タイムスリップすると、「オオカミが来たぞ!」と少年が叫んでいた
オレの名前は、藁稭長一。
自転車で転倒してタイムスリップしてしまった二十五歳の会社員だ。
タイムスリップは、これで四回目だ。
一回目は、浦島太郎に出会って、お爺さんになるのを救った。
そして、スマホと玉手箱を交換した。
二回目は、赤ずきんちゃんをオオカミから救い、玉手箱と交換に赤い頭巾とバスケットをもらった。
そして三回目は、マッチ売りの少女を救い、赤い頭巾とバスケットをあげて、マッチを二箱もらった。
……ううん、正直言ってオレは、もうこのタイムループから逃げ出したい。
徒労感でいっぱいだ。
だって、交換品がだんだんショボくなってきたから。
現在の持ち物は、マッチ二箱だ。
みんなを助けることが出来たから、あまり文句は言いたくないが、結局はスマホがマッチになってしまったということだ。
爺ちゃんに知られたら大目玉を食らうだろう。
代々藁稭家は、物を交換することで生計を立ててきた一族だ。
貨幣経済という卑俗な世界を超越した高貴で自由な民なのだ。
親父は、しがないサラリーマンだが、爺ちゃんは祖先より受け継いできた類まれな鑑定眼を活かして、主に美術品を取り扱い一代で財を成した。没落していた藁稭家を再興した中興の祖だった。
オレには、たいして鑑定眼はないが、スマホがマッチじゃ、誰が見ても価値が下がっているのは明白だ。
マッチ売りの少女の『マッチ』という付加価値はあるだろうが、それを証明できるものは何もない。
まあ、ご先祖様は藁一本から始めたらしいから、それと比べればマッチは千倍の価値はあると思うが。
千倍か? そう思うことにしよう。
二箱で二千倍だ! それに、三人も救っているから、二、三が六千倍だ!
よーし、少し元気が出てきたぞ。プラス思考で行こう。
次は一万倍だ!
オレはマッチを持って、四回目のタイムスリップをした。
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気が付くと、オレは山あいの村にいた。
一本道の両側に、十軒ほどの家が並んでいた。
近くにアルプスだろうか雪を頂いた美しい山並みが見える。
集落の周りは放牧場になっていた。
オレは道沿いの羊小屋の近くにいた。
小屋から羊の鳴き声がうるさく聞こえた。
天気の良い日だったが昼食時なのか、人影はなかった。
すると、森の方から道を少年が一目散に走って来る。
「オオカミが出たぞお! オオカミが来たぞお!」
必死に叫んで駆けてくる。
しかし、家々から誰一人出て来る者はいなかった。
少年は、誰も助けに来ないと分かると走るのをやめ、小石を蹴とばしてふて腐れて歩き出した。
オレは察しがついた。
あの子は、きっとオオカミ少年だ。
すでに何度も嘘をつき、誰にも見向きもされなくなっているのだろう。
しょうがない奴だなぁ……
こんな青空の清々しい天気の日に、良くもあんな大嘘をつけるものだと、オレは正直、不快だった。
子供と言っても、十四、五歳ぐらい見える。
少しは分別のつく年頃だ。
言っていい嘘と悪い嘘の違いぐらい分からないのだろうか?
もう何度も大人からたしなめられているはずだろうに。
この子を助けなけりゃいけないのか?
気乗りがしないな。
オレはその時、気が付いた。
今回は自転車に乗ったままタイムスリップしていた事を。
このまま、また自転車で転倒すれば、この子を助けないまま素通りして、次の世界へ行けるんじゃないか。
出来そうな気がした。
ひょっとして、オレに救助の自由が与えられたのか?
オレの判断で助けたり、助けなかったり出来るようになったのか?
HPが上がってレベルアップしたんじゃないのか!
よーし! 早速、その自由を行使してみよう。
オレは少年を助けないことに決めて、自転車に乗り少年の横を通り過ぎようとした。
「おじさん、そっちに行くとオオカミがでるよ! 嘘じゃないよ」
この野郎、見ず知らずのオレにまで嘘つきやがって!
ひねくれ坊主め! ほんと、助けなくって良かった!
オレは奴をにらみつけて、横を通り過ぎて森へ向かった。
しばらく走って、オレはそろそろ転倒しようかと思ったが、いざ転倒しようと思うと、なかなか踏ん切りがつかない。
転んでも痛くなさそうな場所はないかと探していた。
逡巡していたオレは、急ブレーキをかけた。
転倒しようとした訳ではない。
道の先に大きなオオカミが一匹現れた。こちらを見ている。
オオカミがうなり声をあげると、森からさらに五、六匹のオオカミが道に出て来た。
オイオイ、こんな展開ないだろ?
心臓の鼓動が爆発しそうだ、汗が噴き出してきた。
オレはUターンして一目散に逃げ出した。
オオカミの群れが吠えながら後を追ってくる。
オオカミとの距離がだんだん近づいてきた。
生きた心地がしない。
それに、もう足が疲れて限界だ。
やっと、村が見えてきた。
オレは、声が涸れんばかりに叫んだ。
「オオカミが出たぞお! オオカミが来たぞお!」
案の定というか、やっぱり誰も助けに出て来ない。
さっきの今じゃ、タイミングが悪すぎる。オレだって信じない。
少年は本当にオオカミが現れて、腰を抜かしてしまっている。
オレはその横を走り抜けた。
とても助けられない。
追ってきたオオカミの群れは、しかし少年には目もくれず、そのまま羊小屋に飛び込んでいった。
小屋から羊の断末魔の悲鳴が聞こえた、何回も何回も。
オレは耳をふさぎたかった。
取り返しのつかない事をしてしまった。
助けるのは、少年ではなく羊だったのだ。
何も悪くない羊が全部殺されてしまった。
オレは悔やんだ。
それから、オレは村の入り口にあった樹齢数百年もありそうな大木を目がけて突進した。
たのむ! もう一度さっきの場所へタイムスリップしてくれ!
オレは、そう念じて大木に激突しすっ飛んだ。
後編があります。
よろしければ、どうぞ。