13、ペガススの危機
おふー。気持ちぃー。このまま寝てしまいそうー。
エーベルの股間さえ気にしなければ、至福の時を過ごす私。
「ああ、ヴァーリア様が私の手によって快楽を享受されるなんて……なんという至福の時間……!!」
「言い方」
「失礼致しました」
どうやらお互い至福の時間だと思っているらしい。
しかし、こんな本格的なマッサージに近いモフモフをするのはなかなかに骨が折れる事だろう。
既にエーベルの揉み揉みタイムが開始して三十分は経過している。いい加減、飽きないのだろうか?
「……あのさ、そろそろ」「ヴァーリア様は好きなだけモフモフして良いとおっしゃいましたよね?」
やや被せぎみに話すエーベル。
「まだ一%も満足しておりません」
「そ、そう……」
そのまま顔周りを優しく揉み揉みされ、脇の下からお腹にかけて優しく撫でられ、長い移動の疲れが全て吹っ飛ぶようだった。
……ついでに、何か大事な事まで吹っ飛んでいる気がする。
何だっけ?
うーん……。
「そう言えば、ヴァーリア様は何故外に行かれたのですか?」
エーベルにそう聞かれ、私の全身の毛がぶわっと逆立った。
そうだよ!!すっかり忘れてたよ、あいつらの事……!!
「エーベル!もうそろそろおしまいっ!!もう行かなきゃ!!」
直前まで瞳をトロトロとさせ、全身の力を抜いていた私はガバッと起き上がる。
「うっ!!」
「あ、ごめん」
起き上がった瞬間、顔を寄せてすはすは息をしていたエーベルの顎に頭突きしたらしい。
プロテクターには負けたが、顎には勝った。
「だ、大丈夫です……が、ヴァーリア様、何処へ」「そんじゃね!エーベルお休み!!」
「ヴァーリア様っ……!」
私は脱兎の如くエーベルの部屋を抜け出し、帰宅後自室にそのまま置いてあった肩掛け鞄を引っ提げ宿屋を飛び出た。
一瞬エーベルにも一緒に来て貰おうかと思ったけど、エーベルに事情を話すにはまだあの二人組は怪しいレベルで何か罪を犯した訳ではない。
それに、狼型と人型を自由に取れる事は誰にも知られたくないし、エーベルは猛獣に対しては無敵かもしれないけれど、果たして対人が可能かは微妙なところだ。
正直私の足を引っ張って欲しくないし、エーベルが人質になったら笑えない。
多分私、二人組に怒って喉元噛みついちゃう。
まだギリギリ外は明るかった。
出来たら狼型の時にあの二人組とやり合いたいけど、夜まで待つと言っていたから恐らく日が落ちてから動くだろう。
人型の方が、二人組は油断させる事が出来る。けど、狼型の方が、何かあった時に直ぐに動ける。
しかし、人型の方が仮に軍隊に見つかったとしても町娘を装えるかもしれない。ついでに、狼型は意識を失ったら人型になってしまう。
「お疲れ様で~す」
「おお、ヴァーリア殿下。お疲れ様です」
「ペガススの様子はどお?」
「とても落ち着いてますよ。今日は沢山運動したみたいで、ご機嫌の様です」
よ、良かったよ……急遽私の捜索に駆り出されたペガススがヘソを曲げてなくて。
「先日ペガススを預けた町で、鍵が壊された事があるんです。今日は気持ち注意して下さいね~」
「は!畏まりました!」
ペガススの無事を確認し、ひとまずホッとする。
そしてキョロキョロと辺りを見回し、猛獣隔離室を見張るのにうってつけな管理室の屋根に跳び移った。
結局私は日暮れと共に人型に戻り、お忍び用の服一式に着替えた。
一応、茶髪のカツラも被っておく。
マントも羽織り、服が破れるのは覚悟して何かあった時は狼型になろうと決めた。
何事もなければ良いな~。
猛獣隔離室の中から、ペガススがこちらをチラッと見た気がした。
……ううむ、狼型だと図体でかい割には気配消せるのに、人型だと気配は駄々漏れの様だ。
ペガススの美しい身体の曲線を眺めていたら、見知った足音が近付いて来た。
ペガススも反応して、何か期待する様にソワソワと出入り口辺りを彷徨き出した。
エーベルぅ……!!
いや、想像はしたけれども!!ちょっとは遠慮してくれよ!!休めよ!!今日は追いかけっこの日じゃねーだろうよ!!
案の定エーベルが現れて、「ヴァーリア様がこちらにいらしてませんか!?」とやっていた。
何か見た事ある図。
「ああ、さっき来ましたよ」
「どちらに行かれました?」
「あー、なんかキョロキョロしてましたけど……気付いたらいなくなってたなぁ」
「ふむ……何かおっしゃってました?」
「ああ、エーベルハルト殿と同じ事おっしゃってましたよ。今晩はペガススが狙われるかもしれないから注意する様にと遠回しに」
「成る程。ありがとうございます、助かりました。ちょっと中に入っても良いでしょうか?」
「ああ、勿論」
私が屋根の上で頬杖を付きながらそのやり取りを眺めていると、エーベルはペガススの入っている隔離室の中に入り、ペガススに「ヴァーリア様が何処にいるかわかるかい?」と聞いた。
ペガススがひょいとこちらに視線を向けたので、私はばっと頭を下げて後ずさった。
こっわ!!ペガススこっわ!!どんだけ人語理解してんのさ!!
ちょっと馬より頭が良い位に思っていた自分に反省する。……エーベルの視線がこちらに向いている気がして、顔を出せない。……困ったー……。
まぁ、あの二人組の足音が聞こえれば直ぐにわかるだろう。
ひとまず仰向けで月を眺めながら、エーベルが去るのを待った。
「早くしろ!」
「は、はい……」
ただならぬ気配がして、パッと目を開ける。
くるりとうつ伏せになり、屋根の上から顔を覗かせると、例の二人組が猛獣隔離室の警備にあたっていた人を脅してペガススの猛獣隔離室の鍵を開けさせようとしているところだった。
成る程、前の町では鍵が壊せなかったから今回はやり方を変えたらしい。
ペガスス自体とても貴重だし、しかもエーベルに調教されている為に人間に危害を加える事が出来ない。
調教された猛獣は本来、正式登録された業者によって手厚く保護されながら仕事をするのだが、この二人組はどうやら正規ルートではなく闇のオークションや売買で売り捌くつもりなのだろう。
我が国では猛獣の闇オークションに関わった者は死罪もしくは無期懲役だから、もしかしたら他国までペガススを運ぶつもりなのかもしれない。
はい、アウトー!!
大事な大事なペガススを狙うなんて不届き者め。
私はひょいと屋根から飛び降り、二人組と一人の前に降り立った。
正義の味方みたいで格好いい私、ペガスス見てます?惚れたら乗せてね!
眠りから醒めて威嚇中のペガススにラブビームを発射しながら、二人組に話し掛ける。
「死刑くらいたくなかったら、そこまでにして下さい」
いきなり現れた私に驚きながらも、現れたのが小娘一人だとわかると二人組は途端に威勢が良くなった。
そりゃそうか。やっぱり狼型じゃないとそうなるよね。
いつも狼型で人様に怯えられるばかりなので、ちょっと新鮮な反応だ。
「何だ、てめぇ!?」
「可愛いお嬢ちゃん、怪我したくなかったら邪魔はしない事だ」
「お嬢ちゃん!危ないから逃げな!!」
私はとりあえず、一声遠吠えを上げる。
「……」
「……は?え?」
ポカーンとする三人に私は笑う。
この遠吠えを聞けば、確実に我が軍隊の者や警備隊は何事かと集まってくるだろう。私はそれまでの時間稼ぎをすれば良いだけだった。