疑問形ですね」
「ごめんなさい!」
「……良いですか、ヴァーリア様」
今まで、ヴァーリア様を脅かしたくなかったのであえては言いませんでしたが、とエーベルは話を続ける。
「ヴァーリア様は、確かにお強いです。けれども、犬型の猛獣を捕獲する術はいくらでもございます。少なくとも私は猛獣調教師なので簡単に出来ます」
「えっ!?」
「いくら銀狼といえども歯が立たない硬い甲羅を持つ猛獣もおりますし、強力な毒系や痺れ系の能力を持つ猛獣もおります。そして猛獣を使わなくとも、ヴァーリア様を眠らせてしまう様な強力な薬も我々は手に入ります」
「……うん……」
「私はいくらヴァーリア様を犯したくとも決して一線は越えませんが、中には邪な想いを抱くものもございましょう」
「……うん?」
今、何か聞き捨てならない事この人言った?
ともかく説教されている最中だから深くは突っ込めずにそのまま聞き流す。
「私でしたら服を脱がせるだけで済みますが、変な奴等に捕まればその美しい毛皮を剥がされるかもしれません」
「……」
ヒイイイイ!!怖いよー!!怖いよー!!
私は涙目になって、エーベルの話に必死でコクコク頷いた。
何が怖いって、いつでもエーベルはヤれるけど自制心で耐えてますよ宣言がめっちゃ怖い!!
私、狼なのになぁ……この変態ストーカーはどこまでも私の想像を超えてくる。
「おわかり頂けたのでしたら、今後単独行動はお控え願えますか?」
私は再びコクコク頷いた。
ペタンと閉じた耳を見てふっとエーベルは笑い私に近付いて「まだヴァーリア様がそのお姿でいらっしゃるのでしたら、先程の揉み揉みタイムを継続いたしますが」と囁く。
「人型に戻りますっ!お休みエーベルっ」
私はシャン!と姿勢を正して元気に良い子のお返事をした。
「では、ゆっくり休んで下さい」
エーベルが去る間際、私は質問した。
「……エーベル、いつ私だって気付いたの?」
「え?」
「ほら、私……人型でしかも後ろ姿だったのに、エーベル直ぐに気付いたじゃない」
「ああ……声もマントも鞄もヴァーリア様のものでしたからね」
成る程。じゃあ、芝居小屋の時は気付かなかったのかな?
「ヴァーリア様、芝居小屋で私に嘘をつきましたよね」
……な訳なかったあああ!!
「う……ゴメン」
「責めてはおりません。ヴァーリア様がどんな姿をしていようと、その場で気付かなかった私が悪いのです」
ん?やっぱり気付いてなかった?
「私も先入観がございまして、ヴァーリア様は銀髪だと思い込んでおりました」
「うん。全員兄妹銀髪だしねぇ」
エーベルを騙せたのなら、茶髪のカツラを用意した甲斐があったと言うものだ。
「はい。それで、私は芝居小屋の女性のヴァーリア様そっくりなグレートルマリンの瞳が鮮烈な印象だったのですが、いくら似ているとはいえヴァーリア様以外の女性に惹かれたのかと思い……実はとても落ち込んでおりました」
「え?そうだったの?」
「はい。昼間に人型をとれるとは思っておらず、また銀髪だと思い込んでたので……別人の事が気になってしまったのかと。しかしその後の、お詫びも兼ねての揉み揉みタイムでやはり私が犯し……愛したいのはヴァーリア様だけだと実感致しましたが」
「お詫びも兼ねてたんだ?因みにお詫びの気持ちは何%位だったの?」
だからあんなに長い時間マッサージしてくれたのかな、と申し訳なく思って聞いてみる。
「……ええと、ほぼほぼご褒美の揉み揉みタイムでしたかね」
お詫び関係ないやん。
「ともかく、私は安心致しました。今のお姿であっても、人のお姿であっても……私の心を動かすのはやはりヴァーリア様だけだと今回の事でわかったので」
「そ、そっかー」
逆に私は色々安心出来ない気が。
エーベルが腰にぶら下げている鞭が視界に入って、ゾクリと身体が震えた。
……そうだ、全然安心出来ない。
エーベルの鞭は、対面していたら辛うじて避けられるかもしれないが、背後からだと恐らく確実に確保される、と気付いたからだ。
つまり、猛獣を操るでもなく、薬を使うでもなく……エーベルであれば、鞭さえあれば私を拘束出来る。
「ヴァーリア様が私を選んで下さる日が待ち遠しいです」
他の男を選んだら、私は狂う自信がありますよ、と言い捨て笑顔でエーベルは去って行った。
私の危機は、全く去っていない様だった。




